Last Cross — 止まる僕と進む君 第13話 「伝わる温度、届かぬ声」
Last Cross — 止まる僕と進む君 第1話 「あたり前が壊れた日」|観察者AiMe
Last Cross — 止まる僕と進む君 第12話 「崩壊と逸脱」|観察者AiMe
莉愛は帰り道を歩いていく。
いつもの帰り道のはずだった。何度も何度も通った道だった。
笑顔で帰った日もあったし、怒った顔で帰った日もあったし、泣きそうな顔で帰った日もあった。
どの思い出も莉愛の一部だった。
けれどその一部は、今の莉愛にはひどく冷たく突き刺さる。
刺さった破片は色をなくし、視界を薄暗く染めていく。 緑の豊かな木々でさえ、すべてが灰色のように見えてくる。
世界がまるで莉愛を拒絶しているように感じた。
その冷たさに足が止まりかけた瞬間── ふと、頬を撫でるような暖かな風が吹いた。
そして目の前に、見たことのないカフェが現れた。
こんなカフェがここにあっただろうか?
普段なら別に近づいたりはしなかっただろう。
でも今の莉愛には、なぜか灰色の世界の中にある、その暖かな色が無視できなかった。
別に何かがあると思ったわけでもない。
カフェに入りたかったわけでもない。
でも行かなきゃいけない、そんな感覚に支配されていた。
カフェに近づくと、そのカフェの異様さが目に付く。
木造の歴史のある建物の様なのに木は劣化しておらず、まだみずみずしいままだ。
でもそんな新築と間違えそうな見た目でも、その建物の持つ雰囲気は歴史を感じさせていた。
扉を開けようとドアノブに手を掛ける。
しかしどれだけ開けようとしても、その扉は開かない。
中に明かりはついている。
営業しているには違いないが、中に人の姿は見えなかった。
ドアノブから手を離すと、莉愛はその場から離れようと向きを変えた。
その瞬間だった。
「隼人くん……?」
言葉は莉愛の口から勝手に出ていた。
なんでそう思ったのかわからない、それでも考えるよりも先に体が動いていた。
ドアノブを必死に開けようとする。
「隼人くん!! 」
しかし、ドアはあかない。
「隼人くん!! そこにいるんだよね!? 」
それでも莉愛は必死に開けようとする。
ドアは音もたてずに莉愛を拒絶する。
「開けてよ!! そこに隼人くんがいるの!! ねぇ!! 開けてよ!! 」
莉愛は扉を力いっぱいたたく。
扉は音を立てずにその衝撃だけを、莉愛に届けてくる。
その冷たい無反応が、手の内側まで痛みとして響いていく。
莉愛はそれでもかまわず、叩き続ける。
そこにいる隼人の元へ、その行為が届くように。
莉愛は一瞬叩く手を止めて、ドアの端の方にあるガラスに目を向けると、そこを力いっぱいたたく。
でもガラスはそんな莉愛をあざ笑うかのように、莉愛の拳を受け止めてしまう。
「いやだ!! 開けてよ!! ねぇ!! 開けてよ!! そこには私の大切な……隼人くんがいるんだから!! 」
なおも莉愛は手に力を籠める。
どんなに叩いても音一つならない。
莉愛の手に血が滲み始めたころ。
莉愛はその場で泣き崩れる。
「なんで……開いてくれないの…… そこにいるのに…… ねぇ……なんで開いてくれないの…… 隼人くん……なんで返事をしてくれないの……」
その瞬間、手のひらへそっと温もりが染み込んでいった。
指輪を付けた左手は扉のガラスの部分に触れている。
その掌へと最近感じた、莉愛が失いたくない温かい温度がそこにはあった。
ガラスの先には依然として誰もいない。
でもその温度だけが伝わってくる。
考える必要もなかった。
それは探していた隼人の温度だった。
「隼人くん……」
莉愛は手のひらをガラスへ押し付けた。
少しでも、その温度を感じられるように。
今この瞬間の温度だけが隼人との繋がりのすべてだった。
「隼人くん…… そこにいるんだよね…… ねぇどうしていなくなっちゃったの? ねぇ? どうして話してくれなかったの? 」
莉愛は湧き上がる言葉を抑えられなかった。
「私いやだよ…… 隼人くんがいなくなるなんて…… どうやって私は明日から生きればいいの? 教えてよ…… ねぇ…… 」
ガラスに当てた手に力が自然と入っていた。
どんなに莉愛が声をかけても声は返ってこなかった。
莉愛がこんなに泣いていたら、すぐにでも駆けつけてくれる隼人は隣にはいない。
ただこのガラス越しに伝わる温度だけしか、今の莉愛には残されていなかった。
一瞬目の前のカフェにノイズが走ったように揺れる。
その瞬間掌に伝わる温度が離れていく。
莉愛は必死に叫んでガラスをたたく。
「いやだよ!! 行かないで!! 」
そう泣き叫ぶ莉愛を無視してガラスはどんどん冷えていく。
渾身の力を込めて叩こうとした手が空を切り、莉愛はその場に倒れこんだ。
カフェはもうそこにはなかった。
そこにあるのはただいつもの道。
暗い道の中、街灯だけが莉愛を照らしていた。
一瞬強い風が目元をぬぐうように吹く。
その風には さよなら という隼人の声が載っていたような気がした。
