音楽家の知らない差音の話
2026年5月25日の記事(2026.5.28 更新)
現代においても、「差音(結合音の一種)」とミッシング・ファンダメンタル現象の区別がつかないのは、音楽家くらいのものだ。
「差音」について音楽家がかろうじて知っているのは、せいぜい「18世紀にタルティーニが"発見"したもので、チューニングに使われる」と、そのくらいだろうか。少し詳しければ「タルティーニ・ピッチ/ノート」という言葉を知っているかもしれない(注1)。
まず知っておきたいのは、発見者達(ゾルゲやタルティーニ)は、「差音」のことを「空気中で2つの音が起こす物理的な干渉」として、勘違いしていたということだ。「差音」の本当の発生源は、空気中にほぼ無いと考えてよい(あるにはある)。
直感をいきなり裏切る話で恐縮だが、我々の「耳」が鳴らした音を我々自身で聞いているのが「差音」と呼ばれる現象の正体だ(※)。
※ヘルムホルツのハーモニウムを使った実験以降、「楽器由来の客観的差音」の存在が主張されているが、現時点でそれを十分に支持する証拠はない。
1.30年埋もれていた若き物理学マニアの予言
1948年、一人の若者がある論文を発表した。著者はトーマス・ゴールド、まだ20代の若者だ。機械科学を専攻した一介のエンジニアであり、所属はケンブリッジ大学の動物学研究所。生理学とは完全に畑違いだった。
論文のタイトルは 「聴覚 II. 蝸牛の機能の物理的基礎」(Hearing. II. The physical basis of the action of the cochlea)。その主張は当時の生理学界には受け入れがたいものだった。
要約してみよう。聴覚は高い周波数分解能を持つことで既に知られていたが、当時の生理学界の最有力説である受動的な蝸牛(入力された音に揺らされるだけ)のモデルでその分解能を達成しようとすると、エネルギー収支が合わないことにゴールドは気が付いた(※)。体液で満ちた蝸牛に生じる粘性減衰が大きすぎたのだ。観測されていた品質係数Q(Q値、quality factor)を実現するには大きすぎる。
※実はゴールド、第二次大戦中に英国海軍のレーダー開発の設計・製造責任者を務めた経歴を持つレーダー・無線通信の専門家で、その経験と知識から違和感を懐いたようだ。(なんにせよ凄い)

図はQ=10 だが、受動的蝸牛モデルでもこの2倍である。実測値Q=60〜250というのがいかに高解像度かわかるかと思う。
この粘性減衰のせいで、受動的な蝸牛のQ値は最大でも20程度にしかならない。人間の耳を実際に測ると、Q値は60〜250もあるというのに。これは減衰に抗って、何者かがエネルギーを補給しているに違いない!という結論にゴールドは至った。
そこでゴールドが提唱したのが「再生仮説」(regeneration hypothesis)だ。蝸牛の内部には外部から電気エネルギーを供給し、減衰を打ち消す電気機械的な作用が働いているはずだ、というものである。これを現代の音楽家でも理解るように例えるならば、蝸牛は受動的なマイクではなく、例えるなら戦前普及した真空管ラジオ(再生式)である。

ゴールド自身もラジオの再生回路(regenerative circuit)を例として挙げている。再生回路とは正帰還(ポジティブ・フィードバック)を加えて感度と選択度を高めた検波回路である。蝸牛でも同様のフィードバックが働いているはずだ、というのだ。
更にゴールドは踏み込んだ言及をしている。このフィードバックが損失を上回ることで、蝸牛の特定の素子(※)は自己発振に入る。「耳鳴り」の少なくとも一部はこの自己発振だろう、と。そして「もし耳鳴りが実際の機械的振動によるものであれば、音響エネルギーの一部が外部へ放射されるはずだ。高感度の計測器であればこれを検出し、機械的起源を証明できるだろう。これはこの理論のほぼ決定的な証明となる」とも。
実はゴールド、当時それを自分で確かめようとして挫折している。マイクの感度が足りなかったのだ。
※ 当時ゴールドは基底膜の各部位が振動すると考えており、その自己発振がリンギングを起こすと考えたらしい。リンギングとはワイングラスを濡れた指でなぞるとグラスが自己持続的に振動し続けるといった現象のこと。ギターやピアノのサスティンもこれと同じ原理。なお、ゴールドのこの予測は残念ながら外れており、実際には蝸牛内の外有毛細胞がアクティブ・アンプの役目をしていたことが後に判明する。そのことが特定されたのは、1980年代以降の話となる。
ゴールドの論文が書かれた1940年代もそうだが、20世紀中葉の聴覚に関する生理学を支配していたのは、ゲオルグ・フォン・ベケシーの受動的な蝸牛モデルだった。ベケシーは1961年にノーベル賞も受賞するレベルの権威である。彼が観察したのは人間も含む哺乳類の解剖用死体の蝸牛だった。ところが組織が死んでいては外有毛細胞は自発的に振動しない。ゴールドの説は当時の生理学のスタンダードな研究手法からでは見過ごされて当然のものだった。
──30年後。
1978年、ロンドンの耳鼻咽頭科医院併設の研究所に勤務していた英国の物理学者デービッド・ケンプ(David Kemp)が高感度マイクを耳道に挿入(!)し、蝸牛が刺激に反応して音を外部へ逆放射する「耳音響放射」現象を実測することに成功する。ゴールドが1948年に設計し、感度不足で失敗したその実験を、30年後にケンプが成し遂げた。
ゴールドの「再生仮説」は完全に正しかったことが証明される。耳は受動的なマイクではなく、能動的に音を鳴らす器官だった。"畑違いから来たポッと出の若い物理学マニア"の「世迷言」が、ノーベル賞受賞者の権威をひっくり返したのだ。このジャイアント・キリングは小説や映画になっていてもおかしくないほどに劇的ではないか。
この「差音」にまつわる話は、ゴールドの後の業績があまりに凄すぎて霞んでしまっているようにも見えるが、当時の生理学の無反応がゴールドを落胆させ、天体物理学者への道を進ませる契機となった出来事なのだと思うと、非常に感慨深い。
2.耳音響放射(OAE)とは
ケンプが実測した現象は、現在では「耳音響放射」(OAE: otoacoustic emissions)と呼ばれている。内耳にある蝸牛の外有毛細胞(OHC: outer hair cell)が能動的に振動し、外耳道に向けて音波を「逆放射」する現象だ。

OAEには大きく2種類ある。
■自発耳音響放射(SOAE: Spontaneous OAE)
外部からの音刺激なしに外有毛細胞が音を放射する現象。正常聴力を持つ人の約50〜70%(各種条件によりかなりバラつき有り)で検出され、可聴域の広い範囲にわたって検出され、成人では特に1〜2kHz付近に集中する傾向がある。
多くの人が普段このSOAEを知覚しないのは、信号が知覚できるかどうかの瀬戸際レベルであること、外部音(騒音など)によってマスキングされる(かき消される)こと、定常的な信号として"処理"(神経学・知覚心理学・認知科学的な説明が可能だろう)されている事などが要因として考えられる。信号レベルが変動しやすい人がSOAEを知覚する傾向もあるようだ。
■歪成分耳音響放射(DPOAE: Distortion Product OAE)
2つの音を同時に鳴らしたとき、歪み成分が蝸牛の中で無数に生成されて、放射される現象だ。そのうち、計測しやすさから特に注目されてきたのが二次差音(QDT)と三次差音(CDT)だ。
・二次差音(QDT: quadratic difference tone)

タルティーニが聞いた「第三の音」の正体として説明されがちなQDT。単純な「2つの音の差の周波数」( f₂ - f₁ )として説明される。2つの音が基底膜を同時に揺らすと、OHCが非線形な応答をして「2つの波の積」に相当する運動成分が生まれる(二次非線形性)。ちなみにQDTは知覚し難いことで知られ、タルティーニが聞いていたものは次に説明するCDTの方だったという説が現在では有力だ。
・三次差音(CDT: cubic difference tone)

CDTはQDTより比較的知覚しやすい。外有毛細胞は音に応じて能動的に伸縮し、基底膜の振動を増幅するが、この伸縮特性自体が非線形で、強い入力で飽和してしまう。そのため2つの音の相互作用によってQDTとは別の成分が生まれる。要するに"乗算バフ重ね掛け"から生まれるのがCDT。計算すると丁度「低い方の音の1オクターヴ上ともう一つの音の差」( 2f₁ - f₂ )の周波数で鳴る。(1オクターヴ上は周波数が2倍になる。1オクターヴ下は0.5倍)
いずれもOHCの非線形性に起源を持つ現象である。

音楽家向けに敢えて説明し直すと、純正三度(E4とG4)を鳴らした場合、C2とC4を"耳"が鳴らす(C2はQDTなので聞こえ難い)。

完全五度(C4とG4)を鳴らした場合、「第三の音」としてC3(C4の1オクターヴ下)を"耳"が鳴らす。

タルティーニが「差音」(QDT)から和声の根拠を導こうとしたり、後世で「差音」(QDT/CDT)がチューニングに応用されるようになったのも、この性質によるものだ。
3.差音とMFの区別がつかない問題
差音とミッシング・ファンダメンタル(MF)は歴史的にも混同されがちなのだが、その背景には蝸牛の非線形プロセスで生成される差音が、MFと同じ周波数の音になり得るという事実がある。
これを1967年に神経応答の観測から数値的に示したのが、アメリカの聴覚研究者・エンジニアであるゴールドシュタイン(Julius L. Goldstein)だ。彼はゴールドと同じ結論を独自に導き、蝸牛が本質的に非線形な応答をする器官であることを見抜いていた(注2)。
「差音」はただの波の干渉ではなく、蝸牛の能動的かつ非線形なプロセスそのものから生じている。タルティーニが聴いた「第三の音」は、空気中ではなく彼自身の耳の中で生まれたものだった。
差音とMFを特に音楽家が混同しがちな理由はおそらくこうだ。
■数値の一致するケースがある
例えば基音(100Hz)の倍音列(300Hz・500Hz)の2音を鳴らすと、CDT:100Hz(基音相当)が鳴る。

QDT 500Hz - 300Hz = 200Hz
この場合、紛らわしいことに「MFとして知覚される音」と「差音(CDT)として生まれる音」がたまたま同じ周波数になってしまう。そして厄介なことに、現象の説明が違っても聞こえる音高が同じなので、一見すると区別がつかない。

完全五度(純正、f₁:f₂ = 2:3)は、QDTとCDTの周波数が構造上一致する唯一の音程で、ここに更にMFが近似する。独立した発生メカニズムをもつQDT,CDT,MFの三つが交差する地点だ。

誤った説明の具体例として以下の動画を示す。音楽大学の客員教授という肩書きを持つ人物による投稿だが、おそらく差音(CDT)を知らないために、典型的な誤り(CDTとMFを同時に発生し得る状況を作り、且つMFだけに帰属する)を犯している。
【ドを鳴らしていないのにドが聞こえる「ミッシング・ファンダメンタル」】2017/11/13投稿
[藤巻浩] Hiroshi Fujimaki アニメ・映画など劇判やCM音楽の作編曲をしている藤巻浩のチャンネルです。 東京音楽大学 映画放送コース(二期卒業生) 洗足学園音楽大学 音楽・音響デザイン コース 客員教授 ヤマハ作曲本・藤巻メソッド著者
■現象自体の類似
差音とMFどちらも「入力していない低い音が聞こえる」という体験として現れる。音楽家が実感レベルで区別できないのは当然だ。
片方は空気の物理、もう片方は中枢の知覚処理、と説明されることが多いものの、見た目は似ているが、実験的には区別される異なる現象だ。音楽家が混同するのは、数値が一致する場面が多く、倍音列を鳴らすとき差音とMFが同時に発生してしまう事があり得るからだ。
これらの混同を避けるには、以下のいずれかの手段での確認が有効だ。
ヘッドホンで2音を左右別々に、完全に分けて提示する
差音と同じ周波数帯域にマスカー(ノイズ)を掛ける
上記の方法で消えるのが「差音」、MFなら聞こえる。本物の差音やMFを体験したいならば良いデモのあるサイト記事がある。
NTTコミュニケーションズのサイエンスラボ「イリュージョンフォーラム」
またMFについてはこちらの note記事にあるデモも秀逸だ。
4.耳鳴りという「内なる音」
耳音響放射(OAE)の文脈で外せないのが「耳鳴り(tinnitus)」だ。そしてここで再びゴールドの1948年の論文が燦然と輝く。
前述の通り、ゴールドは「再生仮説」を論じる中で、フィードバックが損失を上回ると素子が自己発振状態に入ることを指摘し、「耳鳴りの少なくとも一部はこの自己発振であり、常に中枢神経の障害によるものではない」と書いた。ゴールドは耳鳴りをOAEの病理形態として、すでに1948年に位置づけていたのだ。現代の研究はこれを支持しており、実際 自発耳音響放射(SOAE)は「他覚的耳鳴 / 客観的耳鳴 / objective tinnitus / 生理的な耳鳴り」などの様々に呼ばれ、耳鳴りの一形態として定着している。
もしSOAEが正常な蝸牛の能動的な振動から生じるとすれば、耳鳴りとSOAEの境界はグラデーションであり、「聞こえるSOAE」が耳鳴りだとも言える。
耳は外部の音を受け取るだけでなく、内側から常に音を発し続けている。
5.ケージの無響室での体験
ここで音楽史における有名なエピソードを振り返ってみたい。
1951年頃(正確な年は不明)、作曲家ジョン・ケージは完全な沈黙を体験するために無響室に入った。ケージ自身がその時の体験を繰り返し語っている。
ボストンに着いてから、ハーバード大学の無響室に入った。私のことを知っている人なら、この話は皆知っているだろう。私はいつもこの話をしている。とにかく、あの静寂な部屋の中で、私は二つの音を聞いた。一つは高い音、もう一つは低い音だった。その後、私は担当の技術者に、部屋はこれほど静かなのに、なぜ二つの音が聞こえたのかと尋ねた。彼は「その音を説明してみてください」と言った。私は説明した。すると彼は、「高い音はあなたの神経系が働いている音です。低い音はあなたの血液が循環している音です」と言った。
It was after I got to Boston that I went into the anechoic chamber at Harvard University. Anybody who knows me knows this story. I am constantly telling it. Anyway, in that silent room, I heard two sounds, one high and one low. Afterward I asked the engineer in charge why, if the room was so silent, I had heard two sounds. He said, 'Describe them.' I did. He said, 'The high one was your nervous system in operation. The low one was your blood in circulation.
また伝記作家デービッド・レヴィルも著書『The Roaring Silence』にてその時の事をこう記している。
重要なのは、ケージが静寂に包まれたその部屋に座った時、驚いたということだ。音が全くないどころか、彼は二つの音を聞き取ることができた。それは絶え間なく、かなり大きな音だった―絶えず鳴り響く高音と、脈打つような低音だ。ケージは、その部屋に何か不具合があるのではないかと考えた。首をかしげながら部屋を出た彼は、担当の技術者に、防音室であるはずの場所にどうして音が漏れ込んでくるのかと尋ねた。「その音を説明してください」と技術者は求めた。ケージはそれに応じた。技術者は、それらは部屋の不具合によるものではなく、彼自身の体が絶えず発している音だと告げた。高い音は神経系の響きであり、低い音は血液の循環によるものだった。
What is important is that when Cage sat down in the stillness of the chamber, he was surprised. Far from its being devoid of sound, he could hear two sounds, persistent and quite loud - a constant singing high tone and a throbbing low pulse. Cage supposed there was something wrong with the room. Puzzled, he quit the chamber and asked the engineer in charge why, if the room was soundproof, sounds were creeping in. "Describe them," the engineer demanded. Cage complied. The engineer told him they were not any fault of the chamber; they were the sounds made constantly by his own body - the high sound the ringing of his nervous system, the low noise his blood in circulation.
この体験はケージに「沈黙は存在しない」と確信させ、1952年の『4'33"』を生み出すきっかけとなったことで有名だ。
このことについてレヴィルは同著にて、複数の医師がエンジニアの説明(神経系の作動音・血液循環の音)を否定したことを記録しており、ケージが聞いたのは「耳鳴り」だった可能性を示唆している。
現在ケージが聞いた高い方の音の正体として有力な候補の一つがSOAEだ。正常な聴力を持つ成人の約50〜70%はSOAEを持っていると思われ、外部音が遮断された無響室のような環境ではそれが意識に上がりやすくなる可能性がある。
ここで時系列に注目したい。ケージが無響室を訪れたのは1951年。ゴールドが耳音響放射を予言したのは1948年。ゴールドが感度不足で拾えなかった音を、ケージは無響室の静寂の中で主観的に「聞いた」可能性がある。
6.『4'33"』の事後的な拡大解釈
「沈黙の中で環境音に気づくことを促す作品」という説明は、『4'33"』についての最も表面的な受容だ。ケージ自身もそのように語っていたが、それは説明として不完全に思える。
『4'33"』の最も肝心なところといえば、演奏者が三楽章を通じて「音を出さない」選択をとり続ける構造にある。そこに偶然は無く、意図的な反復がある。繰り返される拒絶の中で聴衆に問われるのは「環境音は音楽か」ではなく、まず「音楽上の音とは何か」「音楽とは何か」であろう(ケージは明示的にそこを問い損ねているように思う)。
『4'33"』初演時の聴衆は、制度的なコンサートホールという場において「音楽を聴く」ことに"身構え"、期待し続ける。その"身構え"や期待自体が問いの対象となるよう仕掛けられている。その結果、聴衆が外部の偶発的な音を「音楽」として聴く、などというのは分の悪い賭けあり、そちらだけ狙っていたようには思えない。ケージは無響室の経験から、聴衆が別のものを聴くのほうにも賭けていたはずだ。いずれにせよ「音楽上の音」の社会構築性さえ可視化されれば良かったのだとしたら。 ケージにとって有利な賭けだ。
ところでケージは耳音響放射(OAE)を想定していない。しかしその観点を持ち込めば、『4'33"』に対する上記の読みを生理学から補強できたはずだ。社会的に構築された「音楽上の音」が"おあずけ"された状態の沈黙の中、聴衆(のうち約50%~70%程度)が遭遇するのは文化以前の、制度以前の音(SOAE)だ。入力がなくても発振し続ける蝸牛が、耳道を自ら生産した微細な音で満たす。外部の沈黙が深まるほど、聴衆はその音に近づいて行く。「音楽上の音とは何か」という問いに対して、社会と生理の両面から迫る可能性を得る。「聴覚器官それ自体が音を発する」という事実は、ケージの問いが掘りっぱなしにした穴の奥底に、当時誰も知らない答えとしてひっそりとあったのだ。
実はOAEを音楽に活用した人物がケージの後継にいた!マリアンヌ・エメシェール(Maryanne Amacher, 1938–2009)である。時系列を確認しておくと、
ゴールドが「耳は音を外部へ放射するはず」と論文に書いた1948年
ケージが無響室でSOAEらしき音を聴いた1951年
エメシェールはOAEのことを「耳音(ear tones)」と呼び、蝸牛そのものを楽器として扱おうとする試みを1970年代に既に始めていた
ケンプがOAEを実証したのが1978年
エメシェールは1992年にケンプとゴールドの研究を知り、自分が20年近く直感で扱ってきた現象に科学的な名前があったことを知る。ケージは無響室での偶然の体験を、哲学的な問いへと昇華させた。エメシェールは同じ現象を、意図的に作曲に組み込んだ。偶然と意図、直感と言語化、ケージとエメシェールの二人の軌跡は同じ生理学上の事実をめぐって交差しているところが興味深い。
勿論、これは事後的解釈であり、「ケージがOAEを知っていた」などと主張したい訳ではない。しかしそこが重要な点で、「沈黙は存在しない」というケージの思想は、彼が意図した以上の生理学的根拠を、後になって獲得した。このことは「作品は作者の意図しないところまで届く」ということをポジティブに捉えることのできる好例に思う。
7.演繹、演繹、演繹
この日本では度々「音楽理論」要・不要論争が再燃するのだが、その度に「理論など不要という人は、演繹をしない人だ」という知人の言葉を思い出す。そう、確かにそれは演繹という道を閉ざす態度だ。
タルティーニ、ゴールド、ケージ、この三者は時代も分野も異なるが、それぞれ「そこに何かがあるはず」という確信から演繹に着手した点で共通している。タルティーニは差音から和声理論を演繹しようとしたし、ゴールドはエネルギー収支から蝸牛の能動性を演繹し、ケージは無響室で偶然に体験した音から沈黙の不可能性を演繹した。
その結果、タルティーニは論証に失敗して哲学に辿り着き、ゴールドの蒔いた種子は30年後にケンプによって芽吹いたが、ゴールド自身は天体物理学の道を進んだ。ケージはその生涯で無響室の体験の正体を知ることはなかったが、彼の作品は「音楽」を確実に拡げた。
本記事で見てきた「差音」の正体、発生源が耳の中にあったという事実は、実は協和・不協和(の知覚)という西洋音楽理論史の一大テーマを考えるとき、無視できないものなのだ。なぜならば、空気中で観測された2音が純正音程ではなかったとして(例えば平均律等)、それでも私たちの耳が純正の音を作り出し「聞いている可能性」が出てくるからだ。協和とは何か、協和感とは何か、という問いにそれは直結し、また新たな演繹の種子ともなろう。
種子は、蒔いた者が預かり知らぬ処で芽吹く
といったところだろうか。
脚注
注1:「差音」発見については、独のオルガニストであるゾルゲの1745年のほうが、タルティーニの1754年の出版より9年早い。ただしタルティーニは1714年に既に差音を聴いていたと主張してはいる。なおヘルムホルツ(1863)はタルティーニが「差音」を一貫して1オクターブ高く見積もっていたと指摘している。
タルティーニはこの差音に基づいて和声理論を構築しようとしたが、実験の不正確さ、短三和音における原理的な破綻、当時の科学的水準に達しない論証など、多くの問題を抱えて頓挫した。晩年は啓蒙主義の科学では音楽を説明できないという批判へ転じており、自然主義に留まり破綻したラモーよりも、ある意味まともな撤退をした人物だったと言えよう。

「正確に協和させた2音を持続させると、第3の音(差音)が明確に聞こえるであろう。それは下に塗りつぶした音符で示した音高のものになる」
リチャード・F・ライオン(Dick Lyon)は著書『Human and Machine Hearing』(2017)の冒頭(Figure 1.4)でタルティーニの1754年の図版を「聴覚における非線形効果を認識した最も初期の事例のひとつ」として引用している。
注2:リチャード・F・ライオンの蝸牛モデル「高速圧縮特性を有する非対称共振器の数珠つなぎ(CARFAC: Cascade of Asymmetric Resonators with Fast-Acting Compression)」は、外有毛細胞の伝達特性のわずかな非対称な歪みがQDTを生成し、その成分がミッシング・ファンダメンタル(MF)の周波数と一致し得ることを数値的に示している。差音とMFは物理的に近接した現象である可能性がある。
主要参考文献
Richard F. Lyon(Dick Lyon)『Human and Machine Hearing: Extracting Meaning from Sound』(2017)
D. T. Kemp「Stimulated Acoustic Emissions from Within the Human Auditory System」 (1978)
David Revill『The Roaring Silence: John Cage: A Life』(Arcade Publishing, 1992) Amazonで買える。電子あり
Maryanne Amacher(マリアンヌ・エメシェール / アマシェ / アマッチャー)については下記note記事がかなり詳しい。それにしても日本語圏での名前の表記の揺れが激しい。
