💟湊川神社の神風串呂
🎀串呂哲学研究ノート 特別号
はじめに
日本の歴史において、南北朝時代は激動の時代として知られています。その中で南朝に殉じ、忠義の象徴として後世に語り継がれてきた武将が楠木正成(くすのき まさしげ)です。正成は河内国を拠点に、知略と献身をもって後醍醐天皇を支え、数々の戦で奮戦しました。特に湊川の戦いにおいて、圧倒的な幕府軍を前に敢然と立ち向かい、最後まで忠義を貫いた姿は「大楠公」と称えられ、武士道の理想像として人々の心に深く刻まれています。
その正成を祭神として祀るのが、兵庫県神戸市に鎮座する⛩️湊川神社です。明治維新後、忠義と至誠を体現した正成の精神を後世に伝えるために創建され、以来「楠公さん」と親しまれています。境内には正成の墓所があり、参拝者はその前で静かに手を合わせ、忠義の心を偲びます。⛩️湊川神社は単なる歴史的遺跡ではなく、正成の精神を現代に伝える場として、多くの人々に敬われ続けているのです。
さて、本記事で紹介する「串呂(くしろ)」とは、地名や地形を直線的に結び、その連なりから神意や歴史的真理を読み解く方法を指します。古代より極秘で伝承されてきたこの方法は、単なる地理的偶然ではなく、天地神明の啓示が地文(地名や地形)に秘められていると捉えるものです。串呂を研究することで、神々の巡行の跡や皇統の正統性を確認できるとされ、神道的な「皇霊学」の一環として位置づけられています。
「串呂(くしろ)」は、天照大神が各地を巡りながら築いた「元伊勢クシロ」に由来します。これは皇祖神の神意が地名や地形に刻まれたものとされ、ことに南朝正統の歴史を裏付ける証として解釈されてきました。串呂は「串(くし=線で結ぶ)」と「呂(みち=道筋)」の象形から成り、地名を線で結ぶことで神意を読み取る学問であり、「地名を結ぶ線上にある地文(地名や地形、神社など)神意を見出す学問」であり
つまり神風串呂は「皇祖神の巡行と南朝正統を示す聖なる道筋」として位置づけられています。本記事では、⛩️湊川神社の神風串呂のリストを紹介し、人々の祈りと歴史の響きを辿っていきます。
1、湊川神社
(みなとがわじんじゃ、神戸市中央区多聞通)
祭神は、南朝大忠臣「楠木正成公」を祀る神社で元別格官幣社。地元では「楠公(なんこう)さん」と呼ばれています。

神風串呂の守護神であると共に、祭神の楠木正成公の子孫のDNAも、婚姻を通じて三浦家に入っていますので、楠木正成公が三浦家の遠祖であることは間違いありません。
この件にご興味のある方は、こちらをご覧下さい。

三浦義勝-義利-宗正-宗明-佐久姫
楠木正成-正行-正光-正親-冬子-佐久姫
神戸市中央区多聞通に湊川神社が建立されたのは、延元元年/建武3年5月25日(1336年7月4日)、湊川の戦い「摂津国湊川(現・兵庫県神戸市中央区・兵庫区)で、九州から東上して来た足利尊氏・足利直義兄弟らの軍と、これを迎え撃った後醍醐天皇方の新田義貞・楠木正成の軍との間で行われた合戦」で、正成と正季兄弟らが刺し違えて自害した事跡によります。
『ウィキペディア(Wikipedia)』湊川の戦い
2、湊川神社の神風串呂
詳細は各リンク先でご覧下さい。





🟡神風串呂を学びましょう!
🟣情報拡散のお願い
神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。
🌷この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師が解明した神風串呂の紹介記事です。
三浦芳聖師が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。
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ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!
2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。
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神風串呂の主宰神は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。
一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。
🟡祈り
全世界の全人類が みな健康で 元気で明るく豊かで楽しく 心安らかな毎日を過ごし、霊的向上の道を歩み、この世に生まれて来た使命を全うし、大宇宙の進化と発展に寄与させて頂いておりますことに心から感謝いたします!
出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。
著者 鈴木超世志のプロフィール
中学一年満13才の時、神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師に師事し爾来60年間、
串呂哲学(神風串呂)を研究して来た老学徒。1950年愛知県生れ74才。
串呂哲学研究家。串呂哲学研究会代表。神社本庁神主、元高校教諭。
著 書
「神風串呂入門」
「ここまで解った元伊勢伝承」
「開鏡の神風串呂-天の岩戸開きへの道」
「天照大御神の子育て 御子 三浦芳聖 の教導録 青春編」
など多数
ブログ
串呂哲学研究ノート
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🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
ブ ロ グ 串呂哲学研究会
メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
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