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光速度を超える仮想粒子タキオンが存在しても、我々は超光速通信に使えない。

量子力学に対抗する、実在論としての隠れた変数の理論では、ある量子系の測定結果が、テレパシーのように超光速で、量子的にもつれた遠方の量子系に影響を与えると考えます。しかし、多くの物理学者は相対性理論の因果律を尊重するため、そのような超光速の物理的影響の伝達は無いと考え、そして隠れた変数理論自体を否定しています。

隠れた変数理論とその実在論を信じるには、非局所的な要素をどうしても採り入れないといけませんが、そのストーリーの中に出てくる「超光速」は、もしかしたらタキオンと呼ばれる素粒子で実現していると考える人もいるかもしれません。それは純虚数の質量をもつ仮想的な素粒子で、その運動速度は常に光速度を越えています。ベル不等式実験においても、このタキオンが離れた量子系間に介在していると主張をされるとしたら、それは隠れた変数理論の信憑性を増すことになるでしょうか?今回はこのタキオンが、本当に超光速通信を実現させるのかを考えてみましょう。

この話は、素粒子標準理論のヒッグス場や、初期宇宙のインフラトン場のモデルとも関係しています。場のポテンシャルV(φ)の2階微分が負になる点周辺での摂動論では、実際にタキオンモードと呼ばれる不安定性が現れるのに、それがタキオン粒子としての超光速度運動を起こさない理由を、物理学徒はあまり知らないようです。その理由も以下で理解できるかと思います。

以下では、光速度と換算プランク定数を1とする自然単位系を採用します。

(1)式:自然単位系

相対性理論では、正の質量をもつ普通の物体の速度は、光速度を決して超えません。これを式で書くと、次のようになります。

(2)式:正の質量をもつ物体の速度は光速度を越えない。

もしタキオンという粒子が存在するのならば、この不等式は下記のように変わります。

(3)式:タキオンの速度は常に光速度を超える。

これはタキオンが純虚数の質量をもつことを意味します。これを理解するために、まずは正の質量mをもつ粒子のエネルギーと運動量の式を思い出してみましょう。それは以下のようになっています。

(4)式:質量mの粒子のエネルギーと運動量

(4)式から自動的に、以下の恒等式が得られます。

(5)式:質量、エネルギー、運動量の関係式

この関係は、相対論のローレンツ変換でも不変であることも知られています。エネルギーと運動量自体は、ローレンツ変換のもとでベクトルとして変化しますが、(5)式の左辺の質量の2乗の値はローレンツ変換では変わりません。つまりどの慣性系でも質量は同じ値を取ります。

次に(4)式にタキオンの条件である(3)式を代入してみます。

(6)式

実数のmのままだと、タキオンのエネルギーと運動量も虚数になってしまいます。タキオンも普通の粒子と相互作用をさせて、通信に使いたいのですから、その間に全体としてのエネルギー保存則や運動量保存則が成り立つように定式化をしなくてはいけません。すると普通の粒子のエネルギーと運動量に足せるように、タキオンのエネルギーと運動量も実数である必要があります。そこでμを実数として、mに純虚数iμを代入します。

(7)式:純虚数であるタキオンの質量

すると、タキオンのエネルギーと運動量は下記のように実数になれます。

(8)式:タキオンのエネルギーと運動量

この式や(5)式からは、タキオンでは

(9)式

という関係がμとエネルギーと運動量の間に成り立つことがわかります。このような議論から、タキオンの質量は純虚数だと、物理学では論じられているのです。

ではこのタキオンが通常の粒子と相互作用できるとして、タキオンを使った超光速通信の可能性を具体的に考察してみましょう。以下では簡単のため、1+1次元時空に落として議論をします。

最初に普通の粒子で考えます。すると、質量mの粒子のエネルギーEと運動量pは下記の関係を満たします。

(10)式

そして、運動量はマイナス無限大からプラス無限大の値をとれます。

(11)式

この運動量pをもつ粒子のエネルギーは(10)式から

(12)式

と解かれますが、普通は(12)式で正の符号のみを採用します。

次に、この質量mの粒子に対応する場として、クライン=ゴルドン方程式を満たすスカラー場を考えます。

(13)式:正の質量をもつスカラー場のクライン=ゴルドン方程式

この方程式の平面波解は

(14)式

というものになります。ここで右辺のc.c.は、その前の項の複素共役を意味しています。これが光速度を越えない運動をする粒子に対応する場のモード関数になっています。

この場を励起して、情報を書き込み、その情報を場に伝搬させる場合を考えましょう。それには(13)式の右辺に、この場φと結合をする実数の外場Qを入れればよいです。

(15)式:外場Qによって励起される場を記述する方程式

このQの分布を変えれば、励起されるφの分布も変化します。遠方に届いたこのφの分布を測定すれば、どのようなQが与えられたかの情報が得られます。これにより、普通の粒子を記述する場φによる通信をモデル化できます。

この(15)式の方程式では、遅延グリーン関数を用いて一般解が下記で与えられています。

(16)式

この遅延グリーン関数の具体形は、0次のベッセル関数を用いて下記で与えられています。

(17)式:遅延グリーン関数

ここでΘ(x)はヘビサイドの階段関数です。t=0、x=0の時空点Aに外場をデルタ関数で与えた場合には、(17)式からすぐにその場φの伝搬状況がわかります。その波が伝搬する時空領域を図示したものが、図1です。

図1:質量mの場の伝搬

相対論的な因果律のために、時空点Aの未来の光円錐内部にだけ外場の情報が伝達しており、この普通の場や粒子を使った超光速通信はもちろんできません。

では、タキオンでの通信を考えてみましょう。この場合は(10)式の代わりに以下の関係が成り立ちます。

(18)式

この場合は、エネルギーEはマイナス無限大からプラス無限大の値をとり、その運動量pは

(19)式

で与えられます。運動量の符号がプラスの場合は、空間右方向に進行するタキオンであり、マイナスの場合は空間左方向に進行するタキオンです。

これに対応するクライン=ゴルドン方程式は下記になります。

(20)式:タキオンのクライン=ゴルドン方程式

エネルギーEが実数であるこの方程式の平面波解は安定になり、

(21)式:タキオンの安定な平面波解

で与えられます。これはEが正であれば運動量pも正になる右向き進行波の解ですが、(21)式でxの符号を反転させたものも(20)式の解であり、それはEが正であれば左向き進行波を記述します。

では、このタキオンに対応した(21)式の波が超光速通信に使えるかを見てみます。そのため、この場を励起する外場Qを導入します。

(22)式:外場Qで励起されるタキオン場の方程式

この解も、(16)式と同じ形で与えられます。

(23)式:外場Qで励起されたタキオン場

しかし、右向き進行をするタキオンである境界条件を課すため、(17)式の代わりに下記のグリーン関数が出て来ます。

(24)式:右進行波のタキオン場のグリーン関数

t=0、x=0の時空点Aに外場をデルタ関数で与えた場合には、今度は図2の時空領域にタキオン場φは伝搬します。

図2:Aで励起された右進行波のタキオン場の時空伝搬領域

これは明らかに、超光速の運動をしています。もし左向き進行のタキオン波を励起したければ、(24)式でxとx'の符号を反転させたグリーン関数を使えば実現します。時空点Bにデルタ関数的な外場Qを与えて、この左向き進行波は図3の時空領域を伝搬します。

図3:Bで励起された右進行波のタキオン場の時空伝搬領域

では、このタキオン励起を使えば、我々は超光速通信ができるのでしょうか?答えはNOです。我々がなんらかの情報を遠方に通信をしたいとき、ある時刻にそれを思い立って、それから準備をして、その信号を送ります。宇宙開闢の時期から、特定の情報を持った信号を通信したかったわけではありません。しかし図2を見ると、超光速通信には無限の過去からの準備が必要だとわかります。

図4では、図2でのQが存在していない過去の時空領域に時刻一定の線を加えてみました。すると、我々が通信をする意思決定をする時空点A以前の過去の時刻に、既に場φの分布が無ければいけないことがわかります。


図4

たとえば図4の青色領域のφの分布も、その未来と整合するように我々が用意できた場合だけ、図2の励起は生じるのです。しかし、純虚数の質量をもつ仮想粒子タキオンとは異なり、我々の体は正の質量をもった普通の物質でできています。そのような我々が、過去に時間をさかのぼって、このような通信の準備、つまりタキオン場の配置を用意することは無理です。結局、タキオン場が存在しても、光の速度を超えた通信は我々には不可能なのです。

ではタキオンを考えることは物理として無意味なのでしょうか?実はそうではありません。相対論的因果律を満たす場の量子論では、タキオンはその場の不安定さを記述するものとして導入されることがあります。

(21)式では安定なタキオンの平面波だけを考えたのですが、実は(20)式のタキオン場の方程式には別な解が存在しています。運動量pが

(25)式:不安定モードを出すタキオンの運動量領域

の領域の中の値をもつとき、

(26)式:不安定タキオンモード解

という解が現れます。これは時間が経つとともに、発散をしていく不安定な解です。場の量子論にタキオンが含まれると、このような不安定性の物理が現れるのです。

この不安定性を理解するために、(25)式の領域の中で特にp=0の場合に注目します。するとφは空間依存性を持たなくなり、空間全体で一様な時間変化だけが起こります。普通の正の質量mをもつ場ならば、p=0の場の運動は

(27)式:正の質量をもつ場のポテンシャル

というポテンシャルをもつ調和振動子モデルで記述されます。

図5

すると図5のように、場の値は0という中心値の周りを振動して安定します。ところが、タキオンの場合にはポテンシャルは

(28)式:タキオン場のポテンシャル

となって、図6のように反転します。

図6

すると最初はφ=0にいた場も、ちょっとした外場の影響でポテンシャルを転がり始めて、その場の値は発散していく不安定性を示します。これがタキオンの物理的な効果です。

実際にはタキオンはこれまで実験で観測されたことはないのですが、実は近似的なタキオンは素粒子の標準理論のヒッグス場にも埋まっています。また宇宙初期に起きた指数関数的膨張であるインフレーションを起こすインフラトン場でも、この近似的なタキオンが入っているモデルがあります。簡単のために実数の場でモデル化をすると、そのヒッグス場のポテンシャルは

(29)式:ヒッグス型ポテンシャル

のような形で与えられています。ここで定数gは正の値をとります。これを図に書くと図7のようになっています。

図7:ヒッグス型ポテンシャル

φ=0の周りでは確かにポテンシャルの2階微分の符号が負になっており、図6と似た状況になっています。しかし、φの値が大きくなると、(29)式右辺の第2項目の場の4次の項が大きくなって、ポテンシャルは下限を持ち、全体としては不安定性がなくなっています。ただ、もし初期にφ=0から場が運動を始めたとき、その運動の最初の頃は(28)式で近似できる場の増幅が観測されます。これは近似的なタキオンの効果と言えます。

しかしヒッグス場を使っても、上で述べた理由から超光速通信はできません。もし過去にはφ=0であって、ある時空点Aでの外場Qによってヒッグス場の近似的タキオンモードが励起されたとしても、その外場Qの情報はAの光円錐領域の中にしか伝搬しません。その外部にはQの影響は届かないため、Qの情報を超光速通信することもできません。

上で考えた(22)式の1+1次元時空でのタキオンモデルで言うのならば、(24)式のグリーン関数ではなく、変形ベッセル関数を用いた以下の遅延グリーン関数で記述されるのです。

(30)式:タキオン不安定性を記述する遅延グリーン関数

変形ベッセル関数はその引数が発散すると

(31)式

のように振る舞うため、t-t'が大きくなると(30)式の値も発散し、不安定性を示します。時空点Aにデルタ関数的な外場Qを与えたときの、その影響が伝搬する時空領域を図示したのが、図8です。

図8

ヒッグス場の近似的なタキオンによる不安定性も、光の速度より遅いスピードでしか、空間に広がらないので、超光速通信は不可能です。結局このようにタキオンを考えても、実在論的な隠れた変数理論を正当化することはできないのです。





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