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血みどろの抗争という嘘。アディダスとプーマを分けた二つの靴哲学#PR


1. マフィア映画よりリアルで、胃が痛くなる家族の真実

「アディダス」と「プーマ」。 ドイツが生んだこの世界的スポーツブランドの誕生秘話について、「ひとつの町を真っ二つに引き裂いた、血みどろの兄弟抗争」というマフィア映画のような都市伝説を聞いたことがある読者も多いだろう。

だが、大人の男たちよ。メディアが面白おかしく盛ったドラマをそのまま信じるのはやめにしよう。真実はもっと泥臭く、そして我々40代のビジネスマンにとって「胃が痛くなるほどリアル」なものだ。

1920年代、ドイツのヘルツォーゲンアウラッハという町で、兄ルドルフと弟アドルフの「ダスラー兄弟」が靴工房を立ち上げた。無口な天才職人の弟と、社交的で売り込みに長けた営業マンの兄。最初は最強のコンビだったが、ビジネスの主導権争い、さらには「妻同士の強烈な不仲」という典型的な家族経営のトラブルによって、少しずつ修復不可能な亀裂が入っていったのである。

引用:ENTER THE STAGE

2. 防空壕の失言が生んだ「首曲がりの町」

決定的だったのは、第二次世界大戦中の些細なすれ違いだ。 連合軍の空襲から防空壕に逃げ込んだ際、弟が吐き捨てた「またあいつらが来やがった」という言葉。これは敵軍の爆撃機に向けたものだったと言われているが、後から壕に入ってきた兄一家は「自分たちのことを言われた」と致命的な誤解をしてしまう。真相は定かではないが、これが決定打となり兄弟の信頼は完全に崩壊した。

戦後、決裂した兄弟は川を挟んで、兄が「プーマ」を、弟が自身の愛称と名字から「アディダス」を設立した。 ここからが本当に恐ろしい。町の住人は事実上、二つの企業に分断された。「就職先=どちらの派閥か」であり、すれ違う時にはまず相手の足元を見て、どちらのブランドを履いているかを確認してから挨拶の態度を決めるようになった。 当時のこの町についた異名が「首曲がりの町」である。現代の「Apple派か、Android派か」などという生易しいものではない、生活と人生を賭けた分断劇だ。

3. 究極のウンチク。「設計のアディダス」と「体感のプーマ」

しかし、この兄弟喧嘩が現代の我々に残した最大の遺産は、町を二分した歴史そのものではない。兄弟の相反する性格が、そのまま「全く異なる二つの設計思想」として現代のスニーカーに受け継がれていることだ。

  • アディダス(弟・アドルフの思想): 職人肌の弟が求めたのは「アスリートのための工学」だ。足のブレを抑え、力を効率よく伝えるための構造と安定性を重視。BOOSTフォームやトルションシステムなど、すべてがデータとシステムに基づいた「理系・エンジニアリングの靴」である。

  • プーマ(兄・ルドルフの思想): 営業肌の兄が求めたのは「速さと感覚のためのデザイン」だ。余計なものを削ぎ落とし、履いた瞬間に直感的に「速い」と感じさせるフィーリングを重視。足の自由度を残した「体育会系・スピード体感の靴」である。

同じ血を分けた兄弟でありながら、アディダスは「どうすれば合理的に勝てるか」という設計思想を貫き、プーマは「どうすれば速く感じるか」という体感思想を貫いた。(もちろん現代では両社とも高度に進化し、互いの領域をカバーし合っているが、この根本的な思想の差は、今なお名作スニーカーの端々に色濃く残っている。)

4. 兄弟のDNA。あなたはどちらの「思想」を履くか

あなたの下駄箱には今、どちらの靴が並んでいるだろうか。

現代の私たちは、その日の気分で自由にスニーカーを履き替えることができる。だが、この「首曲がりの町」の歴史を知ってしまったあなたは、もうただのデザインや流行で靴を選ぶことはできないはずだ。

スリーストライプス(3本線)を選ぶか、プーマラインを選ぶか。 それは、徹底して論理と構造を信じる「職人(弟)」の生き様を選ぶか、直感とスピードで世界を切り拓く「営業マン(兄)」の生き様を選ぶかという、ビジネスマンとしての究極の二者択一である。

そして忘れてはならない。この相反する二つの思想は、もともと「一つの小さな靴工房」から生まれたものだということを。

さあ、明日の朝、あなたはどちらの「思想」の紐を結び、玄関を出るだろうか。


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