チェシャ猫は量子力学の世界に存在するのか?
チェシャ猫とは、ルイス・キャロルが書いた『不思議の国のアリス』に出てくる変な猫のことです。薄ら笑いをする猫であり、またもっと変なことに、その猫はしっぽから見えなくなり、最後に薄ら笑いだけ残して完全に消え去るのです。
弱値の提唱者の一人であるアハロノフさんを含む人達が、このチェシャ猫と同じ現象を量子力学で実現できるという論文[1]を書いています。
[1] Yakir Aharonov, Daniel Rohrlich, Sandu Popescu, Paul Skrzypczyk, http://arxiv.org/abs/1202.0631 .
彼らは猫の代わりに、1つの光子を考えました。この光子は右巻きだったり、左巻きだったりする、偏極というスピン自由度を持っています。空間的に局在した光子本体がチェシャ猫の体とすると、偏極はその薄ら笑いとみなせると、彼らは主張しました。ビームスプリッターと「弱測定」という方法を使うことで、この光子の本体(空間的自由度)部分と偏極の自由度部分とを、空間的に分離できるというです。この性質は素粒子の質量や電荷も猫の薄ら笑いとして本体から分離できる可能性を示しており、多くの応用が期待できる弱値の面白い現象だと、アハロノフさん達は主張しているのです。
彼らの研究に言及した一般向けの下記の記事が目に留まりました。
量子系の事前選択と事後選択が引き起こす驚くべき効果として、系自身がその特性と分離することが起こり得るということが量子力学に沿った計算によって示唆された. これはちょうど『不思議の国のアリス』で描かれた,笑いを残して消えるチェシャ猫になぞらえられる. (中略)このような猫自身がいなくなっても笑いが残るなんて, アリス以外が日常で目撃することはないと思われる. しかし, 量子力学によると, ミクロの世界では, いわゆるマッハ-ツェンダー型干渉計において猫(実体)が1つのビーム径路を通過し, その猫の笑い(特性)がもう1つのビーム径路を通過することが示唆され, 量子チェシャ猫現象と呼ばれている.
ここでは慣習的に量子チェシャ猫とよんでいるが、スピリチュアルな言葉を借りると量子の幽体離脱とも呼べるかもしれない.
そこで、今回は少し詳しく「量子チェシャ猫」は本当に存在するのかを考えてみましょう。
まず、エルミート行列Aに対応する物理量の弱値は、事前状態|Ψ>と事後状態|Φ>の2つの状態に対して決まり、

という式で定義をされています。一般には複素数の値をとり、またその分母にある2つの状態の内積が零の場合には、分子が零にならないと発散することがある量です。このような弱値の物理的な解釈は現在確定しておらず、研究者の間でも議論が続いている状況です。アハロノフさん達は、この弱値を1つの光子の下記の光学的な2重径路実験に対して考察しています。

左下の領域から入射した1つの光子の進路は、最初のビームスプリッターで確率的に径路1と径路2に分けられます。そして、その2つの径路が再び合流する右上の領域において、量子測定が行われます。
ここで径路1に光子がいる状態を|1〉とし、径路2にいる状態を|2〉としましょう。またこの光子の偏極状態に対する基底ベクトルとして、パウリ行列のz成分の固有ベクトルを選びます。

1つの光子が径路1にいるか径路2にいるかは、下記(3)式の射影行列に対応する物理量を測定すれば、わかります。

この場合はどちらの径路の光子がいたかにだけに関心があるので、その光子の偏極の自由度に対応する部分は単位行列Iになっています。アハロノフさんたちは、左下領域でのこの光子に対して(4)式の事前状態を考えました。

そして、右上領域で測定を行って、下記の事後状態になった光子のデータだけを集めます。

そして物理量の弱値を論じます。まず2つの状態の内積は

で与えられます。次に光子が径路1を通っている場合には

となり、そのため

が得られます。これは光子が径路1にいる射影行列に対しての弱値が零であることを意味します。

同様に径路2の場合を解析してみます。

から

と計算されるため、光子が径路2に射影行列の弱値は

となります。この結果をもって、アハロノフさん達は、この実験での光子が径路2だけを通過して、径路1は通っていないと主張するのです。次に同じ設定で、各径路での光子の偏極のz成分の弱値を計算します。

まず

と計算されることから

が得られます。従って径路1にいる光子の偏極のz成分の弱値は1となります。

径路2の光子の偏極z成分に対しては

から

となるため、その径路2にいる光子の偏極のz成分の弱値は消えています。

この結果から、光子本体は径路2にいるのに、光子の偏極という特性だけは径路1に存在し、径路2には存在していないと彼らは主張するのです。これをもって、チェシャ猫の「笑い」としての偏極自由度が、光子本体から外れているのだと、論文で説明をしたのです。
しかし、この彼らの主張は鵜呑みにしても良いのでしょうか?
そもそも(7)式と(8)式の弱値の結果を使って、本当に光子が径路2を通ったと主張できる強い理由がありません。同様に(11)式の結果から偏極が径路2には存在していないと主張できる理由もないのです。弱値は、他の事前状態や事後状態では実数ではなく複素数値にもなる、変な量なのですから。たとえば射影行列Pの期待値には0と1の間の値をとる確率という解釈が可能ですが、そのPの弱値は、実数に限定してもマイナス無限大からプラス無限大までの値までとれるし、更に複素数値にもなります。そんな量がたまたま0や1だったからと言って、その現象が絶対起きないとか、必ず起きるとかを判断することに、合理性はありません。つまり、解釈として、現状では全く正当化はされていないのです。
そして更に、「笑い」としての偏極自由度は、この弱値の観点からでも径路2の光子にまだ残っているのです。たとえば径路2に光子がいるとき、下記の偏極の3つ成分を考えます。

特にx成分に対しては、

という計算ができるため、

が得られます。従って光子が経路2にいても、その偏極のx成分は消えておらず、その弱値は1になっています。

つまり光子の偏極が、経路2の光子本体から消え去ったと主張するのはおかしいのです。更に、径路2に光子がいる場合の、偏極の3つの成分の2乗の和を考えてみます。その行列は下記で与えられます。

すると

という計算となり、これも径路2では消えていません。結局、アハロノフさん達の提案内容は、不思議な「量子チェシャ猫」でも神秘的な「量子の幽体離脱」でもありません。弱値を無理やり確率のように解釈することで生み出された、「幻覚」のようなものなのです。
また、弱値を実在と捉えようという試みもありますが、それはスピンやエネルギーのように1回の実験試行だけで、その値がはっきりと観測できる通常の物理量ではなく、何回も同じ実験を繰り返してしか評価できない「統計量」であることも、本質的です。もし弱値が実在であるのならば、弱値をただ1回の実験試行で測定できる方法が存在すべきですが、そのような方法はこれまで提案もされていません。このことからも、「弱値は実在」というのは無理筋だというのが、妥当な考え方だと思います。
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