ご家族ごっこ 第3章 11
5曲の演奏を終えると、お茶とお菓子、軽食で、歓談の時をもった。
龍哉と宮坂と3人で、お客様方一人一人に挨拶をしていく。
吉原先生は、この後御用があると、帰り支度をされていた。龍哉の演奏にはいたく感激され、学校で披露出来たらいいのにと、しきりに言っていた。「あっ。来年の二分の一成人式の時、龍哉君はピアノの演奏をするといいんだわ。もし、4年生の時も私が担任だったら、そう出来るように画策させて頂きますね」
そう言い残し、帰って行かれた。
美麗先生は、これからはもう大人のお付き合いでしょ、と言って、龍哉を引き取って、再び楽しそうに話し込んでいる。
佳彦は、お皿に盛られたサンドイッチを頬張っていた。私が、来てくれてありがとう、と言うと、口をもぐもぐさせながら、手を上げて答えただけだった。
「もう、準備は万端?」
カナダ留学は、もう半月後に迫っている。持って行くものなど、ちゃんと買い揃えたのだろうか。
「おう」
ようやく口の中のものを飲み下し、佳彦は声をあげる。
「気を付けて、行っていらっしゃい」
これ以上言うのはやめよう。来てくれただけで、充分だ。留学を勧めたことは自分の功績だが、すでに佳彦からしっかりとお礼の言葉を受けた。佳彦にしてみればこれからのことで頭がいっぱいだろう。
宮坂の会社関係の、先々代柚木慎一朗の時代から親交があり、取引先でもある、平城従吾という老人が、演奏会のことを聞き及んで訪れていた。
「亮治君。きみは知っているかね。慎一朗オーナーは、音楽には造詣が深く、若い頃はチェンバロを弾いていたんだよ。先の戦争で喪失してしまって、それ以来、音楽のことは口にしなくなったようだがね。きみは、慎一朗オーナーを彷彿とさせるところがあったね」
「えっ? 龍哉君ではなくて、ですか?」
宮坂が聞き返すと
「龍哉君は言うに及ばずだよ。彼にはむしろ、桜子さんの面影の方が先に浮かぶ。…あのお嬢様は美しかったからね。こんな爺さんにも、優しい言葉をかけてくれる、気立ての良いお嬢様だった」
「……」
「忠司オーナーも無念じゃっただろうと、ずっとずっと心に引っかかっていたんだが。きみがこうして、龍哉君をたてて、柚木の会社を盛り立ててくれているなら、もう安心じゃ」
「ありがとうございます」
「宮坂の泰史兄貴も、草葉の陰で喜んでいるじゃろうよ」
平城は言いたいことを言い終わると、私たちから離れて行った。
「宮さん。…あなたが慎一朗さんの隠し子だって、あの方ご存じだってこと?」
平城の言葉を思い返して、私は宮坂に小さい声で尋ねた。
「仕事で、何度かお付き合いがあったのですが。今までそんなこと、おくびにも出しませんでしたよ。もっとも、プライベートな話は、したことがなかったわけですが」
宮坂も小声で返しながら、首をかしげている。
「…慎一朗さんがお話になったのかしらね」
私が、考えるでもなく水を向けると、宮坂は、クスクスっと小さな笑い声を立てていた。私は不思議に思って、宮坂を覗き込むと、小さくため息をつき、やがて感慨深く話し出した。
「ちょっと、嬉しかったです。…慎一朗氏を思い浮かべるって言われて。ボクも柚木家の一人になれたような気がして」
「そう?」
「いや。ボクは、もう、どうでもいいなぁと、思ってたんですよ。慎一朗氏の子どもでも、そうでなくても。ボクはボクで、柚木の会社の顧問弁護士として、ちゃんと仕事をしているんだからって。…自尊感情、大切に出来るようになってきたから。
でも、やっぱり、嬉しかった。
平城さんが、知ってて言ったのか、ホントにそう思ったのか、ただなんとなく、慎一朗氏のことを思い出したのかは、わからないけれど。
家族の中に納まれた、って、嬉しかったです」
龍哉が良くやるように、私も小さく何度も首を縦に振って、頷いていた。
溝口早紀子という老婦人も来ていた。宮坂の母、沙都子と同級生で、長く付き合いが続いていたのだという。会社のスタッフが、宮坂泰史や沙都子を手繰って連絡をつけたらしい。
「震災の後、なぜか胸騒ぎがして、沙都子のところに電話をしたのよ。…でも、通じなくて。やがて、風の便りに、震災の時に亡くなったと聞いていたのだけど。それっきりになっていて、気になっていたの。…今回、沙都子の法要も兼ねた演奏会だからと、声をかけて下さって、本当にありがたかったわ。
先ほど、心ゆくまで、お別れを述べさせて頂きました」
と、沙都子の遺影の方を見やる。
「小さい頃の亮治君のこと、私は覚えていたわよ。宮坂のおじ様にも、お世話になったのでね。今日は、本当にいい機会でした」
本当にありがとう、と、私や宮坂の手に触れて感謝を示してくれた。
嬉しかったし、ありがたかった。
龍哉にも宮坂にも、もちろん私にも、お越し頂いた方々にとっても、本当に素晴らしい演奏会になった。
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【小説】ご家族ごっこ 第1章 1
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