MMT(現代貨幣理論)の死角【6】
政府と日銀は22日、急激な円安を防ぐため、円買いドル売りの為替介入を実施した。前回の論考で「為替介入するかどうかが注目されている」と指摘していた論点だったため、今回はその後の情勢をフォローしつつ、この約25年来のデフレ体質にコストプッシュ型インフレが重なっていると思われる状況、そこからスタグフレーションに発展するシナリオからいかにして脱却すべきかを円安の問題を中心に整理していきたい。なお、MMT派の主張だけでは説明しきれないといった意味で、これから述べることはやはり「死角」である。
ここ数日の情勢を概観するなかで、脱却へ向けた処方箋は、短期・中期・長期に分けて考えるのが妥当なのではないか、と思えてきた。以下、理由を添えて考えてみよう。
■短期
まさに今行っている為替介入である。日本が金融危機下にあった1998年4月以来の思い切った措置で、介入直後、一時的に1ドル145円台後半から140円台へ付けた。ただ、当初から円買いドル売りには外貨準備が必要であり、日米金利差を覆すほどの効果はないと指摘されていた。介入原資が尽きたと市場が判断すれば、金利が高いドルを買い、低い円を売るという流れに戻ってしまう可能性である。事実、その後、再び円を売ってドルを買う動きが広がり、26日には再び下落。一時的に144円台前半となった。従って、円安阻止への効果は短期的なものとして今後の推移を見守った方がよいだろう。
■中期
金利操作による日米金利差の解決策である。米国FRBが過熱するインフレ抑制をするために金利を上げて金融引き締めを実施している一方、日本銀行はいまだ金融緩和の方針を崩していない。22日の為替介入が実施される直前、黒田総裁は低金利を続けることを記者会見で述べた。ちなみに、この時点では為替介入に否定的だったが、26日になって「適切だった」と評価に転じている。
黒田総裁が2%の物価上昇目標にこだわっているのは、需要が足りないので、金融緩和で景気刺激を続ける必要があるというのが表向きの理由のようだ。デフレ体質が続いているかもしれないといった観点からは正しいが、この約10年来の金融緩和で、実体経済の投資も消費も伸びず、一部大企業の内部留保などでは貯め込む傾向がある。実質賃金も上がらなかった。苦肉の策としてマイナス金利を導入したように、流動性の罠に陥っている可能性もある。実効性の信任が揺らいでいるうえ、マネタリーベースが過去最高の状況にあって、これ以上緩和する必要性があるのか、といった疑問もある。
また、皮肉なことに、2%のインフレ率は既に達成してしまっている。問題はこれが、ウクライナ情勢やコロナ禍、円安に起因するコストプッシュ型インフレによるものであり、投資や消費が促され、実質賃金の上昇を伴うインフレではないことにある。従って本来は、金利を上げた場合と下げ続けた場合のメリット・デメリットを比較し、中期的にはスタグフレーション回避策として金利を上げることを視野に入れ、中・長期的には後述する成長戦略によって実体経済の活性化を目指し、適度で好循環なインフレ達成を確認後、あらためて金融引き締めに転じるというのが正しい方向性だろう。
メリット・デメリットの比較を単純化すると、以下のようになると思われる。
<金利を上げた場合>
・メリット:円売り、流出・円安の阻止
・デメリット:家計の住宅ローン・中小企業の融資返済を圧迫
<金利を下げたままの場合>
・メリット:家計の住宅ローン・中小企業の融資返済を圧迫しない
・デメリット:円売り、流出・円安の促進
相対的なものなので、どちらを選んでも犠牲はある。大局的にその犠牲を上回る効果が期待できれば、そちらを選択する。経済政策とはそういうものではなかろうか。金利操作だけに限って言えば、繰り返しになるが、下げたままのデメリットよりも、スタグフレーションの回避が喫緊の課題と思われるので、緊急避難的な措置として上げることを視野に入れるべき段階にあるのではないかと思う。
■中・長期
元財務官・渡辺博史氏によると、現在の円安は日米金利差だけでは説明がつかず、根本的には産業力低下などの国力弱体化が基礎にあるという(24日付・東京新聞)。
かつて、80年代後半のバブル期までの日本は、ソニーのような製造業が画期的な製品を開発して市場に供給するなど、地価や株価の高騰を割り引いても世界的な強さを発揮していた。当時の円高はプラザ合意の影響が大きいが、経済の担い手にしても中間層が牽引して内需が活性化し、文化的にも質が高いものが生み出された時代だった。
渡辺氏が指摘する通り、国力が円高を裏打ちしていたのかもしれない。逆に言えば、今にも破綻するかもしれないような国の政府・中央銀行が発行した通貨はいつ暴落するか分からず、信任が低下して売り払ってしまわれるだろう。
従って、経済政策では、GDPの大部分を占める内需を活性化させることが重要だが、既に述べたように、金融緩和の実効性が揺らいでいる。対応についても金利操作の観点から述べた。だが、これだけではIS-LM分析の観点から弱いのである。より根本的には、渡辺氏も指摘するように産業力を回復させないとならないだろう。そのためには、的確な成長戦略による財政政策を実施する必要がある。
具体的には、政府支出による公共投資と減税である。「的確な」というのは、次の三点を考えに入れるという意味である。
①限られた財源:国債は無尽蔵に発行できないと仮定(前論考参照)。税収も減税や少子高齢化を考えると限定的。
②費用対効果の高い分野に支出(謎解き統計学 | サトマイ「今後の日本の経済政策のポイント」参照)。乗数効果のシミュレーション。
③国家のグランドデザイン。
中長期的にこれらを踏まえて実施すれば、実体経済面で産業力が回復し、円高へとつながり日米金利差を解決することにつながるというシナリオである。最近、政府が決定した住民税非課税世帯への5万円給付や補助金によるガソリン価格抑制は一過性の弥縫策である。本筋は内需拡大である。
イノベーションを促して成長産業を育成すれば、消費や投資が増え、実質賃金が上昇するといった好循環なインフレ体質へと変わっていくだろう。米国FRBは現在、景気の犠牲を覚悟で利上げを継続する方針のようだが、中長期的には緩和に転じているかもしれない。好循環なインフレで2%目標を達成したら、そのときの米国金利の状況を見極めて引き締めに転じればよい。
しかし、このシナリオの大きな課題は、やはり人口動態である。バブル期の景気上昇局面と違って、現在は経済の担い手が弱含みである。かつては団塊の世代が分厚い中間層を形成し、生産面・消費面で牽引していった。その子供のジュニア世代も消費面で大きな役割を担っていた。ところが、少子高齢化が進展して人口減少社会となった現在においては、平成不況後の構造改革、アベノミクスで経済格差が拡大し、中心的な担い手が減った。相対的に年寄りが増えていき、かつてのような生産力や旺盛な消費を期待しにくいといった側面がある。
だからこそ、上記三点を踏まえることが必要なのであるが、その結果、少子高齢化による縮小均衡を是正する効果を期待できるかどうかがポイントとなるだろう。これについても、現在の政府の取り組みは弥縫策に過ぎない。的確な成長戦略の結果、かつてのように経済的見通しを抱くことができ、安心して結婚・子育てができるようにしないとならない。数字だけ見れば、結婚率を上げる必要があるし、結婚したカップルが子供を産む割合を上げ続けないとならない。合計特殊出生率を2以上キープし続けないと、日本の少子高齢化・人口減少問題は解決されない。
だが、どうだろう。日本経済のGDPの大部分は内需だからこそこの問題の解決が必要なのだが、過去の歴史から国家の盛衰を学べば、多少の効果があったとしても、基本的には無理筋の感は否めない。今後予測される人口動態は不可逆的な流れなのかもしれない。よく指摘されるように、1人あたりの労働生産性を向上させれば解決するのだろうか。否、1人あたりの消費量も増やさなければならないだろう。そうしないと、デフレが加速するばかりである。しかし、相対的に年寄りが増える中、どれだけ内需が増えるか疑わしい。生活必需品や医療・介護など、増える分野は限定されるだろう。
であれば、以前述べたように海外のメガリージョンの外需を取り込む政策や、国内にメガリージョンを育成するといった大胆な政策で、海外の若く、優秀で勢いのある人材や、技術・情報・企業などを取り込むことでイノベーションを促し、国内需要を活性化させるといった方向性も視野に入れる必要があるのではなかろうか。
