言葉が生きる場所
最近なんとなく読み返した『ヒカルの碁』。
囲碁は人生の縮図だと言われるけれど、たしかにそうかもしれない。
大局を見ること。
選ぶこと。
捨てること。
盤面の中に、そういう迷いがそのままある気がします。
長三郎 さん
【右上スミ小目!】囲碁と人生の共通する法則6選
我が家の息子が囲碁に夢中だった頃、
学校の自由研究で「囲碁由来の言葉」を調べていた。
「布石」「一石二鳥」「角を打つ」
日常の中に、囲碁の言葉が紛れ込んでいるのが面白かったみたいです。
ある日、サッカーで「ハンディ欲しい?」と聞かれて
「6目半ほしい」と返してしまい、誰にも通じず帰ってきたことがある。
そのときは少し落ち込んでいました。
それからしばらくして、囲碁部に入部。
新入生歓迎会でバスケをすることになったとき、
また同じように「ハンディ6目半お願いします」と言った。
今度は、少し笑いながら「いいよ、負けないから」と返ってきた。
通じなかった言葉が、通じる場所に変わる。
それだけのことなのに、息子はとても嬉しそうだった。
言葉って、意味じゃなくて、
同じ時間を過ごした人の中でだけ生きるものなのかもしれない。
⏬️音声でも。
⏬️曲にしてみました。
