「あ、大丈夫です」と言った僕へ。――電車で席を譲られることを、受け入れられなかった日のこと。
プロローグ:復職初日の朝
2026年5月のある日。
僕はついに、職場復帰の第一歩を踏み出しました。
自宅を出て、慣れ親しんだ駅のホームに立つ。右手には一本の杖。背中にはいつものリュック。
以前の僕なら、何も考えずに人混みを縫うように歩き、空いているスペースへ滑り込んでいたはずです。
しかし頸髄損傷を負った今の僕にとって、「通勤」というタスクは緻密な戦略を必要とする高難度のサバイバルへと変貌していました。
都心部の混み合う電車に乗り込んだ瞬間、目の前の席に座っていた方がスッと腰を浮かせ、こちらに目配せをしてくれました。
「あ、大丈夫です」
口から出た言葉は、それだけでした。
第1章:なぜ断ったのか
断った理由を、正直に書き留めておこうと思います。
一つ目は、場所の問題でした。
席を譲ってくれようとしたのは、僕が乗り込んだドアの近くの優先席付近に座っていた少し上の年齢と思われる方でした。
その瞬間、僕の頭に最初に浮かんだのは「この方も、何か事情があるのではないか」という忖度でした。
外見からは分からない障害がある人は、世の中にたくさんいます。僕自身がそうであるように。
もしかしたら、腰を上げてくれたその方も、実は膝が悪いのかもしれない。内臓疾患があるのかもしれない。「私より、あなたの方が大変そうだ」という善意で立ち上がってくれた人を、実は僕より大変な状況に追いやってしまうのではないか。
そう思うと、素直に「ありがとうございます」とは言えませんでした。
二つ目は、入れ替わりの「ぎこちなさ」が嫌だったからです。
席を譲ってもらうという行為は、一瞬のことのようで、実はお互いにとってなかなか面倒な動作です。
相手が腰を上げる。僕が「すみません」と言いながら近づく。相手が横にずれる。僕が杖を持ち替えながら座る。
その数秒間の「ぎこちない儀式」が、自分にも相手にも余計な負担をかける気がしていました。
「少しの乗車時間なら、立っていられる」という根拠のない自信もありました。
でも本当のことを言えば、もう一つ理由があります。
俊敏に動けた頃の自分に、まだなりたかったんだと思います。
かつての僕なら、混んだ電車の中でも、人の流れを読みながら軽やかに立ち位置を変えていた。
「席を譲ってもらわなければならない人間」になってしまうことへの抵抗。
働き盛りの年齢で、見知らぬ誰かに「助けてもらう側」として定義されることへの、変なプライド。
「大丈夫です」と言い切ってしまえば、少なくともその瞬間だけは、まだ「普通の人」でいられる気がしたのです。
三つの理由が重なって、口から出たのは「あ、大丈夫です」でした。

第2章:後悔は、2駅後にやってきた
ポールをしっかりと握り、踏ん張る。最初の1駅は、なんとかなっていました。
しかし2駅を過ぎた頃、踏ん張り続けていた左足が、静かに痙攣し始めました。
頸髄損傷による痙性。筋肉が勝手に突っ張り、思うようにコントロールできない。電車の揺れに合わせて踏ん張るたびに、左足が「もう限界だ」と信号を送ってきます。
さらに追い打ちをかけたのが、駅に停まるたびに繰り返される「人の入れ替わり」でした。
ドアが開くたびに、乗客の位置が変わります。新しく乗ってくる人に合わせて、僕も立ち位置を変えなければならない。
その度に、ポールを握り直し、バランスを取り直し、全身の筋肉をフル動員して踏ん張り直す。
そして何より、一度「大丈夫です」と断ってしまった以上、「やっぱりダメでした」とは言い出しにくい。
この心理的なデッドロックが、物理的な疲労以上に、僕を追い詰めていきました。
「なぜあの時、素直に座らなかったんだろう」
左足がプルプルと震える中で、僕は心の中でそう呟き続けていました。
第3章:同僚の一言が、全部をひっくり返した
職場に着いた時、僕はすでに一日の仕事を終えたかのような疲労感に包まれていました。
デスクに向かうなり、隣の同僚が声をかけてきました。
「ひさびさ、どうだった? 電車、大丈夫だった?」
「まあ、なんとか。ちょっと失敗したけど」
「失敗?」
「席を譲ってもらおうとしてくれた人に、反射的に断っちゃって。その後、足が痙攣して後悔した」
同僚は少し考えてから、こう言いました。
「……譲る側も、勇気いるんだよ。断られたら、少しは傷つくし」
その一言で、僕は止まりました。
断られた相手の気持ちを、一切考えていませんでした。
確かに席を譲ろうとする行為には、勇気が必要です。
少なくとも僕はそう思う。
「余計なお世話だと思われないだろうか」
「本当に必要としているのだろうか」
「声をかけて、断られたら恥ずかしい」。
そういう逡巡を乗り越えて、それでも腰を上げてくれた人がいた。
なのに僕は、「大丈夫です」の一言で、その勇気を跳ね返してしまった。
「そうか……向こうも勇気出してくれてたのか」
「そういうこと。次はちゃんと座りなよ」
たった一言の会話でした。
でも、その言葉が、復職初日に僕が学んだ最も大切なことになりました。

第4章:「受け取る」ことも、技術がいる
この経験で気づいたことがあります。
「助けてもらう」ことは、思っていた以上に難しい技術だということです。
かつての僕は、いつも「与える側」にいたつもりでした。
仕事でも、ミニバスのコーチとしても。
「誰かのために動く」ことが、自分のアイデンティティの一部でした。
でも今の僕には、「受け取る技術」が必要です。
素直に「ありがとうございます」と言う。
相手の勇気を無駄にしない。
それだけで、電車の中の小さな社会が、少しだけ温かくなる。
エピローグ:次の朝、また電車に乗る
翌朝、また電車に乗りました。
混んでいる車内で、またあの瞬間が来るかもしれない。目の前の誰かが、腰を浮かせてくれる瞬間が。
今度は、ちゃんと言おうと思っています。
「ありがとうございます」
その一言が言えた時、僕はきっと、「社会に戻ってきた」と感じられる気がします。
変なプライドを手放して、誰かの善意を素直に受け取れるようになること。
それが、復職という「再起動」の本当の意味なのかもしれません。
杖を突く音と、大きな呼吸の音。
その「今の僕の音」を刻みながら、今日も電車に乗ります。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
人それぞれとは言いますが、自分と同じ感覚を持った方の少しでもお役に立てれば幸いです。
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