低忠実度の「量子テレポーテーション」には、量子もつれは必要ない?
量子テレポーテーションは、既に量子コンピュータや量子通信における基礎ツールとして実験をされている重要な技術です。その本質は、物理量の間の量子的な相関である量子もつれです。たとえば、最大にもつれた2つの二準位スピン粒子を使うと、テレポーテーションで送られる量子状態の忠実度Fは1となり、100%の効率を達成します。しかし、現実の実験ではその最大量子もつれ状態を用意することが難しい場合も多いのです。この量子もつれの値が低くなると、転送される量子状態の忠実度も低くなります。このあたりは拙書『量子情報と時空の物理【第2版】』(サイエンス社)で詳しく解説をしています。

たとえば二準位スピン粒子A’とBがあり、A’をテレポーテーションの送り手のアリスが持ち、Bを受けてのボブが持っているとします。そして、(1)の最大量子もつれ状態を考えれば、アリスが持つ、もう1つの二準位スピンAの任意の状態は、量子テレポーテーションで完全にボブのBに移行することが可能です。

しかし実験では(1)式の状態が作れずに、(2)式のような混合状態だったとしましょう。

ここでpは0と1の間の値をとる確率変数であり、0≤p≤1/3の領域では量子もつれは完全に消えて、A’とBは古典相関しか持ちません。(この辺りの具体計算は上の拙書第4章4.10節を参照してください。)
(2)式の状態を用いて、Aの|ψ><ψ|という任意の純粋状態を量子テレポーテーションのプロトコルでBに転送すると、そのBの状態は

となります。もしA'とBの間の量子もつれが最大であれば、p=1ですので完全なテレポーテーションが実現しています。一方でp=0だと、Aが持っていた元の量子情報はBから全く消えてしまいます。pの値が1より小さい場合、その転送後の状態に対する忠実度は

と計算されます。ここで注目すべきは、p=1/3の場合です。このとき(2)式のA’とBの状態の量子もつれは消えているのに、忠実度Fは2/3の値をとれます。出鱈目にBの状態を作ればp=0でのF=1/2という下限値になりますが、F=2/3はそれより大きい忠実度です。そこで、実用上ではFが2/3でも良いと思うのならば、量子もつれがなくても近似的な量子テレポーテーションが実現したと、言いたくなるかもしれません。そして実際にそのように主張をする論文も世の中にはあります。
しかし、0≤p≤1/3の領域でのこのプロトコルは、「量子テレポーテーション」と呼ぶにはふさわしくないのです。(3)式の状態は、量子テレポーテーションのプロトコルを用いずとも、直接Aの|ψ><ψ|を測定して得た結果だけから、古典的にBの状態を無限個複製することが可能だからです。この辺りは、上記の拙書第1章1.5節に書きました。0≤p≤1/3の領域での量子テレポーテーションの操作では、無限個の複製が可能な古典情報だけをAからBに転送しただけの話です。Aが持っていた肝心の量子的な情報の部分は、(3)式のBの状態では完全に消滅しているのです。その意味で、0≤p≤1/3の領域では、真に量子的なテレポーテーションにはなっていません。複製が禁止されている純粋な量子情報を転送するには、やはり量子もつれが不可欠なのです。
いいなと思ったら応援しよう!
サポートありがとうございます。