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驚きの大きさを示すフィッシャー情報量

量子情報は、現代物理学の基礎として広く認知されつつあります。しかし、この「情報」には、多様な概念があるのです。波動関数や状態ベクトルが持っている対象系の全ての情報が、「量子情報」であるとも言えるわけですが、一方で、別な側面が垣間見れる情報概念もあるのです。その1つがフィッシャー情報量と呼ばれるものです。何か希少な現象を観測したときに、「驚き」を定量化したものと、この情報量を捉えることができます。今回はそれをご紹介してみましょう。

たとえば表裏をもつコインがあって、その表を+、裏をーと表示しましょう。そして多数のコインからなる集団があり、その中に表のコインが入っている比率が極めて小さいとします。

その集団のコインを1つずつ調べていくと、ほとんどが裏のーになっています。そんな中で極まれに表、すなわち+が出ると、それは図1のように驚きの現象と受け止められます。

図1:極めて稀な現象が起きたときの驚きは大きい

この「驚き」の大きさを、確率分布を用いて理論化してみます。上では表裏の2つだけの背反な事象を考えましたが、もっと多数の背反な事象も扱えるように一般化します。そして、考えているn番目の事象が起きる確率は、ある連続的な実数パラメータθに依存しているとしましょう。このθを変えることで、特定のn番目の事象を起きやすくすることも、起きにくくすることも可能です。この性質を使って、「驚き」の定量化の問題を、図1のような実験で得られる確率分布のデータからθの値を推測する問題に焼き直すのです。

n番目の事象が起きた場合に、このθの各値に対応する推定値を適当に割り振ります。この割り振り方がうまくいけば、たとえばこの値の平均値Θは、θの推定値として利用ができます。この推定値の設定の良し悪しは、真のθの値とΘの差の2乗の平均値、つまり平均2乗誤差で判断できます。直観的には、その平方根であるΔΘが小さいほど、上での推定値の割り振りは良いと言えます。このΔΘを使うと、元のθに対する推定誤差Δθも定量化できます。このことを下にまとめてみました。

θの推定値、平均2乗誤差、推定誤差

このΔθに対して、下記の数式でフィッシャー情報量が定義をされます。

(1)式:フィッシャー情報量の定義式

そして、この情報量によって推定誤差の原理的な下限が与えられることが、(2)式のクラメール・ラオ不等式としてよく知られています。

(2)式:クラメール・ラオ不等式

このフィッシャー情報量は「驚き」の定量化になっていることは、次のコインの確率の例からも理解できます。(1)式のフィッシャー情報量に出てくる確率において、ーが出る事象をn=1の事象とし、+ができる事象をn=2の事象としましょう。そして

(3)式:コインの確率分布

という形で、連続パラメータθに確率が依存しているモデル化します。θは0と1の間の値をとります。+の出る確率が非常に小さな極限、つまりθ→0の極限を考えると、これから計算されるフィッシャー情報量も下記のように無限大になります。

(4)式:+が出る確率が小さくなると発散するフィッシャー情報量

これは、出る確率が非常に小さい+が実際に観測された場合の「驚き」の大きさを再現しています。そして、このフィッシャー情報量が大きいほど、θの推定誤差Δθは小さくできることが、(2)式の不等式からわかります。つまり、滅多に起きない事象が観測されたときには、小さな値をもつθの推定誤差が小さくなるのです。このことは、微小な量を測定する物理学実験ではとくに重要な性質になっています。

また現在では、フィッシャー情報量の量子版も物理学では頻繁に使われるようになりました。その量子フィッシャー情報量でも、(2)式と同様の量子クラメール・ラオ不等式が成り立ちます。同じ系をN個用意して、その独立同分布を考えることもできます。たとえば、コインの例では表裏に関して同じ確率分布をもつN枚のコインを実験することに対応しています。古典でも量子でも、θの推定誤差に対して、下記のクラメール・ラオ不等式が成り立ちます。

(5)式:N個の系に対する独立同分布でのクラメール・ラオ不等式

Nを大きくすれば、右辺はNの平方根の逆数に比例をして小さくなり、より小さなΔθを得ることができます。ところが下記記事に出てくる量子もつれ状態では状況が変わります。

量子フィッシャー情報量もNの平方根の逆数ではなく、Nの逆数に比例できるようになります。つまり量子のほうが古典よりΔθを小さくできるのです。これも量子性のもつ大きな利点です。

更に量子フィッシャー情報量は、θを状態に書き込む操作での量子状態の脆弱性も意味します。小さなθの変化に対して、大きく量子状態が変化すれば、量子フィッシャー情報量は大きくなりますが、これはθを書き込むという摂動に関して、その量子系の状態が不安定であることを意味しているのです。このことから、しばしば量子フィッシャー情報量は、量子状態の脆弱性の指標として利用されることもあります。

量子力学は情報理論の一種であり、量子状態がもつ量子情報がその主役です。ここでは簡単のために1つのθしか考えていませんでしたが、複数の連続パラメータを用意すれば、任意の量子状態をそのパラメータで一意に指定することもできるようになります。たとえば、2準位系の密度行列は3つの実数パラメータで一意に指定されます。このように考えれば、量子情報としての状態ベクトルや密度行列そのものの脆弱性を記述しているのが、多次元量子フィッシャー情報量であるとも言えるのです。小さな摂動でその量子情報の記憶の在り方が大きく様変わりするときに、この「驚き」としてのフィッシャー情報量は大きくなるのです。


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