中平健治氏からの批判(2024年11月2日)に対する回答:2準位量子系を使って、3準位系の量子力学を実証的に演繹する
上記のnoteで玉川大学の中平健治氏から拙書『入門現代の量子力学』の第3章に対する批判が再度届いています。時系列的な経緯については後で書かせて頂きますが、まずは学術的な回答を先に書いておこうと思います。
この中平氏noteでは下記のことを「争点」として挙げられています。


そして中平氏の結論として、私が下記ブログ記事とnoteでまとめた方法では、3準位系やより高い次元の系において量子系であることを確かめること、つまり演繹はできていないと主張をされています。
これまでの批判の根拠として、或る「反例」を挙げられています。下記noteの「論理的な穴 1」と「論理的な穴3」です。
同じnoteにある「論理的な穴2」も以前は反例に上げられていましたが、それは10個の物理量の期待値に対する2つの関係式の実験的チェックという私の前提条件から、反例にはなっていないことを中平氏も認められており、それは解決済みです。「論理的な穴1」は「線形写像で表せなければいけない理由は何でしょうか?」という批判ですが、それは今回の中平氏のnoteでの批判から消えているので、私からの以前の回答でご理解を頂けたのではないかと考えています。残っているのは「論理的な穴3」の下記の該当する部分です。以下引用させて頂くと、
(引用開始)


(引用終了)
つまり私の教科書での密度演算子の定義では、全射は成り立つが単射ではない可能性がある。そして実際に上の過去のnoteにおける「論理的な穴3」で、3準位系のその「反例」を挙げていると主張をされています。
しかしこれはおかしな主張です。中平氏の例を実際に見て頂ければすぐに分かるのですが、この例からは同様に2準位系で、中平氏が主張をする「反例」が作れてしまいます。この2準位系での「反例」は後で具体的に詳しく述べます。中平氏の「論理的な穴3」という主張を信じれば、量子状態トモグラフィの写像は2準位系でも単射にはならず、つまり中平氏が言うところの「量子系」が演繹されないことになります。ところが、同じ中平氏の『図式で学ぶ量子論 番外編 ~2準位系から多準位系への演繹による拡張は難しい~』という2022年8月13日の中平氏のnoteでは、下記のように書かれています。(以下引用)

(引用終了)
つまり中平氏の量子系の「定義」でも、全単射が写像に成り立っていて、そして2準位系は量子系になるというのです。これは明らかな矛盾です。
2準系での矛盾は、2022年8月16日下記のtwで直接中平氏にお伝えしていましたが、具体的な回答が全くありませんでした。

では中平氏にお答えして頂けなかった、2準位系への「中平流の反例」を具体的に構築し、考察してみます。このことで中平氏の議論の矛盾を明らかにし、その後で物理的にはどう考えるべきなのかを述べます。
まず中平氏のnoteの「論理的な穴3」の例をそのまま縮小して2準位系に書き換えていきます。アイデアは量子力学の体系の2つのコピーを作って、4次元空間に埋め込むというものです。密度行列として4次元非負行列を考え、そのうち下記の形をとる集合に制限をします。

ここで対角部分に現れる2次元非負演算子の和のトレースは1としておけば、状態としてこの4次元行列は問題ありません。

各2次元非負演算子は基底ベクトルを使って下記のように書くこともできます。

この4次元密度行列は、純粋状態の特別な場合を除いて、混合状態として以下のようにも理解できます。


つまり普通の2準位の自由度以外に、|+>、|->という余分な自由度を含んだ理論です。測定のPOVMも、中平氏の3準位系の「反例」と同様に、以下のように導入できます。ここでmは測定出力の値であり、その値の個数Mは自然数であれば何でも良いです。

この測定でmという値が得られる確率を下記で与えます。

あとは、(2)式のPOVMの集合で、1回で区別できる最大の状態数が2になるようにそのPOVMの要素を間引きます。同時識別可能な状態数が、3や4にならないように調整をするのです。これで一般確率論の意味での、2準系になることが保証されます。
それでは、この4次元モデルが2準位系の量子力学と同じ数学的体系を満たすことを確認してみましょう。まず以下の4つの射影演算子を定義します。

そして2準位スピン系でのz成分のスピンを測るシュテルン=ゲルラッハ実験に対応するような2値のPOVMを下記で定義します。これが基準測定となります。

次にこのモデルの量子状態トモグラフィが、中平氏の「論理的な穴3」の部分での定義の意味で、単射になっていないことを確認します。そのために次の2つの4次元密度行列を考えます。それぞれには2次元密度行列の混合度の確率を表す連続パラメータqが含まれています。


ところが(3)式のPOVMで測定すると、観測確率はこのqに依存せず、下記のようになります。

ですので(4)式の4次元密度行列は、2準位系の意味ではz方向のスピンがアップである「純粋状態」に当たることがわかります。同様に(5)式の行列はスピンがダウンである「純粋状態」であることが分かります。ところが元の状態は連続変数qに依存し、一意的ではないため、これが中平氏の「論理的な穴3」の文脈での単射性の破れとなります。2準位系での量子状態トモグラフィを行えば、確かに任意の2準位系の量子状態を再現して、全射を実現していますが、その「純粋状態」は元の4次元理論では混合状態なのです。ところがこれは、中平氏の別な主張である「2準位系の状態から2次元密度行列への写像は全単射であることがわかる」というのと矛盾をします。つまり中平氏の中でも2つの異なる量子力学の定義があるのだと思われます。
2022年の中平氏との議論で、この辺りはかなり時間を割いて回答をし、2準位系の状態から2次元密度行列への写像(量子状態トモグラフィ)が全単射であるという定義(立場)をとるのならば、3準位系の状態から3次元密度行列への写像も同様に全単射であるという内容の主張をしたわけですが、これに対して中平氏からの明確なご返答は現時点でも頂けておりません。
4次元モデルのような余分な自由度が、装置のエネルギーの不足のために現在の実験では観測されていない場合でも、実際に測定をされる2つの準位を量子力学の2準位系とみなせることがどのように正当化されるかも、2022年の下記ブログで既に私は述べています。
『『入門現代の量子力学』補足 - Quantum Universe』
以下引用
まず第2章の2準位スピン系の話から参りましょう。教科書では基準測定であるスピンz成分のシュテルン=ゲルラッハ(SG)実験を使って、量子力学の体系を作っています。なぜ2準位系と「みなす」かと言うと、装置から出てくるのが区別された2つの状態であるからでした。
ただ現実の物理系の実験は全てのエネルギースケールで行っているわけでもありません。例えば現在行われている高エネルギーの素粒子実験では、電子のスピンは確かに2つの状態のみを持つことと整合した結果しか得られておりません。しかし可能性として(これは深い理由があるものではなく、単なる論理的な可能性ですが)、より高いエネルギーで実験をすると実は電子スピンにはもう1つの状態がある3準位系になっていても良いわけです。もちろんそのようなことを示唆する実験も理論も現在ありませんが。
仮にそういうシナリオを考えたときに量子力学でのそのスピンの扱いはどうするかという問題があります。これに対しては2つの可能性があります。
まず第1の可能性として、SG実験で出てくる出力ビームが3本に分岐する場合があります。このときは2準位系の扱いのままで良いわけがありません。きちんと3準位系として理論を組み立て直す必要があります。
第2の可能性は非常に変わった状況ですが、基準測定としてのSG装置から出てくるビーム自体は常に2本のままという場合です。SG実験以外の測定法では新しい高エネルギー状態の寄与が観測できるのですが、元々使っていた低エネルギー領域での物理量のみを測るSG実験では、その高エネルギー状態の寄与が全く見つけられない場合です。この場合は、第2章2.1.2節のスピン期待値のベクトル性さえ満たせば、それ以降の教科書の議論はそのままその3準位系に使えるのです。つまり3準位系の低エネルギー部分に対しては、2準位系量子力学の枠組みでそのまま記述できます。そしてその量子状態を密度行列や状態ベクトルで表現することが可能なのです。高いエネルギー領域では異なる理論でも、同じ2準位系量子力学で記述できるということになります。実はこの量子力学形式の汎用性の高さが現れるのは、高エネルギー領域では異なる理論に限りません。例えば1つの2準位スピン系ならば教科書付録Gにある隠れた変数の理論でもSG実験の結果を再現しますが、この局所実在論すらも、複素ベクトルや行列を用いた2準位量子力学で書き表すことは可能なのです。様々な理論を飲み込めるこの量子力学という言語の枠組みの懐の深さは、後で見るように2準位系に限らず多準位系でも同じです。
(引用終了)
このような立場で私は2準位系を見ているので、上で述べた単射性が破れているモデルも、他の自由度が観測されない限り、2準位量子系とみなしてもよいとしています。少なくとも中平氏も、2準位系は問題なく量子系であると認められているのですから、後から出された中平氏の「論理的な穴3」の例を「反例」とするのは、論理が間違っていると私は思います。
上の単射性が破れている4次元理論でも、2次元の任意のエルミート行列に対応をする物理量の測定に関して、正しく2準位系の量子力学の数学的体系を満たすのですから、私はそれをもって、「2準位系量子力学が演繹された」としているのです、同様に3準位系でも正しく量子力学の数学的体系が演繹されていると、私は主張をしています。そして数学ではなく、物理としてきちんと実験検証ができる手順を回答しています。
本質的には教科書の内容の繰り返しになりますが、上の4次元理論で2準位系量子力学が演繹されることを確認しておきましょう。2準位ユニタリー操作は下記の行列に対応させられます。

そして下記の任意の2次元エルミート行列を考えます。

この行列に対応する物理量は下記の2値POVMで観測確率が求められます。

(6)式のエルミート行列を対角化する下記のユニタリー行列を考えて、それに対応する物理操作を4次元密度行列の状態に施し、その後でz方向のスピンに当たる基準測定をしてみましょう。

ここで(4)式と(5)式のスピンアップ状態とダウン状態に対応する4次元密度行列の場合に注目します。2次元量子状態トモグラフィを写像をみなして、これら2つの状態を下記の2次元純粋状態に対応させます。

特に(4)式の状態で(7)式のユニタリー行列の変換を考えると、

となりますが、ここで

と置くと、これはΛを変えることで任意の2次元単位複素ベクトルになれます。つまり量子重ね合わせが導かれます。4次元理論の(8)式の状態は

と書き直されますが、この状態を量子状態トモグラフィによって

と2次元の純粋状態の密度行列に対応をさせます。すると4次元理論の測定での確率は、確かに2準位系量子力学の純粋状態でのボルン則を満たします。

時間発展を考えれば、2準位系でのシュレディンガー方程式も導かれるため、確かに2準位系量子力学の数学体系を満たすことが保証をされるのです。これで私は2準位系の量子力学が「演繹された」と考えますし、また下記にまとめられている2022年の回答で3準位系の量子力学も正しく演繹されたと思っています。その意味で中平氏の批判は的外れだと今も考えています。
中平氏が考える単射性の破れを気にするべきなのは、たとえば上の4次元理論であり得る下記のPOVMを実験で実装できたときです。

これが実現すれば、4次元理論では混合状態であることが、確率を測定することで分かり、その結果として実験的に2準系量子力学ではないことが判明をします。

しかしその場合は「2準位ではなく、4準位だった」と分かるだけなので、そもそも2準位系の量子力学を演繹するという私の条件からこの時点で外れるのです。ここまでは中平氏が主張をされた「反例」への解答です。まずは「論理的な穴3」のモデルの2準系バージョンが私への反例と成り得るのかを、中平氏は答えるべきだと思います。
(補足)公開直後に中平氏から「最後の」コメントが届きました。
中平氏の主張だと、下記の内容で回答をされたつもりだそうです。


しかしこれは話になりません。そもそも「St_2≅Den_2」という前提には、もちろん上のような4次元理論があろうとも、St_2≅Den_2とみなすという前提も含まれます。ですのでSt_3≅Den_3の意味も当然St_2≅Den_2での扱いと同じ意味でなければなりません。いくらでも反例が作れるとしながら、それがこちらの意味でのSt_2≅Den_2やSt_3≅Den_3に対する反例となることも中平氏は示していません。結局こちらの言っていることを理解をされていないという状況です。
追記(2024/12/15)最終だと勝手にご自分でおっしゃっていた中平氏が、また下記のnoteを出されてました。
ただし内容的には、何も見るべき点がありませんでした。この私のnote記事の上記の内容で、今回の中平氏のnoteについても十分な回答になっていると、私は判断をします。多くの読者の方にも、上の私の説明でご理解、ご納得いただけていると思いますし、そのようなご意見も実際頂いております。
上でも引用をした彼の記事の下記の部分において、2準位系の場合には状態空間がブロッホ球と同型である前提は妥当とはっきりと書かれて、それをもとに状態空間が2次元密度行列の空間であるとご自分で主張されていることを、全く忘れられていると思われます。

何故妥当なのかについて、彼の更新されたnoteでは全く触れられていません。私の主張を認めることになるため、まるで意図的に避けられているようにも見えます。この私のnoteでも述べたように、「状態空間は2次元密度行列の空間」という主張を、物理として私自身は妥当だと考えているので、中平氏もご自身が書いた文章どおりに妥当だと思われているならば、また1つ争点は消えていると考えます。2準位系でも「『前提』を満たさない非量子論はないとは主張をしていない」と、今回中平氏は私の指摘とは関係ない主張をしています。実際には彼が言う「非量子論」は、このnoteの(9)式の対応で、物理として2準位系の量子力学と本質的に同じであるという私の指摘も全く無視されています。その「非量子論」でも、その全ての実験結果はきちんと2準位系の量子力学の体系で記述できるのです。(9)式の対応は、私の5つの前提を満たす場合に3準位系やより多準位の系でも存在します。こちらの物理学の文脈を読まずに、ご自分流に「演繹」を勝手に定義されて、「それは私の演繹と違う」と、今回も主張をされているだけと思いました。
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