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読み終えたあと、しばらく立ち尽くしました。エッセイ『608号室 ― 33歳、遅すぎる反抗期 ―』が刺さった理由【創作大賞感想 エッセイ部門】

noteを読んでいると、ときどき「面白かった」だけでは片付けられない作品に出会います。

読み終えたあとも、頭から離れない。
スマホを閉じても、文章の余韻だけが残り続ける。

『608号室 ― 33歳、遅すぎる反抗期 ―』は、まさにそんな作品でした。

作者は、ろうそくさん。

普段は子育ての中で感じた小さな気づきや悩み、親としての日常を、やさしい言葉で丁寧に綴られている方です。

私は以前からよく読ませていただいていました。
だからこそ、この作品を読んだときの衝撃は大きかったのです。

いつもの子育てエッセイの延長線上にある作品だと思って読み始めました。
ところが、数行読んだところで違和感を覚えました。

「あれ?」

違う。
淡々と日常を書いているだけのはずなのに、ページを閉じられない。。。
とんでもないぞ、これは。。。。


これは単なる親子エッセイではありません

タイトルだけを見ると、親子関係について綴られたエッセイのように見えます。

実際、物語の中心にいるのは母と娘です。
ですが、読み進めるうちに気づきます。

これは単純な親子の確執の話でもなければ、毒親を糾弾する話ではありません。

親から傷つけられた話なら、読者は比較的整理しながら読むことができます。
しかし、この作品は違います。

母は娘を愛し、支え、心配しながら育ててきました。
だからこそ簡単には割り切れない。
その複雑さが、作品全体に静かに流れています。


感情を説明していないのに伝わってくる

本当に優れたエッセイを読んでいて感じるのは、そういう作品ほど感情をわかりやすい言葉で説明しないということです。

この作品もまさにそうでした。

「悲しかった」
「苦しかった」
「つらかった」
「うれしかった」

そうした言葉はまったく出てきません。

代わりに描かれるのは、

台所。
冷蔵庫。
味噌汁。
にんじん。

ごくありふれた日常の風景ばかりです。
それなのに、胸の奥が締めつけられる。

生活の描写を通して、言葉にならなかった、言葉にできない複雑な感情がじわじわと伝わってきます。


読んでいるうちに、自分の過去を思い出します

この作品の大きな魅力はここだと思います。
読んでいるはずなのは作者の人生です。
けれど途中から、自分の記憶が呼び起こされます。

母親の口癖。
父親の背中。
食卓の風景。
実家の匂い。
もう帰ることのない昔の家。

読者それぞれが持っている記憶と、作品の中の「608号室」が重なり始めます。
だから読み終えたあとも残るのです。
作品を読んだというより、自分の過去を振り返ったような感覚になります。


ラストが本当に美しく見事でした

詳しくは書きません。
ぜひ本文で味わってほしいからです。
ただ、終盤からラストにかけての流れは本当に見事でした。

大きな事件が起きるわけではありません。
劇的な展開もありません。

それでも最後の数段落で、それまで積み重ねられてきたものが静かに着地します。
深い余韻が残ります。
読み終えたあと、私はしばらく次の記事を開くことができませんでした。


子育て中の人ほど刺さるかもしれません

私はこの作品を、

「親子の話」ではなく、「親になったことで初めて見えてしまうものの話」

として読みました。

だからこそ、子育てをしている人には特に刺さる気がします。
親との関係に悩んだことがある人にも。

そんな人なら、きっとどこかで立ち止まる作品だと思います。


最後に

今年数々読んできたエッセイの中でも、別格で印象に残った一本でした。

派手な出来事があるわけではありません。
声高に何かを主張する作品でもありません。
それなのに読み終えたあと、さまざまなことを考えてしまう。

『608号室 ― 33歳、遅すぎる反抗期 ―』は、そんな作品でした。

気になった方は、ぜひ本文を読んでみてください。
きっと、あなた自身の「608号室」を思い出すはずです。



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