できそうでできない「道を極めるには単純作業の繰り返し」
人との出会いはワクワクさせてくれます。
特に、自分にはないものを持っている人とか、自分ができないことをやっている人を知ると「凄いなあ」と思います。
それは自分より年下であっても同じです。
ある漫画家さんの本を制作したことがあります。
原稿を読む前は「若い人だから大人の目で見てあげよう」的な思いでいました。
ところが読んでみると、伝えたい思いを漫画とセリフで見事に表現していました。
そのとき、「若いから」という先入観を持ってはいけないと思いました。
そんなことから、なぜそういう若者が育つのかと考えるようになりました。
もちろん本人の才能が第一にあるかと思いますが、育った環境も大きいのではないかと思います。
例えば親の姿を見習う、良き師匠に出会う、競い合う仲間がいる、経済的にも恵まれている等々の外的要素が挙げられからです。
と思っていた中で、貴重な人との出会いがありました。
その人はサラリーマンです。
中学校はいじめにあって、卒業証書はないそうです。
しかしその人は「茶の湯」を得意とし、仕事の場でも、何かのイベントでも「茶の湯」を披露し、「茶の湯」のお蔭で人脈が広がったそうです。
外国でも「茶の湯」で助けられたそうです。
その人に「何で『茶の湯』を覚えたのですか」と聞きました。
おじいちゃんの家に連れていかれ、養子になったそうです。
おじいちゃんは、「茶の湯」の師範をしており何十人ものお弟子さんがいて、毎日のように稽古が為されていたそうです。
その光景をよく見ていたころから、おじいちゃんから「興味があるのか」といわれたので「はい」答えたら「教えてあげよう」ということで習ったそうです。
中学生になった時は、もう教えられるくらいになっていたそうです。
「なぜ、そこまで上達したのですか」と聞きました。
「おじいちゃんの話は分からないながらも、おじいちゃんが好きになっていきました。
習うごとの益々興味が湧いてきました」
「でも子供なら、嫌なときもあったのではないですか」
「実は養子だったので、家を追い出された大変という思いがどこかにあり、真面目の素直に習っていました」
そして大いに納得する言葉を教えてくれました。
「道を極めるには、単純作業の繰り返し」と。
才能を発揮できるのは、本人の才能も環境も重要な要素ですが、やはり本人が一回一回コツコツと真面目に真剣に取り組むことが必要だと知った次第です。
