【はじめてのnote】「正しい方法」で苦しんだ私が、自分だけの「設計図」を書き始めた理由。【自己紹介】
「もっとキャプテンらしく振る舞え」
「受験は団体戦だ。和を乱すような真似はするな」
世の中には、たくさんの「正しいとされる姿」があります。
かつての私は、その正解に自分を無理やり当てはめようとして、ボロボロになっていました。
すでにいくつか投稿していますが、
改めまして、皆様、初めまして。
私は、人一倍臆病で、
納得感を大切にしたい人間です。
今日は、私がなぜ「世間の当たり前」ではなく、
自分だけの「設計」を大切にしているのか。
その背景にある、私の格好悪い失敗と、
小さな確信の話をさせてください。
自分を押し殺し、野球が嫌いになったあの日
小学校から続けてきた野球。
高校でキャプテンに指名されたとき、私は不安でいっぱいでした。
監督からは理想のリーダー像を求められ、
私は必死に自分のスタイルを押し殺し、
期待に応えようと試行錯誤を繰り返しました。
けれど、自分を偽るほどに結果は出なくなり、
ついには「態度が悪い」と叱責を受けるまでになりました。
チームのために自分を削り、
一生懸命やってきたつもりだったのに、
「なぜお前を指名したか分かっているのか」
という言葉をぶつけられ、私は自分がなぜそこに立っているのかさえ分からなくなってしまいました。
大好きだった野球が、嫌いでたまらなくなる。
「自分に合わない服」を無理に着続けることが、
いかに心を壊すか。
それが、私が身をもって学んだ最初の教訓でした。
教師の嫌味を背に、自分を設計した
逆転劇
そんな経験があったからこそ、大学受験では周りの声ではなく、自分の感覚を信じることにしました。
進学校だった周囲では、
「学校を休むのは甘え」
「みんなと同じ課題をこなせ」
という精神論が絶対でした。
私はそこから一度しがらみを取り払い、合格から逆算した「自分だけの設計図」を作りました。
あえて学校を休んで自習に充てたり、
疲れた日にはゲームや漫画で心をリフレッシュさせたり。
そんな私を見て、教師からは、
「あんなやり方で受かるわけがない」
「甘えている」
と嫌味を言われることもありました。
それでも自分の信じた方法を貫いた結果、
私は第一志望の大学に合格することができました。
このとき確信したのです。
多数派に合う方法が、自分にも合うとは限らない。
自分の心と状況を見つめ、納得できる形を自分で整えるべきだ、と。
「設計」は、誰かの笑顔を守るための
優しさ
私が発信している「静かな設計論」は、
単なる効率化の技術ではありません。
• お金: 流行りに乗るのではなく、夜ぐっすり
眠れる「安心」を設計する。
• 住まい: 資産価値だけでなく、自分たちが
心から凪げる「空間」を設計する。
• 思考: 溢れる情報のなかで、静かな自分を
取り戻すための「軸」を設計する。
なぜ、そこまでして整えるのか。
その理由はとてもシンプルです。
私の隣で、妻が楽しく笑って過ごせるように。
それが、私の人生で最も大切にしたい幸せだからです。
最後に:
暗闇のなかで、もがいているあなたへ
「どう生きたいのかわからない」
「何を信じればいいかわからない」
そんな暗闇のなかにいる人に、私は「こうすれば救われる」なんて強い言葉は言えません。
でも、
「こんな風に自分勝手に設計して、
自分を大切にしている人間もいる」
という一筋の光を見せることはできるかもしれません。
私の試行錯誤の記録が、同じように悩み、
歩んでいるあなたの支えになれば嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
もしもこの記事を読んで、少しでも「共感した」と感じる部分があったり、あなたの「納得感の探し方」について思うことがあれば、ぜひコメントやフォローで教えてください。
正解のない道を、一緒にゆっくりと歩んでいけたら幸いです。
