量子とは何か?
2025年は、ハイゼンベルグが書いた行列力学論文の出版から100年目で、量子力学の記念の年です。世界中の様々な場所で、その記念の企画も開催されました。また科学のアウトリーチとして、量子コンピュータなどの最新技術と絡めて、「量子」が一般向けに語られることも多くなりました。
現代的に情報理論として量子力学を説明している下記の教科書でも、この量子について解説をしています。
量子(quantum) という言葉は、磁気モーメントのz 軸成分などの物理量に最小単位があり、その単位の整数倍の値しか観測されないという現象を表現するために作られた用語である。様々な量が粒子のようにつぶつぶになるという気持ちを表す。実際にはより一般的な形で使われており、物理量が一定単位の整数倍でなくても離散的な観測値をとる場合には、その現象は量子化(quantization) という名前で呼ばれる。
量子力学の法則を満たす物理系は、「量子系」と呼ばれます。最近ではこの「系」を略して、電子や原子などの量子系のことを、単に「量子」と呼ぶことも世間では増えてきました。
またややこしいことに、量子技術が広がりを見せる社会での「量子」という用語の使い方には幅が出てきており、「量子コンピュータ」に対して、従来型のコンピュータを「古典コンピュータ」と呼ぶことも多いです。量子コンピュータは、「古典コンピュータ」の技術に比べて、量子重ね合わせや量子揺らぎの制御という新技術が必要であるという意味で、「量子」と強調をされているのですね。
ただこのような「古典 vs 量子」という対比は、飽くまで技術レベルの話です。自然法則から考えると、古典コンピュータですらも、量子力学の法則を満たす素粒子の集まりに過ぎないため、それはマクロな量子系と言えるのです。我々人間の体も同様に、マクロな量子系であり、この世界の物体は全て量子力学の法則に従う対象なのです。特に「古典的対象」というものが、量子力学と切り離されて存在しているわけではないのです。
しかし、今後の量子技術に関するアウトリーチでは、「量子」という単語のそのような用法も増えていくだろうと思います。言葉とは、便利性のために時代に即してその意味が変わっていくものなので、これは自然な流れとも言えます。
そのような流れの中で、光子や電子を「量子系」と呼ばずに、前期量子論のノリで「量子」と略されて使われる場面も目にします。アインシュタインは、現在「光子」と呼ばれているものを、光量子(Lichtquant(独) , light quantum(英))と当時呼んでいました。またプランクはエネルギーに対して離散的な「エネルギー量子」というものを提案し、量子論の始祖となりました。それまでは、エネルギーなどの「量」というものは連続的な概念でした。しかし、プランクやアインシュタインによって、分割されないまま、つぶつぶの塊として吸収放出されるという描像が、この「量」にも適用されるようになり、「量」の「粒子」、つまり「量子」という考えが出てきたのです。
光の量子性は、図1のように、夜空の遠くの星のかすかな姿を肉眼で捉えられることからも、我々は実は日常で体験をしているのです。

もし、光が単なる波だとすると、伝搬するそのエネルギー面密度は、星からの距離の2乗に反比例して薄まっていきます。すると、肉眼の視野面を通過するそのエネルギ総量は極めて小さくなり、網膜の分子の1つも励起することができません。つまり星の像を人間は知覚できないはずですが、実際にはかすかでも星が見えています。これは、光が連続的な波ではなく、網膜の分子を励起できるエネルギー量の塊をもっている「粒」の集まりであるということを意味します。光のエネルギーは薄く滑らかに分布しているのではなく、1つの塊として分子に一気に吸収をされているのです。この塊を、現在では「光子」と呼んでいます。
この光子は、粒子として1個2個と数えられる対象です。そして、光子はエネルギーや運動量を運べます。その光子がたとえば1つの原子に吸収されるときには、それが持っているエネルギーや運動量も、一緒に全部吸収されるのです。光子が吸収されるとき、それが持っていたエネルギーは70%だけ吸収されて、30%が外部に取り残されるようなことは起きません。
具体的に図2のように、1つの光子が、エネルギーを持たない基底状態にある原子に放射されたとします。

するとある確率で、図3のように、原子はこの光子を吸収します。この場合の電磁場は、光子が1つもない真空状態になります。

ここで重要なことは、光子の持っているエネルギーが光子ともに原子に全部吸収されている点です。図4のように、そのエネルギーを連続的な比で適当に2つに分割して、片方が原子内部に、もう片方は原子外部に留まるということは起きていないのです。エネルギーは1つのパッケージとして、まとまって行動をしています。この分割しないエネルギーパッケージが、プランクの「エネルギー量子」に対応しており、そしてアインシュタインが「光量子」と呼んだ光子の吸収になっているのです。

光子に限らず、原子の中の電子も、その原子核に捕獲される過程では、同様の「エネルギー量子」の振る舞いを示します。
そのような意味で、光子や電子の、このような量子的な振る舞いは、物理学者にとって馴染み深い、ある意味ありふれた現象です。そして、社会のニーズや用語の使い勝手の良さのために、光子や電子を「量子」と呼ぶようになっても、特に使用上で問題は起きないだろうと思います。
ただし、この世界の全ての物体は、光子や電子のような「量子」としての素粒子の集まりですから、厳密には「量子」ではないものは存在していないと、改めて強調をしておきたいと思います。
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