💟「食満」-地文学への招待
🎀串呂哲学研究ノート第496号
「宇治田原町天皇と皇居との神風串呂」を調査研究中、この串呂線上に、
「食満」(兵庫県尼崎市)という大変ユニークな地名(地文)が貫線していましたのでご紹介します。

🌺難読地名のひとつです。何と読むのだろうかとYahoo Japan マップで検索すると「けま」と読む事が分かりました。
食満1丁目~9丁目、上食満、中食満、下食満という地理的構成です。
串呂哲学(地文学)では「食満は食べ物が満ち足りるほどある」と解読できます。
例によって国内唯一の地名です。
南西部に隣接している「御園」は皇室をあらわします。セットで構築されていると思われます。
皇踏山城 南曲輪跡(香川県小豆郡土庄町)-食満(兵庫県尼崎市)-天皇(京都府綴喜郡宇治田原町荒木)-皇居(東京都千代田区)

ここから天皇家を始めとする皇族の方々は超裕福で想像を絶する「豊かな物資」に恵まれている!と解読でき、串呂がいかに的確であるかという証明になります。
🌺明治天皇は大酒飲みで有名でした。糖尿病が悪化し尿毒症になり最後は心臓麻痺で死亡したようです。満59歳。(暴飲暴食による生活習慣病です)

【参照】
❇️「食満(けま)」の地名の由来には諸説あり、有力なのは「農作物(毛)が多く(満)とれた場所」という意味に由来するという説が有力です。

❇️「け」は笥(け)から出て食物を意味するようです。

❇️御食つ物は、神饌のことを言います。

❇️天皇・皇族の食費(AI「Copilot」による回答)
天皇・皇族の食費が庶民と比べてどれほどだったかという点については、明確な「比率」としての統計は残されていないものの、いくつかの史料や記録から推察することは可能です。
🔶明治天皇
和食中心から洋食への移行期。フランス料理なども取り入れられた。
宮中では「天皇の料理番」秋山徳蔵が高級食材を用いて調理。
1887年の午餐会ではコンソメスープや七面鳥のローストなどが提供され、当時の庶民の食卓とは大きく異なる。
月数百円〜千円以上(高級食材・洋食)約10〜30倍
庶民の食費(推定)月10〜30円程度
🔶大正天皇
病弱だったため、消化の良い食事が中心。
洋食の割合が増え、パンやスープ、牛肉料理などが登場。
食材の質は高かったが、量や華美さは控えめだった可能性が高い。
月数百円(消化の良い洋食)約5〜15倍
庶民の食費(推定)月20〜50円程度
🔶昭和天皇(戦後)
質素な食事を好み、戦後は国民と同じような食事を心がけた。
朝食は白米・味噌汁・焼き魚など、庶民と近い内容。
ただし、調理は宮内庁料理長が担当し、食材の質や衛生管理は非常に高水準。
月100〜300円(質素な和食)約2〜5倍
庶民の食費(推定)月50〜150円程度
🔴最近投稿した人気記事
🟡神風串呂を学びましょう!
🟣情報拡散のお願い
神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。
🌷この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。
三浦芳聖師が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。
🌷串呂主宰神 天照大御神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の皇統を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。
ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!
2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。
🌷神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!
神風串呂の主宰神は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。
一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。
🟡祈り
全世界の全人類が みな健康で 元気で明るく豊かで楽しく 心安らかな毎日を過ごし、霊的向上の道を歩み、この世に生まれて来た使命を全うし、大宇宙の進化と発展に寄与させて頂いておりますことに心から感謝いたします!
出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。
著者 鈴木超世志のプロフィール
中学一年満13才の時、神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師に師事し爾来60年間、
串呂哲学(神風串呂)を研究して来た老学徒。1950年愛知県生れ74才。
串呂哲学研究家。串呂哲学研究会代表。神社本庁神主、元高校教諭。
著 書
「神風串呂入門」
「ここまで解った元伊勢伝承」
「開鏡の神風串呂-天の岩戸開きへの道」
「天照大御神の子育て 御子 三浦芳聖 の教導録 青春編」
など多数
ブログ
串呂哲学研究ノート
*******************
🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
ブ ロ グ 串呂哲学研究会
メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
*******************
いいなと思ったら応援しよう!
串呂哲学研究ノートは、読者の皆様方の財政的ご支援により活動が維持されています。理解しやすい記事作成のために諸般の費用が掛かります。今一層のご支援のほど、何卒よろしくお願いいたします。読者の皆様方のご支援に感謝しています!