【4話】灯りの家へおかえり-ある日、魔女は少女を拾った-
魔法使いの少年
「僕は父さんや母さんの子じゃないの?」
幼い少年が魔女に尋ねた。
魔女は気にした様子もなく質問を返す。
「どうしてそう思うんだい?」
少年は椅子に座って足を揺らしながら、視線を下げる。
「僕だけが魔法を使えるから……」
窯を眺めながら魔女は少年に問いかけた。
「魔女や魔法使いはどうやって生まれると思う?」
「わかんないよ。普通の人間とは違うの?」
窯からは生地の焼けた匂いがしてくる。魔女は焼き加減を確認しながら口を開く。
「一緒さ。親の子どもとして生まれてくる。だから、気づかないのさ。自分たちが魔女だってね」
「どういうこと?」
「アンタの言うとおり、魔法使いや魔女は血のつながりによってでしか生まれない。でも、本人が気づいていないから、魔女ではない普通の親から生まれてきていると勘違いをしているだけで、本当はアンタの両親もどちらかが魔女の血を受け継いでいるんだ」
「どうして気づかないの? 僕は魔法使いだって気づいたのに」
「使い方を知らないからさ。何をするにも知識が必要だ。アンタはアタシと会うこともあったからね。アタシの魔法を見て、やり方に気づいたのかもしれない」
魔女は少年の方に少し目を向ける。彼は金色の目をぱちくりさせて、こちらを見ていた。魔女はそれを見て、小さく笑う。
「だが、普通は知らないことはできない。もちろん、できるようになろうと試行錯誤すれば、できるようになるけれどね。でも、やろうともしなかったことをできないのは当然だろう?」
少年は不思議そうに首を傾げた。母親によく似た金色の髪がさらりと揺れる。
「母さんは魔法を学ぼうとしなかったの?」
「そうだね。きっと自分の進むべき道は魔女じゃないと思ったんだろうよ」
魔女は焼きあがったパイを取り出すと、少年に見せた。少年の顔がパァッと輝く。
「環境や立場のせいで道を狭まれることは多い。けれど、案外道は自分で選べるものさ。魔法使い以外にも道はある。ゆっくり考えてごらん」
「おい、魔女の娘」
そう言われて、アリスは思わず振り向いた。そこにいたのは自分よりも少し歳上の少年たちだった。
魔女に頼まれて、薪を集めていた。夢中になって集めていたら、村の近くまできてしまったらしい。
村の子どもだと思われる少年たちは腕を組んでアリスを見下ろす。
「おまえ、魔女の家に住んでいるだろ」
アリスはその問いに躊躇いもなくうなずく。少年たちは「うわぁ」と声を上げた。
「魔女がどうしてこんなところにいるんだ。人を食いに来たのか?」
アリスは不満げに顔をしかめた。
魔女は人間を食べない。そう教えてもらった。だが、村の少年たちはそれを知らないのだろう。だが、教えたくてもアリスは話すことができない。
「おい、何か言ったらどうだ」
少年の一人がアリスを突き飛ばした。アリスはバランスを崩して、地面にお尻をついた。拾っていた薪が地面に散らばる。
それを見て、少年たちは笑う。
「魔女なんかが人間の村に近づくからこうなるんだ」
少年の一人がアリスに近づく。アリスが立ち上がることができずに少年たちを睨んでいると、視界の端で火花が散った。
「うわあっ!」
落ちていた薪に火が付く。少年は思わず後ろに下がる。
「女の子一人を男が数人でいじめるなんて、良くないと思うな」
後ろから声がした。振り向けば、金色の髪を持った少年がいた。
「な、なんだよ、おまえ」
村の少年たちよりも身なりの良い彼は、どう見ても村の人間ではない。金髪の少年は笑みを浮かべると、指で村の少年たちの方を指差した。
「魔法使いだよ」
彼の指差した枯れ葉に火が付く。村の少年たちは怯えた表情を見せると、逃げるようにその場を走って去っていた。
ポカンとして見ていたアリスを見ると、少年は指を鳴らした。火が一瞬にして消える。彼はアリスに近づいて、手を差し出した。
「こんにちは、アリス。僕のことを覚えているかな?」
アリスは彼の問いにうなずく。そして、その手を取った。
……エリック。
アリスの口がそう動く。それを見てエリックは笑みを零した。
エリックは魔女に会いに来たと言う。アリスは来た道を戻りながら彼の話を聞いていた。
「君は婆ちゃんと一緒に住んでいるんだろう? 魔法を教えてもらっているのかい?」
彼の問いにアリスは首を横に振った。
「どうして教えてもらわないの? 君は魔女じゃないのか?」
アリスはわからない、といった風に首をかしげる。アリスの様子を見て、エリックは自嘲気味に笑う。
「……僕からしたら、とても羨ましいのにな」
家に着けば、魔女はアリスの後ろにいるエリックを見て鼻を鳴らした。
「何だい。また来たのかい?」
そう口では言いながらも、エリックが家に入ることを咎めない。
「アリス、お茶を出してやりな」
アリスはうなずくとお茶の用意をする。エリックは魔女に促されて椅子に座った。アリスが当たり前のように火を扱うのを見て、エリックは「へえ」と感心したように声を漏らした。
「すごいな。あんなに小さいのに家事ができるんだ」
「アンタみたいな坊ちゃんには必要のないものだろう」
「坊ちゃんって……僕はただの商人の息子だよ」
「アタシから見たら、使用人に世話されているだけで、十分坊ちゃんだと思うけどね」
アリスがお茶を運んでくる。全員の前にお茶が置かれると、エリックが包みを取り出した。
「これ。お菓子を持ってきたんだ。アリスと仲良くなるためにね」
アリスはお菓子を見て顔を輝かせる。魔女は呆れたように息を吐いた。
「アンタ、食べ物で釣るつもりかい?」
「僕は婆ちゃんの真似をしただけだよ。幼い僕がここへ初めて来たとき、あなたは大きな林檎のパイを焼いてくれた」
魔女は肩をすくめてカップに口をつける。
「そんな昔のことは忘れたよ」
仏頂面の魔女にエリックはクスクスと笑う。
「僕はよく覚えているけどね」
「覚えがいいなら、アリスに勉強でも教えてやってくれ。ほかの誰かと勉強するのもいい刺激になるだろうからね」
魔女はそう言って、石板をエリックの前に置いた。
「文字は書けるの?」
「書けるさ。アタシが教えたんだからね」
エリックは「へえ」と言うと、アリスに向き合った。
「じゃあ、婆ちゃんの名前を書いてみてよ」
その言葉にアリスは困った顔をする。そして、石板に文字を書いた。
『名前を知らないの』
それを見て、エリックは驚いたように魔女を見た。
「名前を教えてないの?」
「必要ないだろ。どうせ二人しかいないんだから」
「アリスには名前を付けたのに?」
エリックはアリスの方を見ると、内緒の話をするように教えてくれる。
「婆ちゃんの名前はティアンナだよ。可愛い名前だよね」
「アタシにもアンタらみたいな可愛い時期があったんだよ」
「それって、僕たちが可愛いってこと?」
エリックの言葉に魔女は嫌そうな顔をする。
「うるさいね。追い出すよ」
エリックは気にした様子もなく、お茶を飲んだ。アリスは二人の会話を聞いて、クスクスと笑う。魔女は咳払いをすると、エリックの方を見た。
「それで、今日は何しに来たんだい?」
エリックはカップを置くと魔女と向き合った。
「魔法の勉強がしたいんだ。僕に魔法を教えてくれませんか」
魔女は目を閉じると横に首を横に振った。
「どうして?」
エリックは不満そうな顔して魔女を見た。魔女は彼の方を見ないで口を開く。
「魔法使いがどんなものか知らないからさ」
「人間には使えない魔法が使える人のことだろう?」
「それだけじゃない」
魔女はカップを空にすると、立ち上がった。
「とにかくダメだ。アリス、アタシは調合室にいるからね」
魔女はアリスに声をかける。アリスはうなずくと、魔女のカップを片付けはじめた。
エリックは俯いたまま、顔を上げない。アリスは戻ってくると、エリックのカップにお茶を追加した。
「……僕は人間としても、魔法使いとしても中途半端だ」
エリックは愚痴を漏らすように言った。
「僕は人間の子として生まれた魔法使いだ。人間として生きてきた。両親にも魔法使いであることを隠している」
アリスはポットを置くと、椅子に座ってエリックを見た。
「本当は魔法使いなのに、人間として生きている。魔法をうまく使うこともできないから、魔法使いとしても生きられない。そんな自分が嫌なんだ」
アリスは首を傾げると、石板を手に取った
『魔法使いと人間は、そんなに違うの?』
エリックは石板の文字を見ると、小さく笑う。
「全然違うよ。どちらにもなれない僕は、人間にも魔法使いにも受け入れてもらえない」
『本当にそうなのかな』
納得していないアリスにエリックは優しく微笑む。
「君はその外の世界を知らないからそう思うんだよ。外に出れば、きっとわかるさ」
エリックの言葉にアリスは考え込むように唇を尖らせる。エリックは彼女を見ながら、温かいお茶を口にした。
「エリック。今日はいつ帰るんだい? 夕食はどうする?」
魔女が居間に戻ってきて、エリックに問いかけた。
「暗くなる前に帰るよ」
「そうかい」
アリスは魔女のお茶を用意する。魔女は一息吐くように椅子に座った。アリスは魔女の裾を引っ張ると、石板を見せた。
『もし私が魔女になりたいって言ったらどうする?』
魔女は石板を見てから、チラリとエリックを見た。
「魔女は努力してなれるものじゃないからね。どうもしないさ」
『私に素質があったら?』
「アンタの身体に魔女の血が流れていても、アタシはお勧めしないね」
『どうして?』
不思議そうに見てくるアリスに魔女は眉を下げて微笑む。
「……人間として生きられるなら、それがいいからさ」
どうしてこんなことを聞いてくるのか、魔女はわかっているかのようにエリックを見た。
「どうしてそんなに魔法使いになりたい?」
エリックは足を揺らしながら視線を下げる。
「……僕は何者かになりたいのさ。魔法使いでも人間でもない僕は何者にもなれていないから」
魔女はカップを手に取ると、口を付ける。
「何者かになるというのは、そんなにも大切なことかねえ」
魔女はおどけたように眉を上げる。
「大切だよ。自分が何者なのかはっきりしないと、どこも僕を受け入れてくれない」
「アンタの親はアンタを受け入れてくれないのかい?」
「そうじゃないけど……」
魔女はカップを置くと小さく息を吐いた。
「たしかにアタシは魔女だ。それ以前にアタシはアタシだよ。魔女というのはアタシに付いた情報の一つでしかない。だけど、人間はそこを見てしまう。肩書きというやつは厄介だねぇ」
にゃあ、と足元で鳴き声が聞こえた。黒い猫が魔女の膝の上に飛び乗る。テーブルに脚をかけて、黒猫は顔を出した。
猫はテーブルの上のものに興味を示す。魔女は前に手を置いて、それ以上出てこないようにした。
「本当は肩書きなんてものない方がいいのさ。けれど、存在してしまう。そこに選択肢はほとんどない。猫はこんなにも自由なのに、人間は不自由だね」
自分が呼ばれたとわかったのか、黒猫は顔を上げて魔女を見た。魔女は優しい瞳でエリックを見ていた。
「アンタは人間にも魔法使いにもなれる。自分で道を選ぶことはできるかもしれないけれど、道を選ぶことは容易いことじゃない」
魔女は黒猫を抱き上げると、床に下ろす。下から不服そうな鳴き声が聞こえた。
「アタシたちは一人で生きていくわけじゃないからね。どの道を選んでも、責任がついてくるものさ。……アンタは本当に魔法使いになりたいのかい?」
エリックは真剣な顔で答える。
「……僕は母さんみたいに勉強が得意じゃない。父さんみたいに他人と話すのが上手くない。なら、魔法の素質ならあるのかもしれないって」
「魔法の素質もなかったら?」
「…………」
「アンタは逃げているだけだよ。魔法を逃げる先に選ぶなら、それは馬鹿がすることさ」
魔女は目を細める。その表情は自身の過去を思い出しているようだった。
「種族の違い、身分の違い、宗教の違い……。人は自分と違うものを違う生き物だと思い、差別するものさ」
「それでも僕は……魔法を学びたい」
空になったカップをテーブルに置くと、魔女は立ち上がった。
「……まあ、アンタのいう素質ってやつはあるかもしれないね。どうしたってできないことはあるから。魔法に興味があるなら見せてやるさ。おいで」
そう言って、調合室に案内してくれる。
調合室は薬草の臭いがした。棚にはたくさんの薬草が並んでいる。初めて入ったのか、エリックは臭いに顔を歪ませる。
「薬の作り方は、ほとんど人間が作るものと一緒さ。だから、薬草の知識や調合の知識が必要となる。魔法使いになるからって、勉強しなくていいわけじゃない」
魔女は既に調合されて、瓶に詰められた薬をテーブルに置いていく。
「魔女の薬は仕上げに魔法をかけるのさ。見ていな」
魔女はぶつぶつと呪文を唱えながら、両手を広げる。彼女の足元には魔法陣が浮かび上がった。魔法陣からキラキラとした光の粒が浮かび上がり、それは薬の上へと降り注ぐ。
「ハァッッ!!!」
魔女が声を張り上げると、薬が光を発した。そして、その光は薬の中に吸い込まれる。
「こうやって魔女の薬は出来上がるのさ。アタシはこの魔法を見たのは一回だけだよ」
「一回?」
エリックは驚いたように目を見開く。魔女はそれを見て笑う。
「そうさ、一回だけだよ。師匠はアタシに薬の作り方を教えてくれた。けれど、アタシと初めて会った数日後に処刑されたんだ」
「…………」
エリックは黙り込む。魔女はそんな彼を見て、懐かしそうに目を細める。
「……さっき、アンタはレベッカのことを勉強が得意って言ったね? それは違うよ」
「どうして? 母さんは女性なのに、父さんと一緒に商人をやっているじゃないか」
「あの子は負けず嫌いなだけさ。レベッカとアンタの父さんとは幼なじみでね。アタシの薬を扱う商人の息子として家にやってきたのさ。負けず嫌いの二人は顔を合わせると、お互いに勝つために競って勉強をしはじめたんだ。要領が悪いあの子は泣きながら勉強していたよ」
エリックは理解できないと眉をしかめる。
「でも、母さんは今勉強が得意じゃないか」
「得意じゃなくて、やり方を身につけたんだ。あの子はずっと商人になりたがっていたからね。長年勉強し続けて、知識を得ていった。それだけのことだよ」
魔女は薬をしまうと、エリックの方に向き合った。
「アンタが魔法使いになりたいというなら、また見に来ればいい。魔法使いにならないとしても……また家に来ればいいさ。林檎のパイくらい、いつだって作ってあげるよ」
エリックは考え込んだ様子で、家を後にした。彼の背中を見送りながら、アリスは尋ねる。
『あなたはどうして魔法を選んだの?』
彼女の問いに魔女は眉を下げて笑う。
「最初から決めていたからさ。アタシは魔法を使って生きるってね。魔法や魔女が悪者扱いされてもその考えは変わらなかった。……それだけの話だよ」
アリスは少し難しそうな顔をしながら、首をかしげる。
『私もいつか自分の道を選ぶのかな』
「道はいつでも選ぶことはできる。何も選ばないという選択もできるが、成長したいと思うなら、興味のあることを考えてごらん」
アリスは難しそうな表情を崩さないまま、うなずいた。
エリックが次来たとき、彼はまだ道を選びきれていないようだった。だが、彼は気にした様子もなく言う。
「どの道を選ぶのも自由なら、全部学んでから選んでもいいよね? 僕は商人の勉強も魔法の勉強もする」
彼の答えに魔女はクククッと喉を鳴らした。
「欲張りなやつだね。……そういうやつは嫌いじゃないよ」
そう言いながらも、魔女はエリックに魔法を教えなかった。
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