一般相対論と天動説
最近マンガを原作としたTVアニメの「チ。-地球の運動について-」が最終回を迎えて、話題になっていました。
天動説から地動説へと進むときに生じた大いなる摩擦をモチーフにして、科学的な真理に命をかけた人間たちの壮大なドラマが描かれています。
現代では、ロケットによる宇宙探査で実際に地球の外に飛び出す人も増えてきました。太陽などの天体は、地球を中心にした運動をしているのではなく、地球が自転をしながら太陽の周りを公転しているという地動説を、多くの人は極自然に受け入れていると思います。
ところが、アインシュタインが提唱し、最近では重力波の観測でもその精度の高さが確認されている一般相対論の文脈では、地動説でも天動説でも良いという主張も散見されるようになりました。その理由は、次のようなことに基づいています。
一般相対論では、任意の曲がった座標系でも、物理法則の形は共通です。その法則の1つが、時空の曲がり方を記述するアインシュタイン方程式です。

またアインシュタイン方程式以外の、他の粒子や場の運動方程式の形も、どの座標系でも共通になるように、一般相対論では座標変換に対して共変的に書かれています。この立場では、太陽を中心とする座標をとっても、地球を中心とする座標をとっても、その物理法則は同じだと主張されます。図1のように、太陽を原点に置いた座標系でも、太陽の周りを回る地球をもちろん表現できます。

同じ状況を今度は、図2のように地球を座標原点にした別な座標で表現することも可能です。その場合は、太陽が地球の周りを回っています。

図1の座標系でも、図2の座標系でも、アインシュタイン方程式や物質の共変的な運動方程式から、その運動を正確に記述できるのです。ただ、この内容を正確に理解せずに、「一般相対論では、天動説でも地動説でも、どちらでも良い」という間違った主張も、ときおりされるのです。
一般相対論では、慣性系と非慣性系でその方程式の形は同じでも、その方程式の中に現れる見かけの力の具体形や、それが引き起こす物理自体は大きく違うのです。
たとえば相対論の有名な「双子のパラドックス」でも、その解決には慣性系と非慣性系の違いが使われます。図3では、地球を飛び出した太郎のロケットを、地球上の花子が見ています。太郎のロケットは強い減速と加速の両方を行って、地球に帰ってきます。その場合、地球に帰ってきた太郎の時計は、地上に居た花子の時計よりも、少ししか時間が進んでいません。走っている時計の時間はゆっくり進むからです。花子から見れば、太郎の時計は物凄い速さで運動していたので、その時計の時間の流れが遅かったのです。

ところが、図4のように、ロケットに乗った太郎から見ると、結果が異なるように思えます。花子と一緒に地球自体が、物凄い減速と加速の両方の運動をして、元に位置に戻ってくるように、太郎には見えるからです。

この観方で素朴に考えてしまうと、太郎と花子が再会したときには、花子の時計のほうが時間があまり経っていないことになって、矛盾が生じます。
実際には相対論でも、このパラドックスは起きません。太郎の時計が、花子の時計に比べて遅れるのです。その理由は、花子がいる地球の座標系が、ずっと遠心力(慣性力)はかからない慣性系だからです。一方で、ロケットを中心とした座標系は、減速したり加速したりするときに、ロケットの中の太郎は強い慣性力を感じる非慣性系なのです。相対論で計算をすると、この2つの違いはちゃんと時間の遅れに反映をします。そして、花子の時間に比べて太郎の時間のほうが、ゆっくり進むことが確定をするのです。
相対論では、どんな運動も相対的であろうから、太郎から見た花子の時計はゆっくり進むべきであると考えてしまったのが、この「双子のパラドックス」における間違いの原因なのです。つまり、相対論の法則が座標系に依らないと言っても、非慣性系で運動している物体(ロケットや太郎)に、自動的に見かけの重力である慣性力の効果も加わるようになっているだけなのです。花子の時計にはかからない、この慣性力が、太郎の時計だけを遅らせるのです。このように、物理的に観測される時間の遅れについて、慣性系と非慣性系の間では、相対的な平等性は一般相対論で実現していないのです。
ここで天動説と地動説の話にもどりましょう。図1と図2は、一般相対論でも、確かに座標系の違いに過ぎません。しかし太陽を中心とした座標系と、地球を中心にした座標系のどちらが、より慣性系に近いかという差は、物理的な効果をもたらします。正確には、地球の公転速度による特殊相対論の効果と太陽の重力ポテンシャルによる一般相対論の効果の両方を考慮する必要があるのですが、太陽と地球の場合は、重力ポテンシャルの効果が大きくて、太陽表面の時計のほうが地球上の時計よりも遅れます。(なお、地球と国際宇宙ステーション(ISS)の場合だと、重力ポテンシャルによる効果よりも、ISSの周回運動の効果が勝って、ISSのほうが地球にくらべて少しだけゆっくり時間が流れます。)ですから、一般相対論では座標によらずに相対的だからと言って、「太陽表面の時計の針のほうが速く動く」と、図2の観方から単純に主張するのは間違いです。
もちろん、太陽系全体が銀河系中心を回る運動をしているため、太陽を原点とする座標系自体も厳密な慣性系ではないですが、地球を中心とした座標系よりも、より慣性系に近いことが大事なのです。
このように考えれば、一般相対論を踏まえても、地動説と天動説は平等ではありえませんし、そして昔の天動説は相対論でも決して生き返らないことが分かるかと思います。
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