【グランツーリスモ ミッドナイト・ストリーツ】第1章「始まりの閃光」
福島県、リンクサーキット。
すり鉢状の地形に作られた、全長約1.5kmのミニマムかつテクニカルなサーキット。
高低差が激しく、タイトなヘアピンが連続するこの場所は、パワーよりも「車の旋回性能」と「トラクション」が勝敗を分ける。
走行会のパドックは、過給機の金属音や太いエキゾーストノートで満ちていた。
その中で、異彩を放つ1台の車があった。
佐倉リュウセイの駆る、ブリリアントスポーティーブルーメタリックのCR-Z(ZF2)。
フロントからルーフへと走る2本の黒いストライプが、朝の光を浴びて引き締まって見える。
無限RR仕様の鋭いエアロに、SSRの5本スポークホイール。
しかし、その心臓部は1.5Lのコンパクトエンジンと、薄い電気モーターを組み合わせたハイブリッドシステム「IMA」だった。
「おい、あの青いハイブリッド……本気でこの走行会を走るつもりか?」
「無限のエアロで見た目はイジってるけど、中身はCR-Zだろ? 120馬力そこそこのエコカーじゃ、このリンクの急勾配で息を吹き返す隙もないぜ」
周囲の走り屋たちの嘲笑が、借りてきたヘルメットを抱えて佇むリュウセイの耳に届く。
感覚過敏のリュウセイにとって、パドックに渦巻くガソリンの匂いや、バラつくアイドリング音は「ノイズの嵐」だった。
その時、隣のピットから、地を這うような重低音が響き渡った。
「ゴォォォォォォォォォッ!」
ベイサイドブルーの日産・スカイラインGT-R(R34)。
RB26DETTエンジンが発する、完璧に同調した6気筒の咆哮。
ステアリングを握る板橋ツカサは、隣の青いCR-Zを一瞥し、フッと鼻で笑った。
板橋ツカサ
「おい、そこの小僧。その電気仕掛けのおもちゃで、このリンクを走るのか?」
ツカサが窓を開けて声をかける。
リュウセイは一瞬、ツカサの鋭い眼光に威圧されて身をすくめたが、CR-Zの本革巻きステアリングを握りしめると、その瞳に青い炎のような静かな闘志が宿った。
リュウセイ
「はい。CR-Zはただのエコカーじゃないです。持てるポテンシャルを正しく引き出せば、大排気量の車にだって負けないはずです」
ツカサ
「……面白い。そのハッタリ、俺のGT-Rの後ろで試してやる。リンクの登りで、一瞬でミラーから消してやるよ。ついてこれるなら、ついてきてみろ」
ツカサはそう言い残すと、GT-Rのギヤを1速に入れ、コースへと滑り出していった。

コースイン。
1周の完熟走行を終え、2台はホームストレートにグリッドを並べた。
シグナルタワーの赤いライトが、一つ、二つと点灯していく。
リュウセイは「3-mode drive system」の「SPORT」ボタンを押し込んだ。
メーターパネルが鮮やかな赤色に染まり、電気モーターがいつでも最大トルクを発生できるスタンバイ状態に入る。
しかし、彼の心臓は、壊れんばかりに激しく鼓動していた。
リュウセイ
「……落ち着け。ノイズを消すんだ」
リュウセイは深く息を吐き、周囲の雑音をシャットアウトした。
彼のニュータイプとしての知覚が、極限まで研ぎ澄まされていく。
4本のタイヤが路面のアスファルトを押し潰す感触、CR-Zの軽量なボディにかかる微細な重力バランス。
すべてが、頭の中でクリアな立体映像として再構成されていく。
シグナルがグリーンに変わった。
(バァァァァァァァァァッ!)
(キィィィィィィィィィッ!)
ツカサのGT-Rが、ATTESA E-TSの4WDトラクションを路面に叩きつけ、爆発的な加速で飛び出した。
350馬力のパワーは、リンクサーキットの短いホームストレートを一瞬で食い尽くし、瞬く間にCR-Zを引き離す。
リュウセイ
「速い……! これが、本物のバトル……!」
リュウセイはアクセルを踏み抜いたが、1.5Lのi-VTECエンジンとモーターのトルクを合わせても、GT-Rの圧倒的な推進力の前には、あまりにも非力だった。
1コーナーを通過する時点で、すでに3車身以上の差をつけられている。
さらに、ツカサの走りは冷酷なまでに完璧だった。
リンクサーキットの荒れたアスファルト、急激な上り坂、そして回り込むタイトなコーナー。
ツカサは、4WDのトルク配分を駆使し、クリッピングポイントをミリ単位の精度で通過していく。
登りセクションに入るたびに、GT-Rのツインターボが「キィィィン」と過給音を響かせ、CR-Zとの差を無慈悲に広げていった。
リュウセイ
「ダメだ……追いつけない……!」
リュウセイの額から冷や汗が流れる。
焦りからブレーキングがわずかに遅れ、CR-Zのフロントタイヤが「ギャギャギャッ」と悲鳴を上げてアウト側に膨らむ。
このままでは、ただ引き離されて終わる。
そう思った瞬間、リュウセイの「耳」が、前方のGT-Rから発せられる微細な「異音」を捉えた。
リュウセイ「……?」
それは、エンジン音でも排気音でもない。
GT-Rがタイトな左コーナーに進入する瞬間、フロントタイヤから発せられる、わずかに擦れるような高周波のスキール音だった。
リュウセイ
「……フロントタイヤが、滑ってる。あのGT-R、タイトコーナーの進入で、フロントが外側に逃げようとするのを、4WDの力で強引にねじ伏せて曲がってるんだ」
リュウセイの知覚が、ツカサの走りの「弱点」を看破した。
GT-Rのトラクションは強力だが、車重が重く、特にフロントに荷重が集中している。
リンクサーキットのようなタイトなヘアピンが連続するコースでは、強引なコーナリングを繰り返すたびに、フロントタイヤが偏摩耗し、急速にグリップを失っていくのだ。
リュウセイ
「オレのCR-Zは、あいつより400キロ以上軽い。それに、減速するたびに電気が溜まる……。勝負は、後半だ!」

バトルの後半、4周目。
リュウセイの予測通り、GT-Rの挙動にわずかな乱れが生じ始めた。
ツカサがステアリングを切り込んでも、GT-Rのノーズが一瞬遅れて反応する。
フロントタイヤのグリップが、熱ダレを起こして限界を迎えつつあった。
ツカサ
「くそっ、フロントが逃げる……! このミニサーキット、重いGT-Rにはタイヤの負荷がキツすぎる!」
ツカサはバックミラーを見た。
ツカサ「!?」
驚いたことに、とっくに引き離したはずの青いCR-Zが、すぐ背後にまで迫っていた。
ツカサ
「なんなんだ、あの小僧……! コーナーを曲がるたびに、ラインが鋭くなってやがる!クソッタレッ!」
リュウセイは、減速時の「回生ブレーキ」を極限までコントロールしていた。
フットブレーキとモーターの回生制動力を滑らかに同期させ、フロントタイヤに「曲がるためだけの最適な荷重」を乗せる。
そして、クリップを通過した瞬間、モーターの即応的なモータートルクを立ち上がりのトラクションとして一気に立ち上げる。
ターボラグが一切ないモーターのアシストは、タイトな立ち上がりにおいて、GT-RのRB26DETTがパワーバンドに入る前の「一瞬の隙」を完全に凌駕していた。
リュウセイ(ここだっ!)
5周目、最もタイトな第3コーナーのヘアピン。
ツカサのGT-Rがアンダーステアを嫌ってわずかにアウト側に膨らんだ瞬間、リュウセイはイン側にCR-Zを滑り込ませた。
インベタのライン。
左側のタイヤが縁石を激しく蹴り上げ、車体が軽くバウンドする。
しかし、HKSの足回りとSSRのホイールは路面を離さず、CR-ZはGT-Rの側面に並びかけた。
ツカサ(なんだとっ…!?)
ツカサは目を見開いた。
並走のまま、最終周の最終ヘアピンへと突入していく。
最終周、リンクサーキットの最終コーナー。
ここを立ち上がれば、あとは短いホームストレートだけ。
パワーで勝るGT-Rが、アウト側から被せるようにラインを塞ぎに来る。
ツカサは、限界を迎えたタイヤをねじ伏せ、アクセルを踏み抜いた。
ツカサ
「ハッタリはそこまでだ、小僧! ストレートに出れば、パワーの差で押し潰してやる!」
GT-RのRB26DETTが咆哮し、並走状態からわずかにノーズを前に出す。
CR-Zの1.5Lエンジンは、すでに限界まで回りきっていた。
このままストレートに出れば、確実にGT-Rにちぎられる。
リュウセイの瞳に、ナビゲーションディスプレイの赤い光が反射する。
バッテリー残量は、回生ブレーキによってフルチャージされている。
リュウセイ
(……まだ、これがある!)
リュウセイは、ステアリング右下に配置された、輝くボタンに親指をかけた。
「S+(PLUS SPORT)」
カチッ、とボタンを押し込んだ瞬間。
CR-Zのシステムが、バッテリーの全電力をモーターへと強制解放した。
通常の「SPORT」モードを遥かに凌駕する、電撃的なアシストトルクが、軽量な車体を前へと弾き出す。
リュウセイ「行けぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
(フォォォォォォォォォン!)
i-VTECの高回転サウンドに、キィィィンというモーターの超高周波が重なり、CR-Zは一瞬にしてGT-Rのフロントバンパーの前に躍り出た。
ギャラリーA
「なんだ!? なんだあの加速は……!?」
ギャラリーB
「あれはもしかして、S+を使ったというのか…!?」
ツカサやギャラリーが驚愕した瞬間、チェッカーフラッグが振られた。
(バァァァァァァァァァッ!)
わずか半車身の差。
しかし、確実に、青いCR-Zが先にコントロールラインを駆け抜けていた。

ピットエリア。
エンジンを止め、リュウセイは、激しく上下する肩を落ち着かせながら、自らの両手を見つめた。
手のひらは汗でびっしょりと濡れ、全身が心地よい疲労感と、言葉にできない高揚感で満たされていた。
リュウセイ
「勝った……。オレと、CR-Zで……」
隣に停まったGT-Rから、ツカサが降りてきた。
その表情は、一度はプライドを粉々に砕かれたような衝撃に満ちていた。
しかし、彼はリュウセイの前に歩み寄ると、フッと自嘲気味に笑い、右手を差し出した。
ツカサ
「……佐倉リュウセイ、だったな?やられたよ……お前のあの『先を見るような走り』、そしてあの最後の加速……一体何なんだ?」
リュウセイはコックピットから降り、はにかむような笑みを浮かべながら、ツカサの手をしっかりと握り返した。
リュウセイ
「最後の加速は、PLUS SPORTシステムです。バッテリーの電気を一気に使って、モーターの力を最大にするんです。それで、3リッターV6並みの痛快な加速ができるんです。……ツカサさんのGT-Rのタイヤが限界なのも、走っていて『音』で分かりました。だから、後半に勝負をかけようって」
ツカサ「……音で分かった、だと?」
ツカサは呆然とした。
データロガーでも、ピットからの指示でもない。
ただ走っている最中の「音」だけで、相手のタイヤの限界をミリ単位で見抜いていたというのか。
ツカサ
「お前、とんでもないニュータイプだな……。だが、これで終わりだと思うなよ。俺だって、このまま引き下がるつもりはない。次はもっと広い場所で、俺の本当の走りを見せてやる」
リュウセイ「はい! また一緒に走ってください!」
朝のリンクサーキットに、二人の若い走り屋の笑い声が響いた。
それは、佐倉リュウセイという「原石」が、初めて世界にその輝きを示した、始まりの閃光の瞬間であった。
_______第1.5章に続く________
