妻のワッフルメーカーを破壊した男の執念。NIKEの原点は「台所の狂気」にあった#PR
1. 「巨大資本の歴史」から「人間の狂気」へ
これまで我々は、Keds、アサヒ、コンバース、そしてパラディウムと、スニーカーが「巨大なゴム・タイヤ産業の結晶」であることを語ってきた。過酷な環境を制覇するための、重工業の歴史だ。 しかし、スニーカー史にはもう一つの側面がある。それは、巨大資本ではなく、勝利に取り憑かれた一人の男の「狂気とDIY」が生み出したイノベーションの歴史だ。
今回から始まる新章の主役は、泣く子も黙る世界最大のスポーツブランド「NIKE(ナイキ)」。 しかし、その原点は、最新鋭の研究室でもシリコンバレーのオフィスでもない。とある田舎町の「台所のワッフルメーカー」だった。
2. オニツカを売ったビジネスマンと、靴を解体する鬼コーチ
ナイキの創業エピソードとして、「スタンフォード大を出た若きフィル・ナイトが、日本のオニツカタイガー(現アシックス)の高品質な靴に目をつけ、アメリカで輸入販売を始めた」という話は有名だ。ビジネス書にもよく載っている。
だが、ナイキというブランドが世界をひっくり返した真のブレイクスルーは、ビジネスの天才・ナイトが起こしたものではない。もう一人の共同創設者であり、オレゴン大学の伝説的な陸上コーチ、ビル・バウワーマンの「執念」が生み出したものだ。

バウワーマンは、選手のタイムを1秒でも縮めることに憑りつかれた鬼コーチだった。彼は市販のスパイクシューズを買い集めては、自らペンチで解体し、少しでも軽くしようと部品を剥ぎ取って再構築するような「マッドサイエンティスト」だったのだ。
3. 1971年の朝。ワッフルメーカーにゴムを流し込む
1971年。陸上競技場のトラックが、土から全天候型のウレタン素材へと変わり始めていた時代。 バウワーマンは「重い金属のスパイクピンがなくても、新しいトラックに強烈にグリップする、軽くてクッション性のあるソール」を渇望していた。
ある日曜日の朝。妻のバーバラが、朝食にワッフルを焼いていた。 パカッと開いたワッフルメーカーの「格子状の凹凸パターン」を見た瞬間、バウワーマンの脳内に電流が走る。「この凹凸を裏返してゴムで作れば、金属ピンに代わる最強の突起になるのではないか?」
彼は陸上バカのスイッチが入り、あろうことか、妻が大切にしていたそのワッフル焼き機に、液状のウレタンゴムを直接流し込んで焼き上げたのだ。 結果、ゴムは金属にべったりと張り付き、ワッフルメーカーは無残に破壊された。妻にはこってりと絞られたが、彼の手に残ったその「ゴムの塊」こそが、のちに世界のスポーツシューズの概念を根底から覆す「ワッフルソール」の原型となったのである。
4. 綺麗なオフィスからは、イノベーションは生まれない
ナイキの初期の名作、「ワッフルトレーナー」や「デイブレイク」の裏側を見てほしい。四角いブロックが規則正しく並んだそのソールは、紛れもなく「朝食のワッフル」の形をしている。

現代のスポーツシューズは、スーパーコンピューターによる3D解析で設計されているかもしれない。だが、その進化の扉をこじ開けたのは、選手の勝利を願うあまり、妻の調理器具を破壊してまで実験を強行した「一人の男の泥臭い狂気」だった。 イノベーションとは、得てしてそういう非常識な熱量から生まれるものだ。
5. 現代の足元に「執念のワッフル」を装備しろ
今、街を見渡せば、ハイテク素材に身を包んだスニーカーが溢れている。もちろんそれも素晴らしい。 だが、40代の成熟した男なら、休日の足元にナイキのクラシックな「ワッフルソール」の靴をあえて選んでみてはどうだろうか。
カフェで足を組んだ時、チラリと見えるその四角いパターンのソール。 「俺の足元には、妻に怒られながら台所で焼き上げた、バウワーマンの執念が張り付いている」。
この極上の人間ドラマを胸に秘めて歩く。それだけで、いつもの街の景色が少しだけ違って見えてくるはずだ。靴を選ぶということは、その裏側にある「狂気と歴史」を身に纏うということなのだから。
