日記 10.1.24

エミール・ゾラの「ナナ」(新潮文庫)を読んでいる。
前作「居酒屋」があることを知らずに読み始めて、この分厚い文庫本の1/4までですでに疲れている。
視点がころころ変わって首が据わらず、大変読みにくい。

訳が違えば違うのだろうか。
セリフに「」を使わず"――”を使っているが、人物の発言と心情と動作、果ては三人称の地の文とさえ区切りがあいまいである。
薄い情報しかない大勢の登場人物たちが各々で好き勝手にしゃべりまくっている感じで、その意味では劇場やサロンや夜会のごみごみした騒々しい場面そのものを切り取っているとも言える。
読みにくい。

今はナナの家で総勢三十余人が食事のあとのコーヒーを飲んでいるシーンを読んでいる。
その場にいるナナと同業の女たちがそれぞれの男を取ったり返したりしている事情やその鞘当てが書かれているが、それも散らかっている印象が否めない。
そもそも誰がこの場に連れてきたか、どこのどんな階級の出身か、と簡易に言われただけの女たちである。名前を並べられただけではさっぱりわからない。そして地の文では姓で呼ばれている男を名前で呼んだりなどもするので、いよいよ誰が誰やら。

人物もわからない、相関図の全体像もぼやけている。視点は飛び飛びで、どこに主眼を置いていいのかもわからない。
いくつか漏れ聞こえてくるせいでわかることもあって、それを何となく継ぎ接ぎしてわかった気になる、という読書が続いている。

彼らはただナナを取り巻くうるさい有象無象であって重要でない、というなら、なぜこんなに冗長になるほど書くのか。冗長なくせに何の情報もないとりとめないおしゃべりばかり続くのか。
乗り気でもないのに連れてこられた社交の場で、どの会話からも爪はじきにされて傍観している気分になる。

後半になるとかなり読みやすくなるということだが、もう挫折しそうである。

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