政治は現代のバベルの塔
はじめに私は、現在の日本は独立国家とは呼べないほど、ステルス植民地化されていると思っています。それを良いこととは思っていませんが。
日米地位協定や日米合同委員会というブラックボックスが、日本の政治の上位概念、組織として存在しているのが、その証左です。
日本国民の認識はどうあろうが、アメリカを主とた戦勝国からみて、戦後80年経っても敗戦国扱いから抜け出せていないのが本当のところだと思います。
また、アメリカ追従の自民党圧勝という潮流は、
戦後80年の平時から有事に切り替わるサインと受け取っています。
今後は黙示録が数行ずつ進んでいくような、肌感覚があります。
人間的には全然嬉しくありませんが、
平和で安全で健康で、偽の救いに満足している日本人に来るリバイバルって、正直あると思いますか?
肉が満ち足りている時、人は救いを欲しがらないのは自明です。それこそが戦後クリスチャンを1%に留める最大の要因だと考えます。
「イスラエルはじきに満腹し、丸々と太った。 ぜいたくに慣れて高慢になり、 自分を造った神を捨て、 救いの岩を軽んじた。 イスラエルは外国の神々のあとを追い、 神の激しい怒りを燃えさせた。 あろうことか、外国の神々、 それまで拝んだこともない神々に いけにえをささげた。 生みの親である岩をけとばし、 いのちを与えてくれた神を忘れるとは。」
恐ろしいほど現在の日本そのものを言い当てた聖句に感じられます。
これは奇しくも出エジプトの旗振り役、モーセの遺言的な歌の預言です。
だから、日本の陰の宗主国であるアメリカがくれた、偽の80年の平和が儚くも崩れ去る時が近づいているように思います。
私は日ユ同祖論を是だと思っているので、私達日本人が仮にイスラエルだとしたら、彼らはエジプト、「何もしないラハブ」のエジプトです。
「主は語ります。 「ああ、逆らってばかりいるわたしの子どもたち。 おまえたちは、わたし以外の者なら、 だれの忠告でも聞く。 しかも、これだけはしてもらいたくないことを、 平気でする。 不信者と手を結び、罪を重ねる。 わたしとは相談せず、助けを求めてエジプトへ下り、 ファラオの保護をあてにした。 しかし、ファラオをあてにすれば失望し、 屈辱を受け、恥がもたらされることは間違いない。 彼にはおまえたちを救う力などないからだ。」
そんな米国に頼った末路は、聖書に書かれている通りになると予想しています。
(イザヤ書30章、超重要箇所だと思います)
今後日本には、アッシリヤの脅威(中国?)とバビロン捕囚(ロシア?)があるように思えてなりません。
日本人、結構痛い目に遭わされて目が覚めるコースを歩んでる気がします。
勘違いなら良いのですが。
しかしピンチはチャンスです。
私も人生で色々やらかして、自分って全然ダメだと思った時に、本気で信じることができました。
精神的、物理的に崖っぷちになって、
初めて聖書の真理に向き合えるのが人間ではないでしょうか。
クリスチャンとしてもガチの迫害や、自分を拝ませようとする獣の出現に驚いてはいけないと思います。
また、現状の政治に文句言っても何もおきません。終末がくるように、ヒール役が活躍する場が与えられているからです。
彼らは粛々と仕事をするだけです。
だから為政者のために祈る必要を聖書は示します。イエス様に倣い、善をもって悪に勝ちましょう。
突然起きる有事から、不安や飢え乾きを覚えて、
大リバイバルが起こるとしたら、
先輩クリスチャンは余程備えていなければいけません。
身近なノンクリの家族や友人や職場の人に、
聖書の信仰について聞かれたら瞬時に頭を切り替えて話せますか?
すぐにその1人ひとりに寄り添う聖句を、福音を語れますか?
クリスチャンがあなたしかいない場合、誰がその人達に語れるのでしょうか?
牧師に何でも任せている場合ではないと思います。
(エゼキエル書を読むと、警告(みことば)を語らない方にも血の責任があるとか、恐ろしいことも書かれています。)
終末の心の備えに、聖書を読んでいきましょう。
これから絶対に必要なことだと思います。
米国譲りの自分たち(平民)が、政治を動かしているという共同幻想は、現代のバベルの塔だと感じます。
それが完成することはないでしょう。
人間が神様抜きでクレバーな答えを出すことは不可能だからです。
今後憲法改正が取り沙汰され、それの是非が問われます。しかしながらそもそも憲法の前文は、明らかに人の善性を謳う人間讃歌で、聖書とは相容れない幻想であることに、この衆議院選挙にて改めて気付かされました。
(とはいえ権力者側を縛る法律を、権力者側が安易に改正することには反対です)
現行の政治システムという建前がある以上、権威に従うのはクリスチャンの役目ですが、(ヨセフとかダニエルが良い例ですね)選挙制度や政治そのものを偶像として、盲信するべきではないと思います。
信仰とこの世とのバランスは上手く取りつつも、
権力が一線を超えてきた時には、必ず信仰をとれるように目を覚ましていきたいものです。
聖書に書かれる社会システムのあり方など、
こちらのコラムにも色々書いています。
よろしければご覧下さい。
また以下は、現代アメリカについての考察です。
