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名園と水郷の蘇州とレトロ&モダンな上海への旅 ②

2025/Mar./20 THU.

蘇州での爽やかな朝

1時間の時差がまだ体内に残っているのか、早めに目覚めてしまった。スマホを見るとまだ5:00過ぎ。それから眠れなくなったので、ベッドの上でダラダラ過ごす。

このホテルは朝食付きで7:00から始るので、それに合わせて早餐券を持って、8401号室の横の部屋へ。誰もおらず一番乗り。6卓しかない狭い会場だが、ブュッフェ式の様で中国の朝食らしいラインナップが並んでいる。中国の朝のドリンクといえば豆漿。そして、食べ物は中国粥、揚げパン、焼きそば、点心類を取ってきてちょっとずつ食べる。ただ、朝はそれほど食べれないタイプなので、すぐにおなかいっぱい。
8:00、ホテルをチェックアウトし、レセプションでキャリーケースを預かってもらって、本日も蘇州観光に出発。今日もイイ天気。それほど寒くもなく、太陽があたたかく感じる朝だ。

中国は大通りがホント広い。車線の端には単車用の車線があるが、かつての中国のイメージは自転車であったが、自転車はシェアサイクルくらいで、ほとんどがモーターバイク。まだ冬仕様なのか、ハンドル部分に専用の毛布みたいなのが付いているのがおもしろい。で、たまに、そのモーターバイクが歩道に入ってくる。しかも、そのほとんどが電動だから静かで気付かず危ない。道端に警察がたくさんいるが、彼らを取り締まって欲しい。

呉王闔閭の陵墓である虎丘

まずは昨晩利用した"平河路"駅まで歩いて行き、ここから地下鉄に乗り"虎丘"駅まで。そして、呉王闔閭の陵墓である虎丘を観に行く。
ここはそれほど混まないだろうとふんで、オンラインでチケットは買っていないので、景区入口の自販機を使いAlipay払いで久しぶりの紙のチケットを入手し、改札を受けて中へ。

さすがここも有名観光地、この朝っぱらから結構、観光客もおり、団体さんも多く、子供達の遠足らしき姿も見られる。
ここ 虎丘は、2400年も前の春秋戦国時代に戦いに敗れた王様が埋葬された場所で、ここから虎が出現したことから名付けられた小さな丘。その丘へと向かう石畳の緩やかな階段を登っていく。敷地内には幾つかのお堂があり、見学スポットも豊富。
その中でもなんといってもここの名物は高さ47.5mもある七層八角形の形をした雲岩寺塔。現在の塔は961年に完成したとのことなので1000年以上の歳月を経ているのだが、その年月で地盤沈下により塔全体が3度傾いているため"東洋のピサの斜塔"とも呼ばれている。このため、多くの観光客が、この斜塔を支えるお決まりのポーズで写真を撮っている。ただ、さすがいつ崩れてもおかしくないのか、内部への立ち入りは不可となっていた。

景区内を見学していると、また、お腹痛くなってきた。実は朝もホテルでちょっと下痢気味だったので、トイレに行った後、正露丸を飲んだのだが、まだ効いていないらしい。
慌てて、圏内の標識を頼りに"衛生間"を探す。幸いそれはすぐ近くで見付かった。ただ、怖いのはこういった所なので、もしかして恐れていたニーハオトイレかもしれない。しかし、さすがに最近の都市部のトイレには、ちゃんと扉があった。ただ、和式(和式であってる??)で、久しぶりにスクワット体勢を求められ辛い。しかし、トイレットペーパーは備え付けられていて問題なく、とりあえずスッキリできた。
その後、丘を降り塔影園巡ってから園外へと出る。

清代の造園様式を今に伝える名園・留園

太陽が高くなるとかなり暖かく、春うらら。イイ天気なので、次の場所までは歩いて移動しよう。ただ、近いと思っていたが思ったより距離があり、テクテク50分近くも歩く羽目に。このため、目的地に着いた頃には足が棒の様。

辿り着いたここは留園。有人窓口でAlipayで45元を払いチケットを手に入れて入園する。中国四大名園のひとつであるここ留園は、清の時代の1593年に建てられた中国庭園。自然との調和がコンセプトの拙政園とは異なり、留園は建築物や石像が主体である。目に付くのは様々な形の奇岩や巨岩で、独特な穴やくぼみで知られている太湖石と言われる奇石がゴロゴロある。それには神や気が宿ると信じられていて、複雑で穴の数が多いほど珍重されたそう。特に"冠雲峰"と呼ばれる太湖石は高さ6.5mもあって蘇州庭園で最大級の物らしく、立派だった。

また、園内には当時の建築技術を凝らした建物が点在しており、特に屋根の先端が反っている辺りが中国らしい。
更に、裏手には竹林の小径があったり、数多くの盆栽が展示されているコーナーもあった。
ここは拙政園と比較すると広くはないのだが、どこの見所も観光客で溢れかえっていてすごい人の数。またここでも漢服のコスプレをして写真を撮っている女性が多いが、これは蘇州ならではの流行りなのだろうか??
結局、1時間程で、この芸術を結集した庭園の見学を終えた。

雰囲気のある山塘街再び

いい加減歩き疲れたが、また歩く。ここから東に向かえば昨晩訪れた山塘街に着くはず。景区が近付くとどんどん雰囲気が出てくる。運河には観光船が行き交きい、赤提灯のお店も増えてきた。ただ、夜の方が雰囲気が良く、観光客の姿も幾分、夜より少ない気がする。

元々、この辺りの小吃のお店でランチの代わりに買食いしようと思っていたのだが、お腹へ減っているものの、お腹の調子がイマイチなので止めておく。

寒山と拾得の故事で有名な寒山寺へ

歩き疲れたので、今度は地下鉄で次の目的地へと向かう。百度地図に寄るとホントはバスで行った方が早いのらしいのだが、バスの乗り方がよくわからない。そこで、地下鉄の"広済広場"駅で乗り換え"浜河路"駅まで行き、そこから少し歩く。
途中、道路が工事中のため歩道がなくなり自転車やバイクと一緒に歩かねばならなく怖かったが、今度は工事の柵が邪魔して、行きたい方向に行けない。が、よく百度地図を見るとちゃんと工事中の表記になっている。
工事個所のためにかなり無駄に遠回りを強いられたが、今度は行きたい方向に向かうと団地内の道に紛れこみ、袋小路になっている。私は方向音痴とは真逆の人間のため、よく陥るのだが、行きたい方向は分かってもそこに道があるとは限らない。結局、住民しか通れない道しかなく、改めてここで百度地図を確認するとはっきりとは書いてないが、確かにゲートのような物が書いてある。ちょうどここの住民が英語で教えてくれ、やはり目的地まではかなり大きく迂回せねばならないとのこと。完全に団地トラップにはまってしまい、大幅にタイムロスをしてしまった。

このせいで目的地である寒山寺に着いた頃にはもう時刻は14:00を過ぎてしまった。ここは中国十大名寺の一つである臨済宗の仏教寺院で、創建が南北朝時代の天藍年間(502年~519年)らしいのでかなり歴史がある仏教寺院だ。
で、なぜここに来たかと言うと、寒山拾得の故事で名高く、どんな所か見ておきたかったため。寒山拾得については森鴎外の小説の題材になっており読んだ記憶があるが、もっと山深い静かな寺を想像していたのだが、全く違った。それは団体観光客で、ごった返しているせいかもしれない。
お香臭い境内を進んでいくと、この寺の故事で最も有名な寒山と拾得の寒拾楼があり、中には"寒山拾得図"という絵画と塑像があった。

他にも 唐代の詩人の張継が詠んだ有名な七言絶句である漢詩"楓橋夜泊"の石碑があるのだが、私はそれをよく知らない。また、比較的新しい立派な五重塔もあるが、ここも残念ながら登れなかった。
寺院の見学を終え、疲れた足を引きずって"西杯路"駅まで歩き、次の目的地の最寄りの"新市橋"駅まで地下鉄で移動。ここも2元の距離だが2回乗り換えが必要。
そして、あまりにも疲れたので、途中のコンビニでスポーツドリンクを購入してリフレッシュ。

多くの史跡が残る広大な盤門景区

蘇州の街は、北京と杭州を結ぶ中国大運河(京杭大運河)の途中に位置している。その京杭大運河は6世紀に隋の煬帝が完成させた大運河で、約1500年の歴史を誇り、世界遺産にも登録されている。
続いてはその運河に面した盤門景区を訪問する。ここは多くの史跡が残る大きな公園になっており、綺麗に整備された景勝地で、散歩するのにうってつけの場所。もう16:00近く、斜めからの日差しが差し、庭園も建築物も一段とキレイ。

この地は長く呉の国の都として栄え、"臥薪嘗胆"や"呉越同舟"という言葉も生まれた土地。また、三国時代の呉と言えば孫権。盤門景区のシンボルの一つである"瑞光塔"は、その孫権が母親の供養のために建てたと言われる八角七層の立派な塔だ。
また、この景区の端にあるのが"盤門"という歴史ある建物で、中国で唯一、完全な保存状態で残る水陸城門遺跡。ここから城壁が東西に伸びており、その一部には"呉"と書かれた旗がはためいている。

また、この城壁の上からは美しい石造りのアーチ橋が見える。それは"呉門橋"で、北宋の時代に造られた、こちらも歴史ある石橋。そして、この橋と先程訪れた"盤門"、"瑞光塔"を合わせて、"盤門三景"とも呼ばれているそうだ。広々とした公園をゆったり散歩するが、もうだいぶ日が傾いている。ここの大きな池では、夜にはなんかのイベントをやるみたいで水上ステージが組んであるが、さすがに真っ暗になるまではここにいれないので、そろそろ去ろう。歴史に浸った1時間だった。
蘇州観光は上海から日帰りで十分という話もあるが、想像以上に魅力的なスポットが多く、とても一日半で見切れなく、結果一部しか回れなかった。けど、これで蘇州観光は終了とし、時間も時間だしそろそろ上海へと戻ろう。

高鉄で上海へと戻る

なんでもこの蘇州の地下鉄と上海の地下鉄は繋がっているらしく、つまりは地下鉄だけでも上海に行けるらしいのだが、80kmも離れているのだから、当然時間がかかる。一寸一秒も惜しい旅行者としては帰りも高鉄を利用。

まずは"南門"から地下鉄で"蘇州火車站"へ移動。これが蘇州最後の地下鉄乗車。そして、一旦、ホテルに寄って、朝預けておいたキャリーケースをピックアップする。そして、このロビーでスマホを使って45分後の高鉄をTrip.comで予約。ちなみに今回の運賃は手数料込みで1068円(日本円)。
そして、キャリーケースを転がして再び"蘇州站"へと戻り、昨日降り立った地下の自由通路の改札口へ行くと、"高鉄に乗るのであれば上の階へ行って"と言われた。乗り降りが別の場所なんだ。複雑。
そして、1階へと上がるとそこにエントランスがあった。まずは身分証明証のチェック。たくさん自動改札が並んでいるが、覚えたのはパスポートしかない外国人は一番端っこにある有人の"人工通道"を利用しなければならない。ここでPCにパスポート番号を打ち込んでもらうとグリーンになって通過可能になった。もう、私が高鉄に乗ることは当局に把握されている。(実名登録必須なので、完全に活動が監視されているとも言える)

続いてセキュリティチェック、上海に比べりゃ空いており、すぐに通過。そして、待合ロビーに出るが、ここも天井が高く、異常に広い出発ロビーだ。
ここは始発ではないからか、検票は10分切ってから始まり、2B検票口にできた複数の列が一気に動きだす。
行きと同様、紐づけられた身分証明書がチケットの代わりとなる。身份证を持っている人民は自動改札を次々に通過していくが、我々外国人勢はここも一番端にある"人工通道"を利用せねばならない。ここの自動改札機がパスポート対応していて、これだとパスポートをかざすだけで通り抜けることができるようになっている。それが終われば、プラットフォームへ。
そして、予定時刻の18:36より2分程遅れて10番プラットフォームに16両編成のCRHが入ってきた。乗降口に列は存在しなく、みんな乗降口になだれ込む。そこで、私も負けず乗り込む。そして、ようやく自分の席である2号車の07A席に座りホッとする。

そしてG7267号は程なく出発。車内は行きも感じたがほぼ新幹線。ただ、ヘッドレストカバーやテーブル裏、網棚の下などに広告が貼ってあり、ちょっとウザいなというのが違いくらい。乗り心地は日本の新幹線と大きく変わらないと思うのだが、隣のおじさんが貧乏ゆすりをするので、よくわからない。また、車内での通話や、音を出しての動画視聴をする輩も多く、静かではなく、寝れる環境ではない。
途中、行きとは違う駅に止まる。もう日も沈みすっかり外は暗いが、上海に近付くに連れ、都会的な景色となった。そして、定刻の19:11に着いたのは行きに乗った"上海虹橋火車站"ではなく"上海火車站"という駅。
ここからは地下鉄1号線で"漢中路"に向かい12号線に乗り換えて"天潼路”駅で下車。

上海での宿は上海子魚居旅館外灘

上海市内で予約してあるホテルは"南京東路"駅もしくはこの"天潼路"駅が最寄り駅。ここから橋を渡って5分程歩くと少しレトロな街並みのはずれに"居魚子"という看板を見付けた。これが今回、上海で4泊する宿"上海子魚居旅館外灘"だ。

上海市内のホテルは、F1開催期間だからといって特に普段と異なる訳ではない。しかも、大都会上海にもかかわらず、最近バカ高くなっている東京とは違い、意外と安い部屋は見つかり、今回の部屋は日本円で一泊5700円程度。
ここのフロントスタッフはこのクラスにしては珍しく英語が流暢で非常にフレンドリー。そして、外観は少しボロかったが、館内はきれいにリフォームされている。
アサインされた108号室は一番安いと思われる部屋。ただ、思ったよりも広く、昨晩と変わらないくらい。もちろん清潔。クイーンサイズのベッドに大きなTV、そして、ロッカーや電気ポットなど一通り揃っている。小さな窓の外は隣の小汚い雑居ビルだが、窓があるだけで閉塞感が無くて良い。バスルームもキレイで、全く不満はない。

外灘のクラシカルな洋館と浦東の幻想的な夜景

また、このホテルはロケーションもバツグン。もう時間も時間だし、荷物を置いたら、早速、出掛けよう。目指すはこのホテルからも徒歩圏の"外灘"。別名バンドとも呼ばれ、19世紀末から20世紀初頭にかけて租界時代に外国人居留地として栄えた場所だ。
当時、建てられた重厚な洋館が連なり、クラシカル且つ異国情緒あふれる景観で、暗くなった今、欧風石造建築の洋館群がライトアップされ、きらびやかで想像してた以上にステキ。
ただ、これを見に来たと思われる人の数が凄い。そして、道路を挟んだ反対側の黄浦江沿いに出ようとするとこれが更にワンサカ凄い人で、まるでなんかのイベントが開催されているかの様。岸辺のプロムナードへは簡単に上がれず、入口と出口を分けており、これだけの人数を捌けるように導線を整理している。

そして、ようやくそこに上がると素晴らしい景色が広がっていた。そこで、人をかき分けその最前列へ。この黄浦江の対岸に広がる浦東の高層ビル群の夜景は、まさに未来都市を思わせる摩天楼で、この夜景を仰ぎ見るには最高のロケーション。上海と言ったらこの景色で本当に綺麗。一年半前に訪れた香港の夜景も素敵だったが、ここも夜景撮影するのに最高の場所だ。

上海姥姥でリーズナブルな上海料理を

ただ、時刻はもう20:00を過ぎている。お腹の調子は悪いのだが、お昼も抜いてお腹は減っている。せっかく上海に着いたのだから、中国四大料理の1つである上海料理を食べに行こう。
そこで、外灘から1本中に入った通りにある"上海姥姥"というお店に入る。昔ながらの上海料理をリーズナブルに食べられるお店ということで狙っていたお店だ。人気店らしいが、時間が遅めだからかすぐに席に案内してくれた。店内は活気があり、この時間でもお客さんでいっぱい。

メニューには美味しそうな物がいろいろ載っているが、やはり中華料理らしく大皿料理しかないので、メインは1つに絞る。ここで頼むはこの店の名物、姥姥紅焼肉(豚バラ肉の醤油煮)。簡単に言ってしまえば豚の角煮だが、伝統的なコクのある味わいで、お肉もホロホロ。別に頼んだ白米が進む。同じタレのゆで卵も2個分付いてきて、これも美味。ただ、さすがに1人だと厳しい量で、一皿全部は食べ切れなかった。そして、口をさっぱりさせるために頼んだ鉄観音茶も美味しかった。あとはこんなに食べてお腹が大丈夫かが心配。

二日目の終り

食後、腹ごなしに少しこの辺りを散歩。そして、21:45にホテルに帰着。あー、疲れた。もう足を引き摺る感じ。太腿やふくらはぎだけでなく、足先が痛い。そこで、履きっぱなしだった靴を脱いで見ると、両親指の爪の部分が鬱血して死んでいる。今回履いてきたこの靴ではたくさん歩いたこと無かったが、少しタイト過ぎたのか。
そこで、ベッドの上で少し休憩した後、シャワー。続いて、下着類を洗濯。この部屋にはハンガーがたくさんあって助かる。
そして、23:00になったのでベッドに横たわる。


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