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巨大な国家的ギャンブルだった!? 一億の国民によって、薄められた「国民総懺悔」 堀田江理・著 『1941 決意なき開戦』

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翔平:奈美さん、今日はね、日本の歴史、特に太平洋戦争の開戦に至るまでの日本の意思決定について深く掘り下げた本を紹介したいんだ。堀田江理さんの『1941 決意なき開戦』という本だよ。

奈美:へぇ、タイトルがすごく印象的ね。「決意なき開戦」ってどういう意味?

翔平:そうだよね。この本は、一般的に言われる「日本は追い込まれて仕方なく戦争を始めた」とか「一部の軍人によって無理やり開戦させられた」といった見方に対して、「日本は意識的に戦争を選んだ」という新しい視点を提示しているんだ。

奈美:意識的に、か。ちょっと意外に聞こえるわね。私たちが学校で習ったのとは違う感じ。

翔平:うん。この本の大きなテーマは、開戦が「圧倒的決定権を持つ独裁者の下で発生したのではなく、いくつもの連絡会議や御前会議を経て下された、軍部と民間の指導者たちの間で行われた共同作業だった」ということなんだ。だから、決して「自然発生的にでき上がったもの」ではないと強調しているんだよ。

奈美:じゃあ、どんなプロセスでその「共同作業」が進んでいったの?

翔平:それがすごく複雑なんだ。この本によると、当時の日本の政策決定過程は「信じ難い煩雑さと矛盾」に満ちていたらしい。ほとんどの指導者は「帰属組織への忠誠心や個人的な事情から、表立った衝突を避ける傾向にあった」ため、自分の持論をはっきり言わずに遠回しな発言をしたり、「時、場所、場合によって、開戦派にも避戦派にもなり得る」ような矛盾した行動をとったりすることが常習的に行われていたんだ。

奈美:うーん、なんだかもどかしいわね。特に誰が悪いとか、はっきりしない感じ?

翔平:まさにその通りだ。ソースでも「責任の所在やその境界線が曖昧で、さらにその責任が、複数の人々や組織によって薄められたこのような場合、誰が一番悪かった、というような話はそう簡単ではない」と書かれている。

奈美:軍部の影響力は大きかったのよね?

翔平:うん。特に「幕僚」と呼ばれる中堅軍人たちの役割が、政策決定においてますます強大になっていくんだ。彼らは「上の者への助言という名の下に、自分たちの思い通りに開戦に繋がるシナリオを描き、それを実現することに躍起になっている」者もいた、とされているね。例えば、陸軍省の石井秋穂は戦後、「わしらはね、こんなばか者だけどね、わしらは真っ先に第一弾をやればそれは大切な国策になるんですな」と回想していて、「正直に申せばね……侵略思想があったんですね」と認めているんだ。

奈美:ええ…そんな考え方だったのね。でも、国力が全然足りないってことは分かってたんじゃないの?アメリカの生産力との差とか。

翔平:もちろん、分かっていたんだ。例えば、総力戦研究所で、仮想の内閣がシミュレーションを行った際、「アメリカと戦えば、日本にどうしても勝ち目のない戦争だ」という結論が出ていたんだ。陸軍省でも、日本の重工業産業力がアメリカの20分の1にしか及ばないという報告があったりした。 しかし、当時の東條陸相は、この報告を聞いても「これはあくまでも机上の演習でありまして、実際の戦争というものは、君たちの考えているようなものではない」と、いわば精神論でそれを退けたんだ。日露戦争の成功体験や、「意外裡なこと」つまり予測できない幸運が勝利に繋がるという、「ギャンブラーズハイ」のような心理状態もあったようだ。

奈美:「ギャンブラーズハイ」…なんだか恐ろしいわ。冷静な判断ができなくなっていたってこと?

翔平:そうだね。本の中では、日本の開戦決定は「巨大な国家的ギャンブルとして理解されるのが、最もわかりやすい」と書かれている。そして、この「賭け」に抗うのが困難だった理由の一つに、「心の内にいかなる疑問を抱いていたとしても、公の場で決定的に戦争回避を訴えることはしなかった」指導者たちの傾向があるんだ。例えば、松岡洋右外相は、日ソ中立条約締結で「得意の絶頂期」にあったんだけど、その直後にアメリカから提示された「諒解案」に対しては、「米国の悪意七分善意三分と解する」と拒否し、交渉を妨害してしまったんだ。彼自身は非常にアメリカを理解していると自負していたにもかかわらず、その「多感な成長期の、個人的体験によって形成された、米国民性に対する大きな思い込みが、致命的に松岡の外交視野を狭めていた」と指摘されている。

奈美:そうだったわね、松岡さん。でも、天皇陛下はどうだったの?戦争を止められなかったの?

翔平:天皇は、一貫して平和を望んでいたとされているよ。特に9月6日の御前会議で、戦争準備の期限が設定された際、天皇は陸海軍のトップに戦争がどれだけ続くのかと問い詰め、杉山参謀総長が「南洋方面だけは3ヶ月位にて片付けるつもりであります」と答えたことに対し、日中戦争が長引いたことを引き合いに出して矛盾を指摘したんだ。さらに、尊敬する祖父、明治天皇の平和を願う「四方の海みな同胞と思ふ世になどあだ波の立ちさわぐらむ」という「御製」を朗読して、開戦回避の願いを間接的に示したんだ。ただ、天皇は「立憲国の君主としては、政府と統帥部との一致した意見は認めなければならぬ」という立場だった。もし拒否すれば、東條のような強硬派が辞職し、「大きなクーデタが起り、却て滅茶苦茶な戦争論が支配的になる」と危惧していたんだ。だから、天皇の抵抗は「奇妙で自己憐憫に満ちた、あくまでも受動的な抵抗に留まった」とされているね。

奈美:なるほど…当時の複雑な状況がよく分かるわ。それにしても、戦後の「国民総懺悔」っていうのは、その辺の責任の曖昧さから来てるのね。

翔平:まさにその通りだ。戦後、「開戦はすべての国民の責任だった」という「国民総懺悔」という考え方が広まったんだけど、著者はこれを「ほぼ『誰も悪くなかった』と主張するのに等しい」と批判しているんだ。少数の指導者たちが、その複雑な意思決定プロセスの中で戦争を選んだ責任が、「一億の国民によって、薄められた」と分析しているよ。

奈美:すごく深くて、考えさせられる本ね。どうしてこんなにも日本の歴史を詳しく説明してくれるんだろう?

翔平:この本の作者である堀田江理さんは、アメリカで教育を受けていて、「アメリカ人にとって、過去70年以上にわたり、真珠湾攻撃は、日本人の想像を絶するほど大きな歴史的、愛国的シンボルとしての役割を担ってきた」という背景があるんだ。だから、「日本の視点からわかりやすく説明したい」という強い思いがあったんだよ。同時に、日本人にとっても、開戦の経緯や指導者たちの実態について、「歴史理解に根ざした意見を持っている日本人は、少数派なのではないか」という問題意識も持っているんだ。

奈美:なるほどね!だから、こんなにも詳細に、そして多角的に当時の状況を描いているのね。本当に勉強になったわ、翔平くん!ありがとう!

翔平:どういたしまして、奈美さん。興味を持ってもらえて嬉しいよ。ぜひ、読んでみてほしいな。

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