痛みに強い人を、丈夫だと決めつけない理由
僕は幼い頃、人から傷つけられる経験が重なり、痛みを感じないように自分を守っていた時期があります。
何も感じなければ、傷つかなくて済む。
当時の僕が意識してそう考えていたわけではありません。
ただ、怖いことや苦しいことをそのまま受け止めきれず、感覚を遠ざけることで耐えていたのだと思います。
だから僕は、「痛みに強いです」と言う人を、単純に丈夫な人だとは考えません。
本当に刺激へ強い人もいます。
一方で、痛いと言わないことに慣れた人や、自分のつらさを感じにくくなっている人もいます。
痛みを訴えない。
顔色も変わらない。
施術中も我慢できる。
外から見れば平気そうでも、それだけで刺激を強くしてよいとは限りません。
僕自身、感じないことで守られていた時期があったからこそ、反応が小さい人ほど丁寧に確認したいと思っています。
「このくらいは平気です」という言葉の奥に、「平気でいなければならない」が隠れていないか。
施術者の期待に応えようとして、無理をしていないか。
もちろん、身体の反応だけでその人の過去や気持ちを決めつけることはできません。
だから聞きます。
痛くないですか、だけではなく、
心地よいですか。
怖さはありませんか。
もう少し弱いほうが安心できますか。
施術で大切なのは、どれだけ強い刺激に耐えられたかではありません。
今まで見過ごしてきた自分の感覚に、少しずつ気づけることだと思っています。
「本当は少し痛かった」
「今日は触れられたくない」
その言葉を安心して言えることも、身体を自分のもとへ取り戻す一歩です。
僕は、我慢できる身体をつくるのではなく、我慢しなくてもいい身体と場所を、一緒につくっていきたいと思っています。

痛みに強いと思っていたけれど、自分の疲れやつらさが分かりにくい。そんな方も、その日の感覚を確かめながら施術を進めます。
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