わたしいきてる〜第6話 緊急開頭手術
ぴーちゃんのカテーテル検査が終わったころには、もうすでに午後7時を回っていた。
また相談室に呼ばれる。いつになったら手術をするのだろう。
次は麻酔科医の説明らしい。テンションと身長が高めの風変わりな麻酔科医だ。
話し方がヒップホッパーのように軽く、外国人のようなノリの良い医師のペースに翻弄され、私の心も少し軽くなった。
待合室に戻ると、次に、またも違う医師に呼ばれた。エレベーターに迎えに来てくれた脳外科医だった。
医師は丁寧に図を描きながら、ぴーちゃんの症状と手術の説明をし始めた。
「こどもが脳出血を起こすというときに疑う病気があるんです。
それが『脳動静脈奇形』という先天性の病気です。
通常であれば脳動脈→毛細血管→脳静脈と
つながっているはずの血管が、動脈と静脈が直接つながり複雑に絡み合ってしまっていて、
そこが破裂を起こし、脳出血を起こした可能性が高いと思われます。」
説明は理解できた。
「暑かったからでしょうか?」
何かしら理由があるのかと思い、私は尋ねた。
「原因はわからないですね。」
『原因があればそれを後悔するのが人間であり、原因が変われば現実が変わる』
そう思う人が多いからなのか、
脳外科医は私の質問をうまくかわしたように見えた。
「出血で脳が押され、脳圧があがり、脳梗塞も起こしている状態ですので、頭の骨を外して脳圧を下げるために開頭手術をします。」
丁寧な説明。慣れているのかとても冷静だ。
「手術中に急に輸血が必要になる場合がありますので、了承いただけたらこちらの同意書にもサインをお願いします。」
そう言われ、二枚の同意書にサインをしながら思った。
『医師というのは大変ね…ぴーちゃんが将来の夢の1つに掲げていたから、医師という職業には興味があったけど、外科医とはいえ、手術ばかりしているわけじゃないのね。』
学会や論文と違って、家族である一般の人たちに理解してもらえるような説明、
相手がパニックをもたらさないような配慮をした上で、なおかつ、リスクの説明も必須。
これは医師自身を守るために必要なのだろうと考えられるが、このリスクの説明が患者と家族の恐怖心をあおることもあることもまた、事実だ。
私はぴーちゃんの手術の説明を聞きながらそんなことを考えていたので、恐怖心も、涙もなかった。
『この先生は信頼できる人だ』
私は話を聞く時間が長くなるにつれて数時間前の自分の直感を確信した。
私は質問を最小限に抑え、手術や輸血の同意書にサインしながら、心の中で強くつぶやいた。
『先生を信じてお任せします!』
私のサインした同意書を手に、脳外科の先生は手術へ向かった。午後10時ごろ、私の母が手術の待合室に到着した。
私は一人で抱えていたものを分かち合うことができて、心の荷が軽くなった気がした。私が、二人の子どもの母であると同時に、私にも母がいてくれることに心から感謝した。
『お母さん、ありがとう。』
ぴーちゃん、5時間の手術に耐えてますよ。
大丈夫‼
私はいつもあなたの味方だよ。
大丈夫…
私の母が援護に来てくれました☆☆☆
誰もいないと泣きたくなるから
誰かいてほしいわ…
私がここまで一度も泣かなかったのは、
決して私が強いからではない。
医師たちが話すことを私が理解するため、そして、
現実についていくための必要な医学への知識欲が、恐怖心や悲しみよりも勝っていたからだと思う。要はオタク気質なのだ。
そして何よりも、感情は他人を混乱させる。
私が泣くことで、これからぴーちゃんの手術してくれる医師たちの心に影響を及ぼし、
それが手術の成功を遠ざけるようが気がした。
ゆえに、私が涙を見せることは絶対に避けたかった。
この緊急事態を脱することが、私にとって何よりも最優先だ。
7話へ続く
