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【創作大賞2026】台所でせかいをつなぐ 第44話 妙蓮寺駅 踏切の音

第44話 妙蓮寺駅 踏切の音
1 帰り道、わかるの?

哲郎は、妙蓮寺に土地勘があるわけではない。
かつて住んだ妙蓮寺ニューキャッスルのことを話したこともない。
それでも、いつも通り、先導役をしてくれる。

もし哲郎がいなかったら、駅前のおでん屋と唐揚げ屋だけ見て、満足して帰ってしまっただろう。

半世紀ぶりに来たというのに。

優秀なタイムキーパーに、頼っている。

まだ、たったひとつの信号機。

「帰り道、わかるの?」

その言葉で、意識が過去から現在に戻る。

哲郎はちらっと時計を見て、スマホのナビをセットしていた。

駅から妙蓮寺ニューキャッスルへの、唯一の信号機。

なぜ、もっと早くこの「ぐるぐるぽんちき」を認識しなかったのか。

迷って迷って、ひとつの答えを出すための道具
――「ぐるぐるぽんちき」

学区外にとびだすための、
ひとり合言葉。

信号機が、パカパカと、青い点滅を始めた。

渡り終えて、振り返ると、
妙蓮寺キャッスル前の三角公園が、木々の光に埋もれていた。


2 石ころのように

「かえりみち、わかるの」

同じセリフの哲郎の声で、われにかえった。

行きとはちがう道を通る。

「妙蓮寺への道は、百通りあって、どれを選んでも迷わない」

「ぐるぐるぽんちきの信号」を渡って、響香はそう言った。

自分の中から出た言葉なのに、不思議だった。

──百通りあって、どれを選んでも、まよわない。

「それって、どういうこと?」

自分でも、なんでそんなふうに言ったのか、ちょっとだけ首をかしげた。

哲郎のあとを、小走りに五歩すすむ。

細いコンクリートの、ゆるやかな階段に向かって。

「こっちでいいの?」

「大丈夫。そっちでも」

──六つ、七つの自分が、この中にいるのだから。

そう言いきかせるように、哲郎にこたえた。

ぐるぐるぽんちきとよんだ信号は、背中のむこう。
目の前には、小さな階段。

その階段を降り切らないうちに、気づいた。

響香が「まよわない」と言った理由。

この、方向音痴の響香でも、妙蓮寺へは絶対まよわない。

妙蓮寺への行き方も、百通り。

それも、わりと本当。

あみだくじのような細い道。

そのどれを選んでも、最後は妙蓮寺。

だいじょうぶだ。

足のつま先を見る。

大丈夫とわかって、あたりを見まわす。

──過不足なくという、美しさ。

ここには、ずっとそんな美しさが息づいていた。

五十年前は、日本中どこも、こんな風景だったと思っていた。

でも、ちがった。

この美しさは、ここにしかなかったんだ。

「こっちを、ひだり?」とまた哲郎。

「だいじょうぶ。この道は、ひとりでよく歩いた道」

もしかしたら、誰かと歩くのは、響香ははじめてかもしれない。

母とは、ちがう道を通って帰ってきたから。

足に少しだけ、力が入る。

それで、自分たちが最短コースから少し外れているのがわかる。

──そう、くだればいいのだ。

石ころのように、くだればいい。

一番下にあるのが、妙蓮寺。

水のながれとなれば、いつのまにか妙蓮寺の井戸だ。

ぐるぐるぽんちきの信号は、ふりかえたって、見えはしない。

それでも、聞こえるはずもないのに、カンカンという踏切の音がする方角だけは、なぜかわかる。

あっちに行けば、犬に会える。

こっちに行けば、○○印のコンクリート。
凹凸で目を閉じても歩ける──白杖の人の道。

木々の緑も正直だ。
コンクリート塀の上から高く姿を見せる木々。南側だけ、どれも青緑の葉をつけている。
みかんがみずみずしく色づき、光を受けている。

三世代が住んでいそうな一軒家の新聞受けの上に、かつて、牛乳瓶があった記憶。
それでも庭の木々が、住民の健在を告げる。

田園調布にありそうな、ガレージつきの一戸建て。
ステンレスの格子越しに、高級車が光を反射している。

高級ガレージの斜め向かいには、
階段であがる二階建てのアパート。

その隙間には、世話の行き届いた鉢植えの花。
──五十年前にも、あそこにあった気がする。

外階段のかたちは、そのまま。
それだけでも胸に飛びこんでくるのに、
そのすべてが、まるで築二、三年ほどに見える。

錯覚だ。

壁だけを知らん顔で塗りかえて、「新築よ」とでも言いたげに、静かに立っている。

いろんな人が、この狭い空間で、十勝農家一軒分くらいの広さで、寄り添って暮らしている。

誰もが、あの鉢や、あの庭で、四季を感じて、ちゃんと暮らしている。

──この道は、住んでいる人たちの道。

本当は、通るのも、少しあつかましいのかもしれない。

でも、五十年前のよしみで。

少しだけ、たのしませてもらって。

ふたりは、妙蓮寺にたどり着いた。

妙蓮寺の井戸は、変わらず水を湧かしていた。

そこに、言葉はいらなかった。



境内の静けさを抜けたとたん、赤色の点滅とともに、踏切の遮断機が下りて、カンカンと信号が鳴った。




おでんを抱えた響香と哲郎をのせた電車は、静かに妙蓮寺の次の菊名を過ぎていった。

◇◇

この話は連載です。

次話 
第45話 「赤プリって?記憶の花壇」へ つづく



この物語はフィクションです。
実在の場所をモデルにしていますが、作者の記憶や想像をもとに創作したものです。
登場する地名・名称などは実在のものとは関係ありません。


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