[小説]かきならせ、空! 第六話
七月に入って最初の週末、空楽たちの通う旭北高校の学校祭が行われた。部活動の発表以外にも全員参加の出し物があり、空楽たち一年生はよさこいのパフォーマンスをすることになっていた。空楽にとっては幸いなことに、よさこいパフォーマンスと吹奏楽部の発表が別の日になっていたため、瑠海や六弦には二日目、吹奏楽部の発表のある日に来てもらうことにした。特に自信がないわけではなかったけれど、なんだかよさこいを踊っているところはあまり二人に、とりわけ瑠海には見せたいと思えなかった。ただ、よさこいの衣装に身を包んだ雫はちょっと見ものだったのでそれは見せたかった。惜しいかな空楽と雫は同じクラスなので、空楽を見せずに雫だけ見せることはできないのだった。
二日目、空楽たち一年生が朝一番で合唱の発表を行い、吹奏楽部の発表は午後から予定されていた。空楽は合唱が終わったあとで瑠海たちと合流し、一緒に学校祭を回ったあと吹奏楽部の発表を見に行くという約束をしていた。
「おはよ」
合唱の発表が終わって空楽が出てくると、瑠海が空楽を見つけて手を上げた。隣にいた六弦も手を振っていた。
「あれ。早いね。もう来たの?」
空楽は手を振り返しながら二人に駆け寄った。
「もう来たというか、朝一から来てた。空楽たちの合唱もちゃんと見たよ」
瑠海はそう言うと両手の人差し指と親指で円を作って両目に当てた。
「えー。見てたの?」
空楽は驚いてほとんど叫び声みたいな声を上げた。
「なんで朝一から合唱あるって言わないんだよ。琴那の出番午後だから昼前ぐらいにおいでとかってさ」
「だって。合唱見られるの恥ずかしいんだもん。なんで合唱のことわかった?」
「それはもう」
瑠海はそう言って空楽の後ろの方を見た。その視線を追って空楽が振り返ると、雫が手を振りながら歩いて来ていた。
「なんだ、雫が話したのか」
「意外だったよ、空楽が合唱見せたがらないの」
雫が空楽と並ぶところまでやってきて言った。
「雫こそ合唱見られたくないとか思わないの意外だよ」
「僕は合唱でもよさこいでも別に見られたくないものはないよ。全部僕だからね」
「さすがだなあ。わたしもそういう強さが欲しいよ」
「しっかし、空楽はボーカリストで普段からおれらの前で歌ってるのに、いまさらなにが恥ずかしいわけ?」
六弦が横から訊いた。
「だってボーカルとぜんぜん違うじゃん合唱は」
「だからこそ見たいんじゃん。ちなみにあたしは、実は空楽たち昨日よさこいもやったという情報をさっき知って、あんにゃろなにも言わなかったな、と思ったところ」
「よさこいはなおさら見せられないよ」
「それはまあわかる。あたしもよさこいの発表あったら空楽に言わないもん」
瑠海は大げさに顔をしかめた。
「あ。瑠海のよさこいは見たいなあ。瑠海が踊るとこなんて想像できないよ」
「ぜったい見せない」
「でしょー。わかるでしょわたしの気持ち」
瑠海と空楽のやりとりを聞いて六弦は笑っていた。
「さあ、無事合流できたことだし、ジンカラ食べに行こ」
雫が空楽と瑠海の肩を抱きながら言った。
「は? まだ十時すぎなんだけど」
「十時から売り始めてるはずだからちょうどいいね」
「そういうことじゃないんだけど」
瑠海は呆れて言った。
「ね、ジンカラってなに?」
六弦が訊いた。
「あ、知らない? ジンギスカン唐揚げ。ジンギスカンの肉を片栗粉まぶして揚げたようなやつ」
雫が説明する。
「へえ。それをジンカラっていうのか。うまそうだね」
「よし、そうと決まればさっそく食べに行こう」
「なにがいつ決まったのかよくわからないけども」
「レッツゴー。減ってるでしょ、おなか」
雫は二人の肩に回していた手を放しながら言った。
「減ってるような気がしてきたよ」
瑠海はお腹に手をあてて少し考えてから答えた。
一行は連れ立って露店に行き、ジンカラと呼ばれるそれを買うと座れそうな階段のところへ移動して腰かけた。
「これはたしかに病みつきになるね」
六弦は買ってきたトレーをあっという間に平らげて言った。
「でしょ。めっちゃうまいよね」
「うん。たしかにおいしいわこれ」
「ところでさ。琴那は元気にしてるの?」
六弦が訊いた。
「うん。元気は元気だよ。毎日学校には来てるし、部活にも出てる。でもさすがにちょっと疲れてそう」
空楽が答える。
「吹奏楽大変だからね意外と。学祭終わると次はコンクールと定演かな」
雫が言った。
「定期演奏会?」
「うん。たしかコンクールが夏ぐらいで定演は九月ぐらいだったような気がする」
「そうなの? めちゃくちゃ忙しいね」
「あいつバンドやる暇あるのかな?」
六弦の言葉に誰も答えられなかった。場内スピーカーから出し物の案内がアナウンスされていたけれど、付近の賑わいと校舎の壁からの反響で何を言っているのかはわからなかった。
「ここの吹部はたしかうちの高校のより規模が小さいんだよな」
六弦が続けた。
「吹部って規模が小さいとより大変でさ。特にコンクールは編成人数で出場するブロックが変わるんで、コンクールメンバーに入ってると頭数としても重要になるんだよ」
「六弦詳しいんだね」
「そんな詳しいわけじゃないんだけど、おれ中学の吹部でコントラバス弾いてたことがあってさ。一年で辞めたんだけど」
「へえ。そんな過去が。でも、なんで規模小さい方が大変なの?」
空楽が訊いた。
「実際どうかはその楽団の状況にもよるんだけど、例えば東高の吹奏楽部はデカいからさ。一番人数の多いA編成ってのに一軍を出して、二軍でB編成にも出る、みたいな感じなんだよ。こういう場合はガチ勢がまあ一軍でさ。二軍はユルいやつ多かったりする。ガチだけど一軍に入れなかった連中がいるからこれもモメないわけでもないんだけどさ。わかれてる分いざこざは少ない。これが北高だと多分全員出してやっとB編成ぐらいだと思うんだよね。そうなるとユルいやつ許容できない感じになるんだよ。校内トップレベルのガチ勢にとって、ユルいやつは我慢ならない。そいつらが足引っ張ってる感じになるからね。かといってそいつらを出さないと人数が足りなくなってB編成に出られなくなる。で、衝突して大量に退部するみたいな事態になるのがありがちなパターン」
六弦の話を聞いて空楽は瞳のことを思いだしていた。中学から琴那と吹奏楽をやってきた瞳は、きっと吹奏楽部で結果を出したいと思っている。ずっと一緒にやってきた琴那と、その夢に向かって頑張りたいと思っているのだろう。琴那はどう思っているのだろうか。空楽は琴那のことを親友みたいに感じていたけれど、実際のところそういう大事な話をしたことはなく、ほとんどなにも知らないような気がした。
「そっかあ。どうするつもりなのかな、琴那」
空楽は誰に向けてというわけでもなく呟いた。
「そこはいずれ本人に聞いてみる必要はあるだろうな。でも少なくとも吹部側からしたら琴那は重要だと思うよ。かなり頼りにされてんじゃないかな。一年生だけど経験者だし、うまいからね」
「今日はその辺のことも踏まえて、吹奏楽部での琴那の様子を見ようよ。多分何人もいる打楽器の一人でしょ。バンドのドラムとは違う感じだと思うしさ」
瑠海が言った。
「そうだよね。本人のいないところで心配しても始まらない」
空楽はほとんど自分に言い聞かせるために声に出した。
「とりあえず、吹部の時間まで校内回って時間つぶそう」
*
演目の書かれたパンフレットを受け取って体育館に入ると、ステージにはひな壇が設けられ、パイプ椅子と譜面台が並べられていた。ステージ向かって右寄りにはチューバが二台、床に伏せるような状態で置いてあった。打楽器はステージの奥の方に並べられていた。中央にはドラムセットが組まれ、そこから向かって右側にバスドラムとティンパニ、左には木琴や鉄琴、スネアドラムなどが配置され、テーブルのような台の上に合わせシンバルやトライアングルなどが用意されていた。
「ドラムも置いてあるよ」
空楽が言うと瑠海はパンフレットに目を落とした。
「吹奏楽曲が一曲、行進曲が一曲、映画音楽が一曲で、最後がポップス。このポップスでドラム使うのかも」
「琴那が叩くのかな」
「どうだろ。言うてあの子一年生だからね。花形のドラムは三年生がやるんじゃないかな」
開演のブザーが鳴り、ステージに団員が出てくる。チューバとパーカッション以外の人たちは皆各々楽器を手に出てきた。チューバとパーカッションの人たちは身一つで出てきてステージに置いてある楽器を構えた。
「弦バスはいないんだな」
六弦が言った。
「弦バスってコントラバス?」
「うん。吹奏楽では弦バスっていうこともあるし、ダブルベースっていうこともある。ジャズだとウッドベースとかいわれるけど、実はみんな同じ楽器だよ」
クラリネットの人が立ち上がって団員の方を向き、音を出した。すると団員たちがそれぞれ音を出してチューニングを始めた。ひとしきりチューニングが終わると立っていたクラリネットの人も座り、場内が静まった。客電が落ちてステージに照明が当たり、先生らしき指揮者が登場した。指揮者は客席に向かってお辞儀をした後、団員の方を向いて両手を上げた。その手が振り下ろされた瞬間、厚みのある、それでいて華やかな音が体育館全体を震わせた。電気的に増幅したのではない生楽器の迫力。数十人で奏でる音楽はロックバンドとはまったく違う迫力を持っていた。空楽はその重厚な音に惹き込まれた。琴那はスネアドラムを担当していて、小気味よいリズムを刻んでいた。バンドでビートを引っ張るのとは違う、大きな音のうねりの中にリズムを添えるような演奏だった。
思えば空楽にとって、吹奏楽のコンサートをちゃんと見るのはこれがはじめてだった。学校行事の中で校歌の伴奏をしているのは聞いたことがあったけれど、定期演奏会などを見に行ったことはなかった。きちんとした制服に身を包み、きれいに結ったポニーテールを揺らしながら楽団の一人として演奏する琴那は、いつもの琴那とは違う輝き方をしているように見えた。空楽はそんな琴那に見とれた。
二曲目になるとスネアドラムは別の人に交代し、琴那は合わせシンバルとトライアングルを担当した。空楽にとって合わせシンバルというのはガシャーンと大きなアクセントを奏でる楽器で、一曲の中に一回か二回ぐらいしか出番のないものというイメージだった。でも実際にはシンバルを水平に近く構えて細かく刻んだり、次第に音量を上げながら盛り上げたり、とても多彩な演奏をしていた。琴那は曲の途中でシンバルを置いてトライアングルに持ち替え、巧みに音の強さや長さをコントロールして曲に彩を加えていた。トライアングルも空楽が思っていたよりもずっと表現力の豊かな楽器だった。空楽ははじめて、打楽器の多彩さと重要さを知った。
結局、瑠海の読み通りドラムは最後のポップスの曲でだけ使われ、叩いたのは琴那ではない人だった。おそらく上級生なのだろう。琴那はグロッケンを担当し、元の曲ではシンセサイザーで演奏されるフレーズを奏でていた。やはりポップス楽曲は吹奏楽のコンサートでも人気で、客席からも手拍子が出るなど盛り上がりを見せ、コンサートは大盛況で幕を下ろした。
「琴那、会える時間あるのかな」
終演後に瑠海が言った。
「わからないけど、行ってみよう」
四人はステージの前まで行って様子を伺った。一旦ステージ袖へはけた団員たちはそれぞれに戻ってきて、譜面や譜面台などを片付けていた。チューバの人たちが楽器を片付けていった後で、パーカッションの片づけが始まった。琴那はステージ前にいる空楽たちに気づいて、グロッケンをケースにしまいながら声を上げた。
「ごめん、片付けのあと反省会で、その後打ち上げなんだよね。ちょっと時間とれなさそう。来てくれてありがとう」
「そっか。すごい良かったよ。おつかれさま」
空楽も同じぐらい声を張って答えた。
琴那は慌ただしく楽器を持つと何度も空楽たちの方を見ながらステージ袖へ消えて行った。
「だいぶ忙しそうだ」
「そうだね」
「じゃ、僕らも撤収しますか」
体育館から出ると空楽たちは翌週の予定を話し合った。
「来週は東高の学祭だね」
「瑠海たちはよさこいないの?」
「残念ながらない」
瑠海はまったく残念ではなさそうに言った。
「見てえ。瑠海のよさこい、見てえ」
雫が悶えながら言った。
「その辺でやめときなさいよ」
瑠海が咎める。
「冗談はさておき、おれはとくになんもないから案内するよ」
「瑠海はライブ出るんでしょ」
雫が訊いた。
「うん。出るのは後夜祭だから二日目の夕方だよ。軽音の子のサポートでね。普段はソロでやってる子なんだけど、学祭用にドラムとベース頼んだんだって。こないだデモ音源作るの手伝ったら学祭のライブ手伝ってほしいって言われて出ることになった」
「学祭だけいいの?」
「ほんとはバンドにしたいから入ってほしいって言われたんだけど断ったんだよね。したっけ学祭だけでもって話に」
「そうなんだ」
空楽は自分の中にあるのがどういう気持ちなのかわからなかった。不安のような安堵のような緊張のような、得体のしれないものがうごめいている気がした。
「ね。東高の学祭んとき、もう一人友達連れてってもいいかな」
雫が言った。
「もちろんいいよ。雫の友達?」
「うん。瑠海のギターを見たいって子がいるんで一緒に見たいなと思って」
「瑠海大人気だなあ」
「半分ぐらいは雫が宣伝してるからだけどね」
それを聞いて空楽は曖昧に笑った。
「じゃ、来週は東高で。それぞれいろいろ忙しいだろうから、来週が終わったらまたどっかで集まって、夏祭りに向けてのスケジュール考えよう。二曲だからなんとかなるとは思うんだけどさ。琴那がどの程度練習来れるのかにいろいろかかってくる気がする」
六弦が言った。
「そうだね。どっかで話せるタイミングあったらわたし琴那と話してみるよ」
瑠海と六弦を校門で見送り、空楽は雫と片付けに戻った。校内は日に焼けた肌を冷ますように、学校祭の熱気から少しずつ日常へと戻ろうとしていた。
*
学校祭のあと、後片付けの日を挟んで振替休日があり、空楽はこの休日なら琴那に会えるのではないかと思ってメッセージを送った。
“振替休日なにしてる? 久しぶりに会える?”
たったこれだけの文を、空楽は何度も書き直して考えた。どういう書き方をしたら一番気軽な感じになるのだろうかと必死に考えた。結局大して何も考えていないような文言になったけれど、琴那を追い込みたくはなかったし、でも会って話したいとも思っていた。送信して数分後、戻ってきた返答を読んで空楽は凍り付いた。
“ごめん。さすがに疲れててゆっくりしたいからまた今度でもいい?”
空楽は送る文面を何度も書き直すほど気を使ったのに、なぜだか当然肯定的な返答が返ってくるものと思い込んでいた。喜んで会いたいと言ってくれるはずだと信じきっていた。戻ってきた言葉を読みながら空楽は身体の内側が冷えていくのを感じた。送った言葉が悪かったのだろうか。それともタイミングがまずかったのだろうか。しばらくそんなことをぐるぐる考えた。
空楽は震える指でなんとか返信を打ち、送信ボタンを押した。返信が遅いと琴那に余計な気を使わせてしまう気がして、急いで返信したかった。
“もちろん。ゆっくり休んで! また連絡するね!”
特になにも問題ない、いつもの日常的な会話、空楽はなにも気にしていない、そういう風に伝わるだろうか。送ってしまってから、来週瑠海の学祭に行く約束を書けばよかったのではないか、といったことも頭の中に渦巻いたけれど、それ以上何もを送信せずにおいた。琴那からも、それ以上何も届かなかった。これまでにも何日も連絡を取らないことはあったけれど、今回ほど温度が感じられないのははじめてな気がした。
それからの空楽はなにをしていても上の空で、人のいなくなった世界で動き続けているロボットみたいに休日を過ごした。振替休日が終わればまた学校が始まる。そうなれば琴那は隣のクラスにいて、いつでも会うことができる。空楽は自分にそう言い聞かせながら過ごした。たった二日間の振替休日が何か月にも感じられた。
学祭後のイレギュラーなスケジュールも相まって、またすぐに週末がやって来る。この週末は琴那も一緒に瑠海たちの学祭を見に行く約束をしてあった。吹奏楽部の状況を考えるとそれすら行けなくなってしまう可能性もあるのだけれど、空楽はその今となってはもうだいぶ前に交わしたような気がする約束を拠り所にして登校日を迎えた。
久しぶりの登校日となった木曜日の昼休み、偶然覗いた廊下の窓から、階下の渡り廊下のところにいる琴那が見えた。空楽は窓に駆け寄って見下ろした。琴那はいつだかの同級生、瞳と、あと二人空楽の知らない生徒を前にして立ち話をしているようだった。知らない生徒の一人は女子、もう一人は男子だった。瞳ともう一人の女子は腕組みをして立ち、隣の男子生徒は手ぶりをしながら何かを話していた。琴那は両手をスカートの前で重ね、時折頭を下げていた。空楽にはそれが、叱られて謝っているように見えた。心臓を踏まれているような気分だった。
放課後すぐに隣のクラスを覗きに行ったけれど、琴那も瞳もすでにいなかった。空楽は琴那に何が起きているのか、琴那がどんな気持ちでいるのかが気になったけれど、できることはなにもなかった。
翌金曜日の放課後、空楽が帰り支度をしていると琴那がやってきた。
「空楽、いる?」
「琴那」
学祭の時にも会っているのにとても長い間会えていなかったような気がして、空楽はうまく言葉を見つけられなかった。
「こないだはごめんね。せっかく誘ってくれたのに。あの日ほんと疲れててさ。振替休日二日ともほとんど寝てた」
琴那はそう言って笑った。
「そっか。元気そう、だね。ちょっと安心した」
「いやーもう、この一か月で一生分疲れたよ」
琴那はそう言うとポニーテールを結っていたヘアゴムを外して数回頭を振り、手で髪を梳いた。制服姿で髪を下ろした琴那は空楽の目に新鮮に映った。
「瑠海の学祭は明後日行くんだっけ? 瑠海後夜祭に出るんでしょ?」
「うん。琴那一緒に行けそう?」
「もち。学祭行くのが明後日だと明日は空いてるわけか。じゃ、今日は週末の話しながら帰ろ」
琴那は両手の親指を立てて見せた。
「あれ、琴那部活は? 今日休みなの?」
「ん? 部活は辞めた」
「え?」
空楽は急にうまく息ができなくなったような気がした。
「辞め? ほんとに?」
「うん。くっそ怒られたよもう。平謝りだよ。瞳はもう完全に怒り爆発して取り付く島もなくて、絶交だって」
「そんな」
「まあ、しゃーないよ。うちは空楽たちとバンドやりたいもん」
「そうだけど。吹奏楽やってる琴那も輝いてたよ」
空楽は言いながら、自分がどんな顔をしているのかわからなかった。
「両立できるならうちもやりたかったけどさ。実は学祭前から言われててさ。瞳だけじゃなくてパーカスの先輩にもさ。このあとコンクールとか定演とかいろいろあるから部活に専念してもらわないと困るって。全員参加前提なんだから中途半端な気持ちでやられると他の人に迷惑がかかるからって。それでうちはどこまでやれるか学祭まで頑張ってみたんだよ。でも頑張るとかの問題じゃなくてバンドの練習に行けないんだよ。実際ぜんぜん行けなかったじゃんうち。あれでさ、これは両立は無理だわってなった」
琴那はそう言ってぎこちなく笑った。
「学祭んときに、ついに部長にもさ、学祭終わったら吹部の練習は本格化するから、休み明けまでにどうすんのか決めろって言われたんだよ。簡単に言えば、吹部に専念すんのか、しないなら退部しろって意味だよ。そんでうちは休み中に考えたんだよ。寝ながらだけど割と真剣に。休み明けの昨日さ、部長とパーカスのパートリーダーに呼び出されてたんだけど、なんか瞳も来てさ。そこで辞めますって言ってきた」
「そうだったんだ」
空楽はうまく声が出せず、かすれ気味の声で言った。
「瞳は最後までうちがほんとに辞めるとは思ってなかったみたいでさ。もうその場ですごい剣幕で怒り出して、そうとうヤバい言葉で罵られたよ。まあ覚悟はしてたし、言い分はわかるけどさ。正直思ったより傷ついた。あまりにも瞳がひどいから部長がそれをなだめ始めてさ、部長自身はうちの出した結論がそれなら残念だけど仕方ないって。パーカスのリーダーには、まあはっきり言って失望したって言われた。それで形式上退部届出してくれって言われたから今日出してきて、これで正式にうちは吹奏楽部から退部した。瞳はうちみたいな無責任なやつとはもう口もききたくないってさ」
「そんな。一緒に頑張ってきた友達だったのに」
「でも仕方がないよ。なんかを選ぶってことはさ、それ以外を選ばないってことだもの。両方とも選べるなら話は別だけどさ。どっちかしか選べないなら、どっちかを選ぶしかない。瞳とこんな風になっちゃったのはちょっと寂しいけどさ。でもうちが選ぶ道を瞳が認めてくれないなら、それはもう仕方がないよ。きっとこの先もさ、こういうことが何度もあると思うんだよ。一度も選択を間違えずに生きてくことなんてできそうにないからさ、きっと何度だって悩むだろうし、悔やむと思う。それでも自分の気持ちを信じて決断しなきゃなんないんだよ、きっと。うちは今ここで間違っちゃいけないと思った。どっちかしかできないならうちは空楽とバンドやる」
空楽は目の奥が熱くなるのを感じて琴那に抱きついた。空楽の耳が琴那の耳とくっついた。
「ごめん。泣いてるの見られたくないからこうさせて」
「泣くより抱きつくほうが恥ずかしいことない?」
「ない」
空楽は琴那の背中に回した手に力を込めた。
「そっか」
「おかえり、琴那」
「ただいま」
琴那は目を閉じて空楽の背中に手を添えた。
《つづく》
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