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ウソつきのインテリにハニートラップを。/松本清張作品の読書感想文


 「張込み 傑作短編集(五)」松本清張(新潮文庫)・Kindle版に収録されている8作品のうち、「張込み」「顔」「声」「地方紙を買う女」「鬼畜」「一年半待て」「投影」までは、前回までに取り上げました。
 
今宵は、最後に残った「カルネアデスの船板」を取り上げます。
 
その前に……。
 
今日、映画を観てきました。
 

「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女」


 
面白い映画で、2時間があっという間に過ぎました。
 
特に印象に残ったところだけ、触れます。
 
今作の主人公の男性は、政治改革・構造改革を志しながらも、テロに走った若者です。
表向きの姿と裏の顔を使い分けるため、日常的に嘘をついてきた。
精神の均衡を失ったように……いや、すでに失っています。
そんな彼は、高潔な革命の理想のためなのか、性欲を俗世の業と断じますが、時折、全裸の女性の幻を鮮明に見ます。
インテリを気どっていましたが結局、性欲と女にとらわれてしまっているのでした。
 
 
――性欲にとらわれたインテリ――

 ハサウェイ観て「嘘つきインテリ男の革命家気取り、ヤバい!」と感じた流れで、もっとヤバい嘘つき大学教授の話につなげていきます。
 

【ハニートラップ共倒れ】カルネアデスの船板


昭和20年代から30年代の話として書かれています。
主な登場人物は3人。例のごとく三角関係です。
まずは、日本古代史を専門とする二人の男性。この二人は恩師と弟子の関係になります。
そして、弟子の愛人です。もちろん、正妻ではありません。
 
恩師は戦時中、国粋主義的な主張をしたために、公職追放にされていました。
故郷に隠棲している恩師を、主人公である弟子が優越感をもって訪問するのです。
弟子は戦前、恩師の説に忠実でしたが、戦後は師の主張を棄てて、英雄も人々の思いも何もない歴史観――唯物史観――生産力と階級闘争で歴史を説明するものによって、当時の「進歩的な歴史学者」として名を知られるようになっていました。
学校の教科書を執筆し、著書を何冊も出して、収入が増え、田園調布に自宅を新築し、妻とともに生活しています。
 
……どうですか?
もうこの時点で、主人公は嫌なヤツだと思いませんか?
 
恩師はその弟子に頼み込んで、大学教授に復帰することができました。
弟子は正直、外面・体面だけを気にしており、恩師がどうなろうが知ったことではなかったようです。
恩師も国粋史観を棄てて、唯物史観に魂を売りました。
 
学者っていうのは、こんなヤツらばかりではないと信じたいものです。
しかし、残念ながら現実はそうではないらしい、と耳にします。
いったい、どちらなのでしょうか。

 
本当にムカつくのは、ここからです。
 
弟子は恩師に見せびらかすように、行きつけの料亭に連れて行きました。そして、愛人を恩師の右に座らせるのでした。
恩師はその愛人に心を奪われます。
 
私はここで、主人公が「清張スイッチ」をONにしたと考えています(笑)。
 
大学教授とは嫉妬心が強く、とにかく他人の脚を引っ張ることが大好きで、陰謀まみれだそうです。
作中、そのように書いてあります。
つまり、何かスキャンダルを起こせば、もう沈没して二度と浮かび上がれない、少なくとも表には出られません。
今だって、どこかに居ましたよね。SNSでの不用意な発言で……。
おっとこれ以上は脱線しますので、本題に戻りましょう。
 
恩師は弟子に口利きを頼み、弟子も恩師を見下しているから、いろいろと世話を焼いてやりました。
しかし、恩師が図に乗ってくると、だんだん不快感を覚えてきます。
原作を引用します。
――自分の頼みさえすれば、何でもしてくれると思い込んでいる……。――
――そこまで負んぶされては堪ったものではない。厚かましいのも、いい加減にしてくれ、といいたかった。――
 
……だってさ(笑)。
 
次第に恩師は、弟子の愛人に手を出し始めます。
その醜態を情事のために借りた部屋のなか、ピロートークで二人は嘲笑するのでした。

 
……だとさ(笑)。
 
そうこうするうちに文部省の方針が変わり、「進歩的」とされていた歴史観が教科書検定によってはじき出され始めます。
弟子も教科書から、そして参考書からも、出版社から謝絶されるようになります。
 
……ざまぁ(笑)。
 
なので、弟子は己の贅沢な生活を守るため、唯物史観を棄てようとします。贅沢な生活には愛人も含まれます。
かつての恩師の歴史観に戻ろうと言うわけですね。それも目立たぬように……。
 
だってさ……。コイツにはまったく共感できない。
 
――清貧の学徒になれといっても、とても辛抱が出来なかった。今の生活から落とされたら、死んだ方がいいくらいだ。――
 
……死んだ方がいいよ(笑)。
 
恩師がここで動きます。コイツも唯物史観をあっさりと棄てて、元の自分の歴史観に戻ります。
しかし、主人公によれば、コイツはまだいいのだそうです。
世間はコイツのことなど問題にしていないからです。
しかし、弟子の方は違う。
自分だけが転向しようとしていたのに、恩師までいっしょに転向したのでは、みっともないんだそうですよ。
 
転向が目立ってしまって、悪口を言われまくるんだと……。
もうさ、これを書いてる俺が、自分の文章を抑制できなくなってきた。
こんなヤツは、一刻も早く破滅してくれと、心から念願する。

 
ここで「カルネアデスの板」の話が出てきます。
刑法に載っている「緊急避難」の説明に使われます。
原作引用。
――大海で船が難破した場合に、一枚の板にしがみついている一人の人間を押しのけて溺死させ、自分を救うのは正しいか……――
――身を殺して他人を助けることは正しいかも知れないが、自分の命を放置して他人の命にかかずらうのは愚である……――
 
ここから先は、次のとおりの流れである。
 
弟子の愛人が、恩師に暴行されたとして告訴。
雑木林でレイプされたと。
 
告訴された恩師の供述。
同意の上だ。女が積極的に媚態を示し、誘い、キスし、自分を押し倒した。
 
恩師は社会的に死んだ。
 
告訴の後、弟子が愛人を扼殺して自首した。
恩師の告訴を取り下げるよう、女に頼んでいたら、激高した女ともみあいになり、結果的に死なせてしまったと供述した。
検察官から、レイプ事件の時間帯、被告はやけ酒をあおり、泥酔していたが、それはおかしいと突っ込まれていた。
つまり、こういうことだ。
……愛人と恩師がそのとき何をしていたのか、知っていたからではないか?
さらに言えば、被告が愛人にハニートラップをしかけるよう、指示をしたのではないか?
しかし、肝心の愛人が死亡しているため、証拠不十分であるとして、傷害致死罪で起訴することにした。……
 
弟子はこう思っていたそうです。
愛人を殺した本当の理由は、彼女が嫌になったから。
自分が指示してやらせた
が、やらせた後、軽蔑の対象であった恩師の血が、女の体内に入ったかと思うと、全然別人の感じであった。
――女の体内に汚物が満ち、臭気さえ臭うようであった――
そうやって、女から逃げ回ったが、女は追い回してきた。女は言う。
――わたしはあなたの言う通りにしたではないか、いやで仕方なかった……――
――わたしだって死にたいくらい辛かった。
それなのに、今になって捨てるなどとひどいことを言うのならば、……告訴をとり下げ、……みんなに全部本当のことをいってやるのだ。あなたの企みをぶちまけてやる……――
それを止めようとして争いになり、結果的に女を殺したとのことです。
 
結局、3人とも破滅しました。
はじめは愛人がもっとも浮かばれないなと思っていたが、今は違います。
必ずしもそうではないと感じます。
もちろん、ピュアな女性が、人間のクズ・カス・エゴイズムの塊で保身しか考えない最低男のために、犠牲になったのかも知れません。
でもね、男が全員、潔くないように、女が全員、ピュアなわけがないのですよ!
告訴された恩師の供述によるならば、案外、この女はレイプと称した情事を、しっかり楽しんだのではなかろうかと、疑念を持つことも、一理あるのではないですか?
……いや、そう思わないと、この物語の救いがなさすぎる。
彼女だけが、この地獄の中で唯一、自分の欲望に忠実で、男たちを掌で転がしていた強者だったと信じたいのです。
……死んじゃったけど。
 
女の中には、ちょっとした貸しを大きく吹聴し、相手(男女問わず)から遥かに大きいリターンを搾り取ろうとするタイプが現実に居ます。
殺された愛人、こういうタイプの女だったんじゃないかなと、そういう感想を持ちました。
――わたし、つらかったけど、あなたのために頑張ったから、ご褒美ちょうだい♡おいしいもの食べさせて♡労をねぎらって♡お金もちょうだい♡――
―― そ し て 、たっぷり、わたしの気が済むまで、 愛 し て ♡ あの爺の汚い記憶を上書きして♡――

もちろん男の中にもこういう輩は居ますが、男の場合だと、「器の小さなヤツ」扱いされ、むしろ社会的立ち回りとしては、不正解。だから、たいして問題にならない。少なくとも筆者である私は、そのような男を一切評価しません。集団に貢献できず、不快感をばらまく愚劣な卑怯者だと、軽蔑するだけです。

女相手だと厄介。炎上を回避するため、これ以上は触れません。
ただ、女性の間で漂う、真偽不明の噂を、清張地獄を味わった後に反芻すると、次のように妄想してしまうのです。
殺された愛人も、この系譜に連なる女だったんじゃないかな?
――リーダー格の男に媚びを売り、負担を他人に押し付ける女、居ますよ。抗議しても、なぜか贔屓を受け続け、彼女は逃げ切ります。――
 
松本清張地獄、如何でしたか?
すぐ隣にありそうな、嫌な地獄だったのはないでしょうか。
他人事とは思えない、陥穽にはまった人間たち。

読むだけでゴリゴリとメンタルを持って行かれます、
用法用量にはご注意を!


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