第45話 「超英会話術」
私は英語教育のプロではないけれど、小学校から英語を教える必要は無いと主張する人とは見解を異にする。彼らは大抵、必要になってから勉強を始めれば良いと言うが、それは、物事は積み重ねであって過去に勉強した事が基礎となる事を、全く無視した暴論である。聢りとした文法知識が無いと正しい文章は書けないから、そういう意味では受験英語も満更でもなかったりする。正しい英文を書く必要の無い場合、殊に、聞いたり喋ったりだけとか、ゼスチュアとかボデーランゲージで事足りたりとか、あーとかうーとか言うだけだったり、欧米人がやって来ると逃げたりする分には一向に構わないのだが、ゼスチュアだけだと伝言メッセージを残すのにはかなり不自由かも知れない。
抑抑が受験英語とは読み書きの能力を重視したものであるから、従って喋れないのは当然である。この観点を無視して「誰も使いもしない単語を覚えたり、誰も読みもしない文章を読んでも無益だ」という事に焦点を当てたところで、英会話能力が向上する訳でもない。小学校から英語を始める狙いは、実は読み書きにあるのではなく、英語を必要とする生活に於いて圧倒的に機会の多い、聞いたり喋ったりする方にあるのである。
例えば普通、I can なのか I can't なのかを聞き分けるのは容易な事ではない。これは息遣いと強勢の置かれ方と状況から判断する訳だが、経験を積むしか方法はなく必要になってから云々では遅い。又、wpm が極端に低いくせに、'cause 等と喋ったりするのも頂けない。'cause と喋りたければ、それに見合った流暢さを身につけないと其処だけ浮いてしまって格好が悪い。つまり、精密に聴く注意力、円滑に舌を動かす能力が不可欠で、これらは一朝一夕にして身につくものではないし、頭の良し悪しの問題でもない。聴く能力は喋る能力に直結しているので、聴きまくってこそ正しい発音とはどういう物なのかが頭に入力されるのである。第一に聴きまくる。そして第二に、耳から入った単語は無理矢理にでも暗記する。
考えてもみても欲しい。英米濠加などの民は生れた時から毎日毎日ぼくらは鉄板の上で焼かれて嫌んなっちゃう程、無理矢理英語を聞かされて育っているのである。もしかしたら独逸語を覚えたいんだとかスワヒリ語を覚えたいんだとか潜在的に思っていたかも知れないのにである。ここで、既に不自由なく会話をこなす域に達している6歳児のマイクの場合を考えてみよう。彼は昼寝も含め毎日10時間は眠る。僻地のため片道1時間の通学は独りぼっちである。トイレと風呂の時間が合計1時間。店のおじさんと喧嘩して海に逃げ込んだり、お腹のあんこが重くて僕は人間じゃないんだと悩んだりする時間が1時間。結局、人と接するのは10時間。この内、人の声が聞こえて来る率をかなり高率の8割と仮定すると、一日8時間である。マイクの聞きとり累計時間を推計すると 365×6×8=17,520 時間になる。「何だ、たったそれだけか」とか「たいやきのくせに」とかお考えの貴方。それはとんでもない間違いである。
では、邦人がこれに相当するヒアリング量をこなすにはどれ程の日数を要するであろうか。毎日4時間を割くとすれば、小学校から開始して高校卒業時で丁度という勘定になる。小学校から始めないと一体どういう事になるかというと、中高時代を毎日8時間英語漬けで生活しないといけない訳で、受験勉強どころではなくなってしまう。大卒時に喋れる様になっていれば良いじゃないかと楽観する貴方、甘い。小中高大の16年を懸けても一日3時間必要である。大学に入る前に一年浪人すれば若干事情は緩和されるが、それでも一日 2.82 時間。二浪ですら 2.66 時間である。大差が無い。然らば三浪では 2.52 時間。むう。ならば四浪で 2.4 時間。おお、2時間半を切ったぞ。更に五浪もすればぐっと減って 2.28 時間。これなら他の科目に支障を来す事もなく何とかなりそうだ。ヒアリング時間を稼ぐ為に五年も浪人するなんて。恐るべしマイク。
こんな調子では大卒から始めても40歳を越えてしまう訳で、昇進も出来ずに終ってしまうのは目に見えているし、駅前留学などで満足している場合ではないし、貴方が喋れない人であっても極めて自然なのである。必要になってからでは確実に遅すぎのちょべりばである。然し諦めないで戴きたい。私とて純粋な英語圏に住んだ経験など皆無の平凡な邦人なので、上記の事情と何ら変る処はない。だが、独自に編み出したトレーニング方法に則り、報道陣をシャットアウトして毎日秘密訓練を行ってきた甲斐あって、非常に充実した◯◯ライフを送っている。悩める諸兄に是非とも励行して戴きたくここに紹介したい所存であるが、誌面の都合で今回はそれをお見せ出来ないのが非常に残念である。そこで今回は読者からの相次ぐ喜びの声を緊急特報してみたいと思う。
『読解力を高める為によくエッチな本を読めというのがあるが、それに倣ってエッチなビデオを録画するのは頂けない。何故ならば書物と違って「オーヤァ。ィヱス。カマン、ベイベ。ィヱスッ。ファックミベイベ。オーヤァ」くらいしか聴く箇所が無いからである。「これでは実践英語として役に立たない」という教えは本当でした。でも実戦では大いに役に立ちました』(長野県 向井明さん 43歳・仮名)
おいおい。
『朝の目覚めが凄く良くなったんだよ。以前なら仕事中ヘトヘトだったのに、今は30代の様に元気がある。こうなると夜の方も全身が脈打つくらい元気になったよ(笑)』(岩手県 黒岩剛さん 57歳・仮名)
私は元気ないですけど。
『送られてきたビデオ教材を見てびっくり。お笑い満載で肩肘張らずに学習できるのがいい。これをネタに今日から雑文書きになります』(アラスカ在住 岩井昭二さん 40歳・仮名)
それは止めたほうが…。先ず、仕事に専念してグラスウォールから脱出して下さい。
『はじめはジャンプしながら三回廻るというテクニックに戸惑いましたが、今ではお盆を頭に載せてコマネチができるレベルに達しました。宴会では私のコーナーができ、Mr. ノリックと呼ばれています』(石川県 野田毅さん 45歳・仮名)
……。全くどいつもこいつも。こうなってしまってからでは確実に遅い。
一番暇な小学時代に聞かないでいるのは勿体無い事が、これで納得頂けたことかと思う。
【前を読む】 【目次へ戻る】 【次を読む】
