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[小説]かきならせ、空! 第七話

 旭東高校の学校祭に空楽そら琴那ことなと連れ立って午後から出かけた。友達を連れてくると言っていたしずくは別行動で、現地で待ち合わせることにしていた。到着して雫に連絡してみると、フランクフルトを食べながら現れた雫が連れていたのは、おとなしそうな男子だった。

「ああ。雫が連れてくるって言ってた友達って友成ともなりくんだったのか」

 空楽は雫の後ろに半分隠れるようにして立っている男子を見て言った。

「あ、あの、御奏みかなでさんや水無月みなづきさんと同じクラスの友成ともなり 空真くうまです。よろしく」

 空真は雫の後ろから挨拶して会釈した。

「琴那は友成くん知ってる?」

「顔は見たことあるけど、多分話したことはないと思う」

 琴那がそう言うと空真は細かく何度か頷いた。

「友成くんは雫と友達なの?」

「はい」

 空真はあからさまに緊張して答えた。それを見て琴那は笑った。

「あのさ。うちとか空楽とかよりも、雫のほうがどう考えても怖そうだから。雫と普通にしゃべれてるならうちとか空楽なんて余裕だし、今日これから会う瑠海るみとか六弦むげんとかも大丈夫だよ。友成くん、最初に超えたハードルが一番高いからさ。もうあとは全員平気だと思っててもいいと思うよ」

 琴那の言葉を聞いて雫は豪快に笑い出し、「こんにちは。一番高いハードルです」とおどけた。

 空真も笑った。

「ありがとう。僕初対面の人と話すのが苦手で。なんか変に敬語になっちゃったりとかして、なかなか打ち解けられないんですよね」

「敬語の方が話しやすければ別に敬語で話せばいいと思うよ。あんまりこれじゃまずいとか思わないでいいよ」

 琴那の言葉に、空真は表情を緩めた。

「そうだ、友成くんはDTMで音楽作るんでしょ?」

 空楽ははじめて話したときの雫が言っていたことを思い出して訊いた。

「うん。全部打ち込みで、ボカロに歌わせるようなのを作ってます」

「そんでこないだ話してたら、作った曲にギターソロを入れたいんだけど打ち込みだとどうも寂しいから誰か弾いてくれないかなって相談されてさ。瑠海に弾いてもらえばいいんじゃね? と思ったわけ」

 雫が言った。

「友成くんは瑠海の演奏を見たことがないからさ。ちょうど学祭で瑠海がアイドルっぽい子のやつに参加するみたいだから、それを見てもらったらいいんじゃないかなと思って連れてきたんだ」

「あ、瑠海が出るやつってアイドルっぽい子なんだ」

「僕もよく知らないけど瑠海はそう言ってた」

「ところで六弦は? もう会った?」

 空楽は雫のそばに六弦が見当たらないのを確認して言った。

「うん。今ジンカラ買いに行ってる」

「完全にハマったね、ジンカラに」

 雫と空楽が笑っていると、先週別行動だった琴那が「ジンカラってなに?」と訊いた。

「今六弦が買ってくるからわけてもらうといいよ。めっちゃおいしいから」

「お、揃っているね」

 六弦はジンカラのトレーを両手に一つずつ持って戻ってきた。

「うちの高校にもジンカラあったよ」

「へえ。これがジンカラっていうの?」

 琴那が覗き込んだ。

「お、琴那はジンカラ知らない? ジンギスカンの唐揚げ。おれも先週北高の学祭ではじめて知ったんだけどさ。うますぎて病みつきだよ。食べてみ」

 六弦がそう言ってトレーを片方琴那に渡すと、琴那は受け取りながら素手で一枚つまんで口に放り込んだ。

「うわ。ほんとだ。これはうまいね」

 六弦が「みんなも食べて」と言って琴那はトレーを空楽と空真の前に差し出した。空楽が先に手を出し、空真は「じゃ僕もいただきます」と言って受け取った。その様子を見て六弦は残っているほうのトレイを雫に差し出して勧めた。

「これってジンギスカンの肉を揚げただけなのかな?」

 琴那が訊いた。

「そうなんじゃないかな。なにしろ学祭で作れるレベルだからそんな難しいもんじゃないはず」

「自分でもすぐ作れそうだねこれ。ね、なんかフライヤーみたいな機械を練習場に置いとけばさ、ジンカラパーティしながら練習できるんじゃない?」

「普通そういうのはたこ焼きでやるんじゃないの? タコパっつってさ」

「フライヤーあればたこ焼きよりこれワンチャン簡単っしょ」

「そうかも」

 琴那と六弦は笑いあった。

「ところで」

 ひとしきりジンカラで盛り上がり、買ってきたジンカラが全部無くなったところで六弦が切り出した。

「琴那はどうなりそうなの?」

「どうって、なにが?」

「これからさ。練習、来られるの?」

 六弦は軽い口調で言った。

「ああ、そうだ。その話しなきゃ。ごめんね、せっかく練習場できたのにぜんぜん練習行けなくて。でももう大丈夫。うち、学祭限りで吹部は辞めたから」

「え。マジかよ」

「うん。あれはちょっと両立無理だわ」

「たしかにちょっと大変そうだとは思ったよ。でもほんとに辞めちゃって良かったの?」

 六弦は琴那の顔を伺いながら訊いた。

「うん。もともとうちはドラム叩けるかなと思って入っただけだからさ。まあ辞め際いろいろあって多少凹みはしたんだけど。でも気持ち的にバンドの方に専念したいってのが百パーセント本心なのは間違いないから。ほんと未練とかはまったくないよ」

「ならよかった。じゃさっそく来週から練習再開しよう」

「もち。超楽しみだよ。夏祭りで鮮烈にデビューしようぜ」

 琴那はそう言って両手の親指を立てて見せた。

 校内放送で後夜祭のお知らせが流れ、思い思いに学校祭を楽しんでいた来場者が体育館へと移動し始めた。各教室で出し物に参加していた東高生も、外部から来ていたお客さんも、みんな後夜祭へと流れて行く。

「やっぱ後夜祭あるのいいよね。北高は前夜祭はあるのに後夜祭はないもんな」

 暗幕カーテンが引かれ、暗い中にスポットライトでライティングされた体育館へ入りながら琴那が言った。

「そもそも北高には軽音がないからなあ。後夜祭と言えばバンドだもんね。軽音がないといまいち盛り上がらないよねえ」

 雫は体育館の中を見回しながら言った。

「他校の生徒も出てよければおれらのバンドで出られるんだけどな。ここの後夜祭は軽音所属じゃなくてもいいんだけど、東高の在校生しか出られないんだよね」

 六弦が言うと雫が「ふつうだいたいそうなんじゃない?」と返した。

「瑠海は右側かな」

「一般的にはそうだろうね。ステージに向かって左側にベースがいることが多そう」

 緞帳が降りていて様子のわからないステージを見上げながら空楽たちは真ん中より右寄りの前の方へ移動した。

「最前、行く?」

「行っとこ」

 空楽たちがステージ前の最前列へ陣取ると、ほどなく下りたままの緞帳の前に一人の生徒が出てきて、そこに左右のスポットライトが交わった。

「みなさん、本日は旭東高校の学校祭へお越しいただき、ありがとうございます。ここから見た感じだと半分以上東高の制服に見えますが」

 集まっている在校生たちから笑い声が上がった。

「待ちに待った後夜祭です。今年の軽音楽同好会は盛り上がっていて、一年生の出演も二組あります。最後までめいっぱい盛り上がってってください。最初のバンドは、GLAYグレイ HOUNDハウンドです。今年入学した一年生が軽音に入って結成したバンドだそうです。どうぞ」

 挨拶をした生徒は客席に向かってお辞儀をした後右手を突き上げながらステージ袖へ戻っていった。スポットライトにカラーフィルタがかけられ、ステージが暖色系のライトに包まれた。緞帳が上がり、ペダルエフェクターの発するノイズが鳴った。ドラムが半分開いたハイハットシンバルでカウントを取り、轟音が鳴り響いた。

 一つ目のバンドは男子ばかり四人で、ギター、ベース、ドラム、ボーカルで、ボーカルは楽器を持たずに歌うスタイルだった。空楽はあまりの轟音でしばらくどういう曲なのかわからなかったけれど、聞いていてそれが最近ヒットしている曲だとわかった。全体的に音が塊になっていて、どのパートが何をしているのかほとんどわからなかった。お腹の底の方が振動するような低音が響いていたけれど、ベースがどういうフレーズを弾いているのかはわからなかった。ボーカルはシャウト気味に歌っていて、声は聞こえるけれど歌詞はわからなかった。周りを見ると客席は東高の生徒を中心に盛り上がっていて、拳を振り上げながら飛び跳ねている人が大勢いた。空楽もビートにのって体を動かしたいと思ったのだけれど、リズムの粒立ちが聞こえにくく、うまくのれなかった。

 ほどなく一曲目が終わり、ボーカリストが叫び気味にしゃべった。身振りから客席を煽っているのはわかるのだけれど、なにを言っているのかはよくわからなかった。そのまま二曲目が始まり、これもしばらく聞いてから最近よく耳にする曲だとわかった。仲間の様子を伺うと琴那はなんとなく身体を揺らしていて、雫はけっこうノリノリだった。六弦はあまりのっている風ではなかったけれど笑顔を見せていた。空真は茫然とした表情でステージを見上げていた。空楽は結局この一つ目のバンドの最後の曲まで、一度もリズムにのることができないままで終わった。

 会場が静まり、バンドメンバーがはけた後も轟音が残像のように耳にこびりついていた。空楽は隣に立っている六弦に顔を寄せて声をかけた。

「音が大きすぎるせいなのか、なに弾いてるかよくわかんなかったよ」

「ライブに慣れてないバンドだとあんな感じなのは割と普通だよ。それと空楽の耳が爆音に慣れてないせいもちょっとあるかも」

 空楽は頷いてからステージへ目を戻した。

 ステージには最初に登場して挨拶をした進行役の生徒が現れ、スポットライトが元の色に戻ってそこに重なった。同時に暗がりになっているステージ上に次のバンドのメンバーが入ってきて機材のセッティングや楽器のチューニングをし始めた。ちょうど空楽たちが陣取ったところの正面に瑠海がきて、ギターをチューニングし始めた。

「盛り上がってますかー」

 進行役が叫ぶと客席の在校生が反応して盛り上がった。

「次のバンドはMerryメリー です。このバンドは普段ソロで活動している一年生、海野うんの 芽里めりさんが中心となり、後夜祭に出るために結成したバンドだそうです。海野さんからはコメントをもらっています。えー、普段ソロでMerryという名前で活動しているので、はじめは今回のバンド名をMerry’sメリーズ にしようと思ってました。でも今回手伝ってくれるギタリストに、メリーズじゃおむつだよと言われたのでソロと同じ名前にしました、とのことです」

 客席が笑い声に包まれた。そのギタリストが瑠海だと思うといかにもな感じがして空楽も笑った。

「さあ準備は、良さそうですね。では2バンド目、Merryの皆さんです。どうぞ」

 進行役の生徒がはけたところでまたライトの色が暖色系になり、ギターが高音域で奏でる単音のフレーズが響き渡った。ギターがそれほど長くないフレーズを繰り返し、そこにドラムとベース、それにボーカリストの弾くギターが入ってきた。全体的に一つ前のバンドよりもちゃんと何を弾いているかわかる音だった。ボーカリストはフリルのついたかわいらしい衣装をまとい、髪をツインテールに結っていた。イントロを弾いてマイクスタンドに近づき、歌い始めのところでウィンクをした。芽里のはきはきした発音と元気のいい歌はとても魅力があった。歌いながら弾いているギターも、難しいことはしていないもののキレがよく、どんな音を弾いているのかよくわかった。芽里の弾くギターとドラムとベースでちゃんと完成したアンサンブルになっていた。そこに加わった瑠海はコードが変化しても変わらないフレーズを弾き続けるような演奏をしていた。瑠海はずっと同じフレーズを弾いているのだけれど、他のパートのコードが変化していく。単調な演奏をすることでかえって彩が増すようだった。空楽は瑠海に吸い込まれて行きがちな視線をはがしてなるべく芽里を見るようにした。瑠海の演奏はいつでも見られるし、芽里から学べることは多そうだった。芽里はわずかでもメロディに空白があるとマイクスタンドから離れ、ステージを歩いたり、リズムに乗って飛び跳ねたり、曲のキメに合わせてポーズを取ったりしていた。そのあざとい愛らしさは客席の盛り上がりを強力に牽引していた。サビに差し掛かるとギターから手を放して両手を上げ、頭上で手拍子を煽った。それまで拳を振り上げていた人たちも手拍子を打ち始めた。空楽も手拍子を叩きながら身体を揺すった。芽里は客席をまんべんなく見て時折ウィンクしたり、笑顔を見せたりしながら歌った。間奏部分に入った瑠海のギターソロは、細かいフレーズも全部聴きとれるほどはっきり響いた。

 一曲目が終わったところで、空楽はまた六弦に話しかけた。

「あのボーカルの子、うまいね」

「うん。ものすごくステージ慣れしてる感じがする。あれで一年生なのはだいぶすごい」

 空楽は六弦に言われるまで芽里が一年生であることを忘れていた。芽里は一曲目の曲紹介をしたあとメンバーの紹介をし、普段は自分で作詞作曲した曲を自宅で録音してネットに公開していると話した。芽里はこの曲と曲の間のMCエムシーもとても自然にこなしていた。

 二曲目はバラードだった。芽里は分散和音アルペジオを奏でながら静かに歌い始めた。途中からバンドが入ってきて、芽里はそれに合わせて歌い方を変えた。高音で伸びる芽里のボーカルは歌のうまいアイドル歌手といった感じで、ただうまいだけでなく、声にとても魅力があった、空楽は瑠海がこのボーカリストを見に来いと言った意味を噛みしめた。芽里は空楽とはまったく違うタイプの歌い手だったけれど、観客に見せる意識とギターの演奏力が、どちらも空楽よりもはるかに優れていた。声量だけは空楽のほうがあるような気がしたけれど、空楽はそれ以外の要素のなにをとっても芽里にかなわないと思った。とたんに、瑠海が芽里ではなく空楽とバンドをやる道を選んだ理由がわからなくなった。

 二曲目が終わり、芽里は「最後の曲です。みんなで盛り上がろうね。次は夏祭りのステージに出るからみんな見に来てね」と叫んだ。すかさずドラムのカウントが入り、アップテンポで華やかな曲がスタートした。この曲では芽里のギターと瑠海のギターが呼応するようなアレンジになっていて、二人はステージ上で目を合わせながら息の合った演奏をしていた。芽里は歌いながらこの演奏をしていて、空楽は自分がここまでたどり着くのにあとどのぐらいかかるのかと不安になった。この三曲目は明るくて楽しい曲調で、歌詞も前向きな内容だった。雫や六弦も体を揺らしていたし、空真も笑顔でステージを見上げていた。瑠海は芽里を手伝うのは学祭だけだと言っていたけれど、芽里も夏祭りに出てくるということは同じステージで競演することになる。負けたくないと思ったけれど、残念ながら今の空楽の実力では勝ち負け以前に勝負にならないことが明らかだった。

 芽里のバンドのあと、上級生のバンドが3つほど出演したけれど、一番うまかったのは瑠海であり、芽里だった。二人は明らかにレベルが異なっていた。

「瑠海たちが一番うまかったよね」

 体育館から出るときに空楽は六弦に訊いた。

「うん。まあだいたいこんなもんだと思うよ。普通の軽音のレベルは他のバンドの方で、瑠海と芽里はなにかがおかしい」

「芽里ちゃんも夏祭りに出るって言ってたね。強敵だね」

「腕が鳴るね」

 六弦はそう言うと細い腕で非力そうな力こぶを作って見せた。それを見て空楽は、六弦も普通の軽音をはるかに凌駕する腕前の持ち主だったことを思い出した。

 体育館を出ると瑠海たちが待っていた。

「おーい」

 手を振る瑠海の隣に制服に着替えた芽里も立っていた。

「ども。海野芽里です。見てくれてありがとね」

 芽里はそう言うとペコリと頭を下げた。さっきステージで観客を牽引していたのと同じ人物とは思えないぐらいごく普通の生徒だった。こうして目の前で対面してみると芽里は空楽よりも背が低く、小さく見えた。この人がステージであんなに大きく輝くのかと思うと空楽はまた不安になった。自分にそんな力はあるのだろうかと思わずにいられなかった。

「すごかったよ。いろいろうますぎて驚いた」

 空楽は思ったままを言葉にして笑顔を作った。

「瑠海たちも夏祭り出るんでしょ?」

 芽里が集まっている面々を見回しながら言った。

「うん。出ようと思ってる」

 瑠海が答えた。

「わたしはソロで出る予定。またそんときに会いましょ。瑠海の自慢のバンドの音、楽しみにしてるよ」

 芽里はまたそこにいる一人ひとりを見回しながら言うと、その視線を空楽の上で止めて笑みを浮かべた。

「じゃわたしはこれで。ほんと見てくれてありがとう。またね」

 芽里は空楽を見据えたまま言って、手を振りながらその場を離れて行った。空楽は貼り付けたような笑顔のままで手を振った。

「で、雫の友達は?」

「あ、そうそう。はい、こちら、僕や空楽と同じクラスの友成くん」

「友成空真です。ギターすっごくうまいですね」

 空真は昼間よりも堂々と挨拶した。

「ありがと」

「僕DTMで音楽作ってるんですけど、ギター弾いてもらえないかなと思って。水無川さんに相談したら紹介してくれるっていう話になったんです」

「レコーディング手伝うのはぜんぜんいいよ。どうやって録音するの?」

「僕が録音用の機材を持って行くんで、場所はどこでもいいです。電池で動く機械だから屋外でもいいぐらいです」

「そっか。ね、来週うちらバンド練習するよね?」

 瑠海は空楽に訊いた。

「うん。まだなにも決めてなかったけど、たぶん全員そのつもり」

 六弦と琴那が頷いた。

「じゃあさ、雫にまた友成くん連れてきてもらって、あの練習場で録音したらいいんじゃない?」

 瑠海は言いながら雫の方を見た。

「僕はいつでもいいよ。友成くん来週で問題ないなら連れてくよ」

「ありがとう。来週で大丈夫です。一応音と譜面あるので渡しておきますね」

 空真はそう言うと背負っていたバックパックを下ろして中からフラッシュメモリと印刷された楽譜を取り出した。

「え? なんだ、もう頼むの確定だったの?」

 雫が驚いて言った。

「確定ではないけど、良さそうな感じだったらお願いしようと思ってたから持ってきた」

「ありがとう。聴いとくね」

 瑠海はそう言ってメモリと楽譜を受け取った。

「ね、わたしも楽譜見せてもらってもいい?」

 空楽は空真に訊いた。

「もちろん」

 やり取りを見ていた瑠海が空真から受け取った楽譜を広げて空楽に見せた。

「どういう風に楽譜書けばいいのか参考にしようと思って」

「これは打ち込みに使ったDTMのソフトから出してる楽譜だからきちんと印刷されてるし、すごいちゃんとしてるけどね。バンドに曲持っていくだけならここまでちゃんとしてなくても大丈夫だよ。大事なのは小節数がわかることと、コードがわかること」

 空楽は頷きながら楽譜を眺めた。

「この友成くんの楽譜はテンポとかリズムの感じとか、キメのリズムとか、あとここなんかはユニゾンって言って他のパートと同じフレーズを弾くみたいな指示も書いてあるね。これだとほんと、参考音源が無くてもちゃんと弾けちゃうぐらいの楽譜だよ。バンドでアレンジするときはテンポとかも実際やりながらこのぐらいとか言えちゃうし、キメとかもやって見せながらこういう感じとか、話しながらやるから、楽譜はコードと小節数ぐらいがわかるようになってれば大丈夫だよ」

「ありがと。わたしも来週の練習までに作った曲をなんとなく楽譜にして持っていくよ」

 例によってバスの本数が少ないために全員が同じバスに乗り合わせることになり、一行は談笑しながら瑠海の家へ向かった。空真も次第に慣れてきて、すっかり仲間の一員になっていた。

 練習場に到着すると瑠海は空真から受け取ったデモ音源をかけながらそれに合わせてギターを弾いていた。空楽も見慣れている瑠海の姿だったけれど、今日は普段と違って、瑠海の前には譜面台が立てられ、そこに楽譜が広げられていた。

「おーっす」

 琴那が手を振りながら声をかけると瑠海は手を止めて立ち上がり、流れている音を止めて「おはよう」と言った。

「瑠海はずっとここで練習してるの?」

 六弦が訊いた。

「うん。ここがあまりにも快適だから最近スタジオ行ってないよ。平日はちょいちょい空楽も来て二人で練習してる」

「ちょ。マ? なんで誘ってくんないんだよ」

 琴那が空楽に詰め寄った。

「え。あ、そっか。琴那部活辞めたから来られるのか」

「そうだよもう水臭いな。二人で練習してるなら言ってくれればいいのに」

「おれも平日来れるぞ」

 六弦も言った。

「あたしだいたい平日四時半ぐらいには戻ってるけど、わざわざ来てもらっていなかったらあれだから一応前もって連絡して。あたしがいるときならいつでも来ていいよ」

「空楽はどのぐらい来てるの?」

「んーと、今週は毎日来たかな。瑠海が学祭の振替とかでここにいることが多かったから」

「毎日? おいー。呼べよ。うちも呼べ」

 琴那はじたばたしながら言った。それを見てみんな笑った。

「ごめん、完全にほかのメンバーを誘うって発想がどっか行ってたよ」

 空楽は笑いながら言った。

「さて、先に友成くんの録音をやっちゃうか」

 笑いが収まって瑠海が言うと、空真は「お願いします」と言って背負ってきたそれほど大きくないバックパックから小さな機械を取り出した。それは雫がいつも持っている録音機材と同じような大きさのものだった。

「そんな小さい機械で録音できるの?」

「うん。これで仮ミックスの伴奏を再生しながら、そこにギターをステレオで録音できる」

「すごいね」

 瑠海は空真のレコーダーと練習場のミキサーを繋ぎ、ギターのエフェクターボードを空真のレコーダーにつないだ。

「ね、ギターパートっていくつまで録音できる?」

「いくつでも。録音したトラックをコピーして逃がしといて、元のオケに混ぜながら重ねていけばいくらでも録音できるよ」

「おっけー。一応二パートだけど四回にわけて録音したいんだよね」

 瑠海はそう言うとギターを鳴らし、ミキサーの音量を下げた。

「そっか。瑠海のギターは友成くんのレコーダーに入ってミキサーに行ってるから、ギターアンプは鳴らないんだ」

 空楽が言うと瑠海は「そう」と言って頷いた。

 準備が整い、録音がスタートした。見ているだけの空楽がとても緊張している前で、録音している瑠海は落ち着いた演奏を見せた。一曲を通して演奏し終わると空真が機械を操作して録音したデータを保存し、次の録音に向けて、元の伴奏データに今瑠海が弾いたギターを混ぜた伴奏用の音を作った。新たな伴奏を再生しながら、瑠海はその上に次のパートを演奏する。さらに三回目はエフェクターをかけて特殊な音を入れる部分を録音し、四回目にギターソロ部分を録音した。

「すごい。こうやって重ねていって音楽作るんだね」

「てーか全部一テイクで終わらせるのがヤバいんよな。四回にわけてって言って本当に四回で終わらせやがった」

 六弦がため息ぎみに言った。

「ちょっと簡単にミックスしたの流してみるね」

 空真はそう言うと小型のレコーダを操作して再生した。たった今瑠海が弾いて録音したギターパートが左右に分かれ、聞きやすい音になった。空楽はこの音になってはじめて、瑠海の弾いた二つのギターパートは部分的に掛け合いになっていて、片方のフレーズにもう片方が答えるようなやり取りになっているのを知った。瑠海の目指しているギターアレンジはきっとこういうもので、この左側のパートこそが、自分に期待されているギターなんだと感じた。瑠海との二人練習で空楽はバンド内でのリズムギターの弾き方がだいぶわかってきてはいるのだけれど、やはり瑠海とつり合いの取れた演奏をするにはだいぶ力量不足だった。せめて学祭の時に見た芽里ぐらいの演奏を夏祭りまでにはできるようになりたい。空楽は瑠海が一人で多重録音した演奏を聴いて、あらためて強くそう思った。

「どう? おっけー? もっとこうしてほしいとかあればやってみるけど」

「ううん。大丈夫。これでばっちり。この曲はギターを生演奏にしたかったから助かった。ありがとう」

 空真は少し興奮気味に言った。

「もっとほかのパートも生演奏にしたかったらいつでも相談してきなよ。STUNNUTSが協力するよ」

 六弦が言った。

「このバンドうまいやつ揃いでスタジオミュージシャンの集まりみたいだからな」

 雫の評したこの言葉が、のどに刺さった魚の骨みたいに空楽のどこかに痛みをもたらした。でも今の空楽にはまだ、その痛みの正体がなんなのかはわかっていなかった。

《つづく》

#創作大賞2024 #お仕事小説部門

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