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【3話】灯りの家へおかえり-ある日、魔女は少女を拾った-

魔女の娘


 魔女の薬。

 良く効く薬のことを人々がそう呼ぶようになったのは、数十年前のことだった。
 街の人々は魔女の薬を買い求める。その薬を本当に魔女が作っていることも知らずに。

「魔女は人間に嫌われているのに、どうして母さんは人間のために薬を作るの?」

 調合室で薬を作る魔女に、人間の少女が尋ねた。

「アタシがそうするって決めたからさ。それ以上の意味はないよ」

 少女は納得できない様子だった。眉間に皺を寄せて首を傾げる。金色の長い髪が彼女の動きに合わせて揺れた。

「母さんは薬を作るの好き?」
「嫌いじゃないね」
「ずっと作っていたい?」
「まあ、そうだね」
「……そっかぁ」

 魔女の返事を聞いて、少女は考え込むように腕を組む。

「ねえ、母さん」
「何だい?」
「私、勉強をいっぱいしたい」

 少女の言葉に魔女は噴き出して、声を出して笑いだす。

「アンタが? 勉強を? 食事だって落ち着いて取れないくせに?」

 肩を揺らして笑う魔女に少女は「もうー!」と声を上げた。

「私だってできるよ!」

 少女の言葉に魔女は笑みを浮かべた。

「なら、やってごらん」

 少女は顔を輝かせてうなずく。

 その日から少女は必死に勉強をした。相変わらず「できない!」とよく泣いたものだが、それでも諦めずに勉強を続けた。

 魔女が育てた人間の少女が大人になり、灯りの家から出て行ったのは数年後のことだった。



 アリスがこの家に来てから、三か月が経った。

 彼女はほとんどの家事を覚えた。もうそばで見ていなくとも、彼女は決められた手順で火事を進めていく。むしろ、そばにいた方が邪魔になっているようにすら感じられるようになった。

「アリス、調合室にいるからね」

 それだけ伝え、アリスに掃除を任せて調合室にこもる。しばらくは彼女に付きっ切りで、薬作りがままならなかった。そろそろ商人が怒ってくるだろう。その顔を思い浮かべながら、魔女は息を吐き、調合の準備をしていく。

 準備ができて、調合をはじめようとすると、アリスのいる部屋からゴンッとすごい音がした。

「すごい音したけど、何事だい?」

 額から流血している様子を見て魔女はため息を吐く。

「まったく、アンタはそそっかしいんだから! 仕方がない子だね!」

 魔女はぶつくさ文句を言いながら手当する。少女は手当してもらうと、嬉しそうにへらりと笑う。

「少しは痛がる素振りでも見せたらどうだい」

 魔女は息を吐くと、手当した額を軽く叩いた。

 アリスが掃除を再開したのを見て、魔女は調合室に戻ろうとした。だが、外からひづめの音が聞こえて足を止める。

「とうとう来たねえ」

 魔女は肩をすくめて、嫌そうな顔で窓の方に目を向ける。
 ひづめの音が家の近くで止まると、人の足音が聞こえた。ノックの音もなく、扉が開かれる。

「お邪魔するわよ」

 そう言って入ってきたのは、身なりの良い女性だった。金色の髪を結い上げた成人女性であるにも関わらず、履いているのはズボンだった。

「アンタは……またそんな恰好をして……」

 魔女は呆れたように額に手を当てた。

「誰にも見つからないように、早朝に出てきたから大丈夫よ」

 女性はふふんと鼻を鳴らすと「それよりも」と魔女を睨んだ。

「この三か月、薬の納品が少ないと聞いたけれど、いったいどういうことかしら?」
「アタシにだって用事はあるんだよ。いつも通り作れるわけじゃないさ」
「用事って……仕事でしょう? 何よりも優先すべきことだわ」
「ほかにも優先するべきことはあるよ。仕事人間のアンタにはわからないことさ」
「ほかに優先するべきことって……」

 文句を続けようとして、魔女の見ているものに気づいた。魔女の視線を追うと、幼い少女がいる。
 女性は首をかしげてアリスを見つめた。

「あら、この子……あなたの隠し子?」
「アタシの子に見えるかい?」
「見えないわね。とても賢そうに見えるもの」
「アタシだって賢いさ」

 魔女の言葉に女性はため息を吐く。アリスを見ながら女性は眉を下げて笑った。

「まったく……そういうことなら仕方ないわね」

 女性はアリスに手を差し出す。

「はじめまして。私はレベッカよ。よろしくね」

 アリスは目を瞬かせて、レベッカの手を見た。そして魔女の方を伺う。

「それは挨拶だよ。反対の手を出して、相手の手を握るんだ」

 アリスは自分の手を見つめたあと、手を差し出した。レベッカはその小さな手を握る。

「あなたの名前は……」
「アリスだよ」
「この子に聞いたのだけれど」

 不満そうなレベッカに魔女は言う。

「言葉を話せないのさ」

 魔女はアリスに石板を渡す。アリスは石板を受け取ると文字を書きはじめた。

『わたしの名前はアリスです』

 何度も練習したであろう手つきで書かれた文字を見て、レベッカは驚いたように目を開く。けれどすぐに目を細めた。

「……そう。はじめまして、アリス」
 

 レベッカは魔女に勧められる前にテーブルに着いた。魔女はそれを咎める様子もない。

「アリス、お茶を出してやりな」

 魔女に指示され、アリスは迷うことなくお茶の用意をはじめる。
 彼女の様子を見て、レベッカは感心したように息を漏らした。

「テキパキした子ね。買ったの?」
「買うなら、最初から使える子を買うよ。その子は家事もできなかったんだ」
「あら。でも家事を教えたんでしょう? それに文字まで教えた」
「当たり前だろ? アタシは使えない人間を家に住ませるほどお人好しじゃないんだ」
「……ふふっ、そうね」

 アリスがお茶を出すと、レベッカは微笑んでお礼を言った。

「ありがとう。あなたも座ってちょうだい」

 アリスは空いている席を見つけると、自分の分のお茶を用意して座った。

「この子はどこで?」
「そこらへんで見つけたのさ」
「野良猫でも見つけたみたいに言わないの」
「野良猫みたいなもんだろ?」

 魔女はそんなことを言いながら、カップに口をつける。

「やっぱり、まだ子を捨てる人はいるのね。最近は飢饉を脱したというのに」
「金のない人間はたくさんいるさ。どこかで攫われて売られたのか、それとも……身内に売られたのか」
「……嫌な話ね」

 レベッカはアリスに目を向ける。背筋を伸ばしてお茶を飲む様子を見て、「あら」と声を漏らした。

「行儀がいいのね。お茶の飲み方が綺麗だわ」

「アンタは行儀が悪かったからね」

 魔女がそう言うとレベッカは頬を膨らませた。魔女は気にした様子もなく言葉を続ける。

「それに物覚えも悪かった。家事も文字も全然覚えられなくて、よく泣いていたね」
「もう。昔のことなんだからいいでしょ」

 アリスは顔を上げて二人を見比べた。それに気づいたレベッカは苦笑いをすると魔女を見る。

「……私もね、この人に拾われて育てられたのよ」

 目を瞬かせるアリスに、レベッカは小さく笑った。

「私はね、飢饉の時期に捨てられた子どもだったの。お腹が空いて、泣きながら歩いていたら、この家を見つけたのよ」

 レベッカは家を見渡しながら、懐かしそうに目を細める。

「あまりにもいい匂いがするから……この家に入っちゃった」
「後にも先にも、この家に勝手に上がり込んだ人間はアンタだけだよ」
「だって仕方がないじゃない。お腹が空いていたんだもの」
「突然、人の家に上がり込んできて、『食べ物ちょうだい』って無遠慮に言う人間の子どもに、アタシの方が慄いたね」
「でも、食べ物くれたじゃない」
「やらないって言ったら、アンタが大泣きしたんだよ。煩くて仕方がなかったんだ」

 二人が言い合うのを、アリスは笑みを浮かべながら聞いていた。
 ニコニコと微笑んでいるアリスをレベッカは不思議そうに見る。

「それにしても、落ち着いた子ね。話せなくても、子どもならじっと椅子に座っていられないものじゃない?」
「アンタは落ち着きがないし、文句ばかり言っていたし、すぐ泣いていたからね。すぐに物に当たるし、いつ家を壊されるか冷や冷やしたよ」
「だから、私の話はしてないでしょ! もう!」

 魔女は「はいはい」と言いながら立ち上がる。

「まあ、アンタはよその家に嫁にやったんだ。アタシもこの家も安心だ」
「…………」

 魔女の言葉にレベッカは黙る。視線を下げると、ぎゅっとズボンを握った。そんな彼女の様子に気づかず、魔女はアリスに目を向ける。

「あと少しで納品分が出来上がるんだ。持って帰るなら、待っていな。アリス、アタシは調合室にいるからレベッカの相手をしていな」

 そう言い残すと、魔女は調合室に入っていく。その様子を見届けると、レベッカは小さく呟いた。

「私はもうあの人の娘ではないのね」

 レベッカの足に黒猫がすり寄った。それを見て、彼女は笑みを綻ばせる。

「あら、おまえも母さんに拾われたの?」

 黒猫は返事をするように「な~ん」と鳴いた。
 レベッカは黒猫を抱き上げる。猫は抵抗することなく、彼女の膝に乗った。人馴れしているのか、黒猫は口を大きく開けてあくびをすると、レベッカの膝の上で体を丸めた。
 その姿を見てレベッカは「ふふっ」と笑うと、目を細める。

「私たちはみんな、母さんに救われたのね……」

 レベッカはアリスに目を向けると、ニコリと微笑んだ。

「アリスは今何歳?」

 アリスは手で七を示す。

「あら、七歳なのね。しっかりしているから、もっと上かと思っていたわ」

 アリスはレベッカのカップが空になっているのに気づくと、お茶を取りに行った。レベッカのカップにお茶を注ぐと、彼女はじっとアリスの手つきを見つめている。

「私も色々と母さんに教えてもらったわ。お茶の淹れ方も、勉強も……」

 アリスが椅子に座ると、レベッカは黒猫の背中を優しく撫でながら話しはじめた。

「さっきも話したけれど、私は捨て子でね。兄弟も多かったから、間引かれたのよ。母さんに拾われなきゃ死んでいたわ」

 アリスはじっと話を聞いていた。その様子を見て、レベッカは話を続ける。

「母さんは人間を嫌っていたけど、私を育ててくれた。私が商人になりたいって言ったら、勉強も教えてくれたわ。物覚えの悪い私に何度も何度も教えてくれた。……私は母さんの役に立ちたくて商人になったの」

 レベッカは魔女のいる調合室を見て、表情を曇らせる。

「魔女は恐ろしいもの。それが世間での認識よ。そんな魔女から直接薬を買う物好きはいないわ。だから、繋がりのある商家に縁を切られるわけにはいかなかったの」

 カップを手に取り一口飲むと、レベッカは頬を緩めた。

「でも、私が商人になれば、母さんの薬を自分の手で売ることができる。取引のある商家の息子と結婚してそれを叶えたわ。母さんの役に立てているのかはわからないけれど」

 アリスを見て、レベッカは「ふふっ」と笑う。

「私には一人の息子がいるの。あなたより少し年上よ。私も旦那も普通の人間なんだけれど、息子は魔法が使えるの。本人は隠しているみたいだけど。……でもね、血は繋がっていなくても、母さんの孫なんだって嬉しかった」

 レベッカは大きく息を吐いて、姿勢を崩した。寝心地が変わって、黒猫がどうしたと言わんばかりに顔を上げる。それを見て、レベッカは姿勢を戻してからもう一度息を吐く。

「でも、私はもう、母さんにとっては娘じゃないみたい」

 アリスはその言葉に首を横に振る。石板に文字を書くとレベッカに見せた。

『本人がそう言っていたの?』

 その文字を見てレベッカは首を横に振る。

「いいえ。でも、さっきの見てたでしょう?」

 アリスは考えるように上を見ると、さらに書き加える。

『本人に聞いてみようよ』

 ニコニコと無邪気に笑うアリスに、眉を下げて笑う。

「……そうね。たしかにそうだわ。こんな小さい子に気を遣われるなんて……私もまだまだね」

 二人でお茶を飲んでいると、魔女が調合室から顔を出した。

「レベッカ。今日は家に泊まっていきな」
「どうして?」
「もう少しかかりそうなんだ」

 魔女の言葉にレベッカは「もう」と言いながらも了承する。

「アリス、今日はレベッカの分も食事を作ってくれ。レベッカ、アンタが昔使っていた部屋は今、アリスが使っている。狭いだろうけど、今日は一緒に寝てくれ」
「わかったわ」

 レベッカは外で待っていた使いの者に伝言を頼んで先に帰らせる。魔女の言うように、レベッカはアリスと一緒に就寝した。



「――起きな」

 灯りを持って入ってきた魔女に、レベッカは目を擦りながら起き上がる。

「なぁに」
「出かけるよ」
「こんな夜更けに? アリスはいいの?」

 レベッカは隣で寝ているアリスを見た。こんなに話していても、起きる様子がない。

「その子は一度寝たら起きないんだ。もし起きたとしても、書き置きをしていくから大丈夫だよ」

 レベッカは心配そうにアリスを見てから、優しく頭を撫でる。

「アリス。アタシたちは少し外に出るからね。アンタが起きるころには戻ってくるよ」

 魔女は寝ているアリスにそれだけ言った。アリスは口を少し動かすだけで、目を開けなかった。レベッカは言われるままに一枚羽織ると、魔女と一緒に外に出た。

 冷たい空気に体を震わせると、魔女が手を差し出す。

「これに乗るよ」

 箒にまたがる魔女を見て、レベッカは小さく笑う。

「ふふふっ。夜の空の散歩。久しぶりね」

 箒に乗ると、ふわりと浮かび上がる。木よりも高く浮かぶと、辺りがよく見えた。地面にあるものが小さくなっていき、レベッカが住んでいる街が目に入る。暗くとも、灯りをともしている街はここからもよく見えた。

「綺麗ね……。こんな高いところに来るのは久しぶり」
「人間は空を飛べないからね。不便だろうよ」

 魔女の言葉にレベッカは「あら」と返す。

「馬には乗れるわよ。一人で自由にどこにでも行けるわ」
「だからといって、婦人がズボンを穿いて馬を乗り回すんじゃないよ。アンタの旦那が可哀想だ」
「理解のある旦那だから、大丈夫よ」

 自信満々に言う彼女に、魔女は「やれやれ」と息を吐く。

 連れてきたのは、小さな丘だった。星空を見上げながら、地面に腰を下ろす。
 魔女はカバンからポットとカップを取り出した。カップにミルクを注ぐと、まるで温めたばかりのように湯気が立つ。
 レベッカは魔女からカップを受け取ると、「ふふふっ」と笑った。

「私が眠れないとき、母さんはいつも連れ出してくれたわよね。こうやって温かなミルクをお供にしておしゃべりしたの、よく覚えているわ」
「さあ、どうだったかな」

 とぼけた振りをする魔女にレベッカは笑みを浮かべる。カップを見つめながら、レベッカは言葉を漏らす。

「……ねえ、母さん」
「何だい?」
「私はね、まだ自分は母さんの子だと思っているの。家を出た身だけれど、あの家はまだ私の居場所のひとつなんだって、そう思っているのよ」

 魔女はレベッカの方を見ない。星空を見上げながら口を開いた。

「アンタはアタシと関わらない方がいいのさ」
「どうして?」
「……魔女狩りを知っているだろう?」

 レベッカは魔女の言葉を聞いて、カップを置いた。

「話は聞いたことあるわよ。魔女だというだけで処刑されるのよね。今はかなり落ち着いたけど、なくなったわけじゃないもの」
「そうさ。だから、魔女の関係者だって知られない方がいい。アンタだって、ここで暮らしていたことを隠しているんだろう?」

 レベッカは不満そうな顔をして「そうよ」と声を荒げた。

「そうしろって旦那に言われているのよ。商人の息子としてこの家を出入りしていたくせに。私がこの家のことをどれだけ大切にしていたか、わかってて言っているのよ……本当は納得してないわ」
「わかっててもそれを言わなければいけないほどに、魔女と関わりがあることを知られるのは危ないってことだ。アンタの旦那が正しいね。魔女の関係者だって知られたら、アンタが魔女だって疑われる可能性だってあるんだからね。……あの小僧にアンタを預けて正解だったよ」

 魔女はレベッカの方を見る。魔女の表情は柔らかかった。

「この国の人間は血のつながりを大切にする。けれど、アンタとアタシには血のつながりがない。なら、アタシと関わる必要なんてないんだ」

 レベッカは膝を抱えて黙り込んだ。その顔は拗ねた子どものようだった。

「……ねぇ、聞いてもいい?」
「何だい?」
「どうして血のつながりのない私を育てようと思ったの?」

 魔女は一度口を閉じる。少し考えるようにしてカップのミルクを飲むと、大きな月を見上げた。

「……昔、アタシを拾った紳士がいてね」

 魔女はぽつりと話しはじめる。

「魔女狩りで家族を処刑されたアタシをあの家で育て上げたんだ。アタシにとっては親のような兄のような存在だったよ」
「初めて聞いた」
「そりゃ、話してないからね。その人は魔女狩りで婚約者を失った。魔女だと疑われたのさ。人間なのに裁判にかけられて、処刑された。本当なら、原因となった魔女を憎んでいるはずなんだ。なのに、アタシを拾った」

 魔女は少し口籠ると、小さく言った。

「……知りたかったのさ。自分とは違う種族の生き物を育てる気持ちを」

 魔女は娘の方を見ようとしない。娘は「それで」と口を開く。

「人間を育てて、どう思ったの?」
「大変だったよ。泣く、喚く、言うことを聞かない。人間はやっぱり恐ろしい生き物だと思ったね」
「子どもなんて、そんなものでしょ?」
「あのときはずっとこんな日が続くのかと思えたけど……想像していたよりもすぐに人間は自立するもんだね」

 魔女は娘の顔を見ないまま言う。

「……自分の娘がこうやって大きくなってくれたのは、嫌な気持ちじゃないよ」

 魔女の表情は見えない。見せたくないのだろう。レベッカは笑みをこぼした。

「……そう」

 二人はそれ以上話さないまま、星空を見上げていた。

 箒に乗って、灯りの家に戻ってきた。家に入る前に魔女が小さな声で言う。

「……あの子の親を探してくれないか」
「アリスの?」
「ああ。拾ったばかりのあの子の手は労働を知らないように綺麗なものだった。お金のある商人の子の可能性が高い。アンタならつながりがあるだろう?」

 魔女の言葉にレベッカは考えこむ。

「人攫いに連れていかれた子はたまに聞くけど……見つかるかどうかわからないわ」
「わかる範囲でいい。もし返せるのなら、あの子には普通の幸せな家庭に戻ってほしいからね」

 用件は終わったとばかりに、魔女は扉を開けて家に入っていく。そんな彼女の背中にレベッカは言った。

「私はこの家で過ごせて、とても幸せだったわよ」

 魔女はその言葉に振り返らなかった。

 居間では、アリスが目を擦りながら朝食の準備をしていた。書き置きをちゃんと読んだようで、不安の表情が見えない。

「アタシは薬の仕上げをするよ」

 朝食を終えて、魔女はすぐに席を外した。レベッカは後片付けをするアリスに話しかける。

「私、まだ母さんの娘だったみたい」

 集中しているようで、アリスはレベッカの方を見ない。

「アリス、ありがとうね」

 アリスはぴくりと体を震わせる。けれど、すぐに後片付けを続けた。

 昼前になると、一台の荷馬車が家の前に着いていた。薬を受け取りに来たのだ。

 馬から降りてきたのは、身なりの良い少年だった。レベッカとよく似た金色の髪を持っており、十代半ばほどに見える。少年はレベッカを見るなり溜息を吐いた。

「母さん。突然予定を変えるものじゃないよ。父さんが『母さんを怒らせたんじゃないか』って、すごく不安がって……」

 少年はふいにアリスに視線を向けた。不思議そうに彼女を見つめると首を傾げる。

「あれ、この子……隠し子?」

 魔女の方を見て尋ねる。魔女はふんと鼻を鳴らす。

「アンタら、本当にそっくりな親子だね」

 呆れる魔女を尻目に、少年はアリスに手を差し出す。

「僕の名前はエリック。レベッカの息子だよ」

 アリスはエリックに手を差し出して握手をした。

「その子の名前はアリスよ。言葉は話せないけど、とても良い子よ」

 レベッカの言葉にエリックは気にした様子もなく微笑む。

「そうなんだ。よろしくね、アリス」

 使用人に薬を積ませると、レベッカはアリスの方に来た。

「ねえ、アリス。あの人を母さんと呼んでみたらどうかしら? きっと喜ぶと思うの」

 アリスは少し考えた様子を見せると首を横に振った。

「あら、どうして?」

 その問いにアリスは微笑む。レベッカは彼女の様子を見て「そう」と答えた。

「きっとあなたのことだから、何か考えがあるのね」

 荷物がすべて積まれたと聞き、レベッカはアリスに手を振る。

「また、話を聞かせてね」

 二人が荷馬車に乗って去っていく。魔女を盗み見れば、彼女は優しそうな表情で離れていく荷馬車を見ていた。


下記より、1話から全話読むことができます!

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