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語られる計算機自然と語り得ぬ量子自然との相互創発

現在では、国際政治、経済や気候変動だけでなく、産業構造のAI革命によっても起こされる「津波」が世界を襲っています。そのような中で、物語という形の陰謀論も、世界各国で力を持ち始めています。宗教や思想は、善かれ悪しかれ、物語として人々を結束させてきたと言われていますが、一方で、唯一人の人間からも、その保持している全ての物語を奪うことは、人間の本質において不可能なことです。人間は物語を必要とし、この物語によって、生きる苦を超えていけるのです。

そういう状況では、実証科学の研究者が科学の正しさで人々を叩いても、より頑なにさせるだけです。ファクトベースでありながら、世界に融和、調和をもたらす新しい物語を提供することこそが、この文明の危機における科学者たちの喫緊の課題だろうとも思うのです。

多くの人々にリーチする、重要で新しい物語の1つが、落合陽一さんの「計算機自然(デジタルネイチャー)」であると、私は考えています。この思想は単なる観念論ではなく、実証的な観点からも、現在進行中のAI革命の中でその重みが増してきています。また実証科学における量子力学的世界観も、大きな物語になり得ます。それを「量子自然(クァンタムネイチャー)」と呼びましょう。この計算機自然と量子自然については、下記記事も参照してください。

物理学の最前線では、万物は量子情報であるという「It From Qbit」という量子自然の考えに基づいた、新しい世界観が現在各国の研究者によって深化させられています。

これは前世紀の物理学で主流だった実在論から、情報理論に基づいた認識論へと移行する、世界観の大きな転換でもあります。また計算機自然の本質も実在論ではなく、質量がない「情報」と質量のある「物体」の境界を持たない認識論です。今回は、この計算機自然と量子自然が、互いに互いの基礎となることを、少し具体的に見てみましょう。

まず計算機自然は「デジタル」であり、離散的な0と1からなる古典ビットがその基礎単位です。一方で、量子自然では、0と1を連続的に重ね合わせる量子ビットがその基礎単位になっています。これをまとめたのが、下記です。

量子力学と対応が見やすくなるために、計算機自然の0と1を、ここでは|0>と|1>というベクトルで表現をしています。古典ビットに対する物理操作も、「何もしない」という恒等演算を表す単位行列と、0と1を入れ替えるビットフリップの操作を表す行列で書いています。一方で、量子自然では0と1の連続パラメータのθとΦを含む重ね合わせが可能です。物理操作も連続群であるユニタリー操作が許されます。この観点からは、計算機自然は量子自然の一部であり、量子自然が計算機自然を包含しているとも言えそうです。しかし、これは一面的な観方に過ぎません。量子自然の存在自体は、この計算機自然によって支えられていることを、次に見てみます。

まず量子重ね合わせ状態は、1回の実験試行で区別されることはありません。同じ状態にある量子系の試料を沢山用意して、それらを順に測定をして得られる統計によって、初めて浮かび上がってくるのが、量子自然です。既に1回測定をしてしまった量子系はもう量子重ね合わせでは無くなり、その状態は0か1かの離散的なデジタル状態にとなります。この0か1かは、1回の実験試行だけで明確に語り得ることです。しかし、0と1の量子的な重ね合わせにある、唯1つの量子的な対象において、その量子自然は決して語り得ないのです。ウィトゲンシュタイン的に言うならば、1つの対象の計算機自然は本質的に「speakable」であり、1つの対象の量子自然は根元的に「unspeakable」なのです。

量子自然の量子ビットを測定することによって、離散的な古典ビットが生成される事実は重要です。たとえば量子ビットとしての二準位スピン粒子に対する、図1のシュテルン=ゲルラッハ実験でもそのことが確認されます。

図1:量子ビットから古典ビットを創発するシュテルン=ゲルラッハ実験

量子状態として0と1の重ね合わせにある量子ビットを非一様な磁場に通すことで、0に対応するスピンアップ状態か、1に対応するスピンダウン状態かの、どちらか1つだけが観測されます。これは、重ね合わせ状態の量子ビットから離散的なビットで記述される古典情報が創発する過程と見なせます。そして、この実験装置の磁場の向きをx方向、y方向、z方向と変えることで得られる、それぞれのスピンアップ状態とスピンダウン状態の3方向の確率分布から、元の量子状態は下記の量子状態トモグラフィ法の定義式によって定められるのです。

(1)式:量子状態トモグラフィによる量子状態ベクトルの定義式

この(1)式は、概念としてとても重要です。計算機自然での0か1か、つまりアップかダウンかという離散的なデジタル情報が、連続的な量子状態を定義するという式なのです。これは古典ビットから量子ビットが構築されるということを意味しています。ですから、量子ビットの量子自然が立ち現れるためには、まず最初に古典ビットの計算機自然が要求されるのです。これは、計算機自然が量子自然に内包されるという素朴な観方をひっくり返します。計算機自然なしでは、量子自然は出てこないのです。



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