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算数の分数と、量子力学の物理量演算子

大学で習う量子力学では、物理量がエルミート演算子で書かれていることも、学習のつまずきの1つの原因です。しかも実数の値をとる波ではなく、複素数の値をとる波動関数に、その演算子は掛け算をして使われるので、なにか神秘的であり、またとても深遠な存在だと、学生に誤解を与えたりします。

一方で、算数では分数を習ったときに、つまずく生徒が多いそうです。お笑いコンビ「令和ロマン」の高比良くるまさんも、分数で算数が分からなくなったおひとりだそうです。分数と演算子とでは、その難しさが違うように思えるかもしれませんが、しかし理解を妨げる障壁には同じ構造があるのかもしれません。

小学生だったくるまさんは、1, 2, 3のような自然数とは違って、分数は「ないじゃん!」と感じ、理解できなかったといいます。何故そう感じられたのかを、私は次のように推察してみました。たとえば 2/3という分数は、「2を3で割る」という手続き、つまり「操作」によって定義をされているからです。1つの丸いケーキを3等分したときの2つ分のピースの体積量を、比や割合として表現するのが、「2/3」という数です。自然数が直感的に理解しやすい「モノの数」という実在的イメージをもつのに対し、分数は抽象的です。小学生の多くが、感覚的に自然数のような「数」とは違うと思っても、不思議ではありません。

同じように、量子力学におけるエルミート演算子も、実在としての物理量そのものではなく、物理量を定義する「操作」を表しています。エルミート演算子の固有ベクトルが指定するユニタリ操作をまず対象系に施して、その後に測定という操作を行って出てくるそれぞれの実験データに、そのエルミート演算子の固有値を割り振ることで、量子力学の物理量は定義されています。

エルミート演算子Aの固有ベクトルuやその固有値aとは、大学数学の線形代数で習うもので、Aに対してAu=auが成り立つものを指します。またユニタリ操作とは、同じく線形代数で習うユニタリ演算子Uで記述される物理操作のことです。行列としてのUの行と列を入れ替える転置操作と、各成分の複素共役をとる操作とを同時に行う、エルミート共役という操作「†」をつかって、U†という演算子を定義します。そのU†と元のUの積であるU†Uを計算すると、その積が単位演算子IになるUをユニタリ演算子と言います。Iは恒等演算子と呼ばれるもので、掛け算される相手には「何もしない」演算子であり、行列として表現するならば、対角成分が全て1であり、非対角成分が0である行列に対応しています。

2/3の分数表記が「2を3で割って」という操作を指したように、エルミート演算子も「操作のリスト」、「手順の解説文」なのです。古典力学の物理量のように、測定前から「そこにある」という代物ではないのです。その抽象性も、量子力学の勉強のときの難しさに繋がっているのかもしれません。こういう点も、なかなか量子力学を飲み込めない理由の1つなのでしょう。

量子力学の講義で「エルミート演算子は、物理量!」と公理として押し付けることは、教育的にはやはり良くないと思えます。そもそも「量」が抽象的な演算子に置き換わることを理解するのは、誰にとっても難しいことですし、実際には演算子自体が実在する物理量を指すわけではないのですから。その観点からも、やはり「エルミート演算子は、対応する物理量を定義する一連の操作を表したメモである」と教えたほうが良いと思っています。


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