<閑話>「星のマークの北星女学校」 北大最初の女子学生・加藤セチ
「美人すぎて、科学者には向かない」と言われながら、
著名な化学者として成功した、
北海道大学 最初の女子学生・加藤セチ。
北大に通いながら、
札幌の「北星女学校」で
教師をつとめていました。
そこで、この学校について、
よもやま話を少し——

「北星学園女子中学高等学校」として
現在も続く「北星女学校」。
「星のマークのセーラー服」で
札幌市民にはお馴染みです。
現在は、ずっと西にありますが、
セチが北大生だった頃は、
創成川の近く、
時計台もすぐそこ、
という場所でした。
札幌市のシンボル、
ライラック(リラ)は、
植物が大好きな創立者、
サラ・スミスが初めて持ち込み、
校舎沿いに植えられました。
セチも、赴任して間もなく、
そのライラックの満開を見たはずです。

その北星女学校、
ミッションスクールなので、
日曜礼拝というのがあります。
現在の札幌北一条教会(プロテスタント)で、
一般信者の礼拝前に、
北星の生徒だけが集まって、
少し短めの礼拝をします。
40年も前になりますが、
私は北星の日曜礼拝で
オルガニストを務めていました。
お説教は、
選挙で選ばれた「長老」
と呼ばれる信徒が担当するのですが、
ある時、その長老が
何十分か遅刻したことがありました。
とりあえず、
「礼拝を始めてください」
と言われて、
礼拝前に演奏する「前奏」という、
オルガンの独奏を始めました。
ところが、奏楽が終わっても、
まだ長老は到着しない。
仕方ないので、
礼拝の冒頭に唱える
「天にまします、われらの父よ——」
という「主の祈り」も、
私が代行することになりました。
何百回と口にしている祈りの言葉ですから、
スラスラと出るはずですが、
突然のことで、
ある箇所で、文言が飛びました。
しょうがないので、そこだけ
「ごもごもごも」
と胡麻化しました。
祈りの場面なので、
生徒たちは、皆、
顔を伏せて、
両手の指をからめて合わせているのですが、
たまらず数人が、
そのポーズのまま、
肩を震わせて、クスクス笑いだしました。
私も若かったので、
滅茶滅茶に恥ずかしかったのを、
よく覚えています。
そういえば、
私が、もっと幼い頃、
お葬式で、
お坊さんが唱えるお経が可笑しくて、
笑いをこらえることができなかったなあ。
そう考えると、
礼拝中の私の粗相は、
最高に笑いを誘うシーンだったろうな、と、
恥ずかしくも、
懐かしく思うのであります。
セチもまた、
日曜礼拝に生徒たちを引率したのだろうか、
と思うと、なんだか可笑しい。

北星について、
私の個人的な記憶は、
すべてオルガンと結びついています。
北星大学には、
古いヴァルカー(ドイツのオルガンメーカー)のオルガンがあって、
よく弾きに行っていました。
コンパクトなオルガンで、
手の届く高さにフロントパイプがあったので、
ベタベタと指紋がついていて、
触られたせいか、何本か変形して、整音が崩れていました。
平凡な楽器でしたが、
身近で親しみやすく、
なんだか好きでした。
今は、新しいオルガンに代替わりした、
と聞いています。

私のオルガン趣味は長く、
もう50年ほどになります。
オルガン歴の
前半は演奏、
後半はオルガン建造。
自宅にオルガンを
だらだらと作り続けて、
25年も経ってしまいました。
まだ、やってます。
オルガンの話は、
そのうち、
noteに別シリーズのコラムとして、
ご紹介させていただければ、
と思っています。
今回は、閑話でした。
「北大最初の女子学生・加藤セチ」については、
第1回「美人すぎて、科学者には向かない」を、
下記リンクよりご参照いただければ、
より詳しくお知りになれます。
第1回「美人すぎて、科学者には向かない」
(タイトル画像は、AI彩色および高解像度化したものです。
挿絵は、AIに生成させました)
