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95.ブラック企業で休職した元社畜が、ラクでゆるい職場に転職して「誰でもできる当たり前」を続けていたら、なぜか評価された話

ブラック企業時代、「見てる人は見ている」は存在しなかった

私は以前、いわゆるブラック企業で社畜として働いていた。

毎日遅くまで働き、常に納期に追われ、精神的にも追い込まれていた。

結果として体調を崩し、休職を経験した。

当時の私はこう思っていた。

「評価されるには、人より頑張らなければならない」

「目立つ成果を出さなければならない」

「できる人間だと思われなければならない」

だから無理をした。

でも無理を続けた結果、心のほうが先に限界を迎えた。

そして休職した。

今振り返ると、当時の私は「働くこと」と「消耗すること」を同じものだと思っていたのかもしれない。

そんな職場でよく聞いた言葉がある。

「見てる人は見ているから大丈夫」

正直に言う。

私はこの言葉が嫌いだった。


転職して気づいた。「職場には余裕という概念がある」

その後、私は転職した。

そこで感じたのは衝撃だった。

仕事がラクなのである。

もちろん仕事だから業務に対する責任はある。

しかし以前の職場のような、

  • 常に怒号が飛ぶ

  • 常に納期に追われる

  • 常に誰かが疲弊している

という環境ではなかった。

正直に言うと最初は戸惑った。

「こんなに余裕があっていいのか?」

「何か裏があるんじゃないか?」

そんなことまで考えた。

だが数か月経ち、1年経ち、3年経った今でも根っこの部分は同じだ。

休日に仕事のことを考え続ける必要もない。

少なくとも私にとっては、以前の職場とは比較にならないほど働きやすい。

ラクでゆるい職場には、余裕がある。

そして余裕があるからこそ、人を見る余裕もある。


評価されるために頑張らなかった

転職後、私はあることを決めていた。

それは、

目立とうとしないこと。

だった。

・言われたことをやる。
・決められたことをやる。
・余計なアピールはしない。

その程度だった。

だがしかし不思議なことが起きた。

いつの間にか、

「真面目だね」

と言われるようになったのである。


私がやっていたのは誰でもできることだった

ここで誤解してほしくない。

私は特別な成果を出したわけではない。

難関資格を取ったわけでもない。

営業成績トップになったわけでもない。

私がやっていたのは、

  • 班ごとの掃除

  • ゴミ捨て

  • 点検

  • 見回り

  • 引き継ぎ

  • 情報共有

そんなものだった。

周囲が、

「このぐらい後でいいか」

「誰かやるでしょ」

と思いがちな、業務を私は普通にやった。

ただそれだけだ。

しかし続けているうちに、

「あの人は真面目だ」

という評価が出来上がっていた。

なぜなら、こういう雑用は必ず誰かはサボるから、、、。


ラクでゆるい職場は「安心して任せられる人」が評価される

転職して気づいたことがある。

それは、

職場は能力だけで人を評価しているわけではない。

ということだ。

もちろん能力は重要だ。

しかしラクでゆるい職場ほど、能力より信用が重視される。

  • 遅刻しない

  • 約束を守る

  • ゴミを捨てる

  • 当番をやる

  • 報告をする

「仕事ができる人」

よりも、

「安心して任せられる人」

が評価される。

なぜなら管理する側が求めているのは、

スーパーマンではなく、

トラブルを起こさない人だからだ。

逆に余計な問題を起こす人は嫌われる。

私が評価された理由も、おそらく能力ではない。

「安心して任せられる人」

という印象だったのだと思う。


有休をあまり使わなかった理由

もう一つ、転職後の3年間で意識していたことがある。

有休だ。

もちろん法律で認められた権利である。

使うこと自体は何も悪くない。

ただ私の場合、転職して最初の3年間はあまり使わなかった。

最低限必要な日数だけ取得していた。

理由は単純だ。

職場がそこまで苦痛ではなかったからだ。

ブラック企業なら話は別である。

無理して出勤するのは危険だ。

しかし今の職場は違った。

だから、

「休みたいのに我慢している」

という感覚ではなく、

「今は信用を積み上げる時期」

という感覚だった。

結果的に、

  • 欠勤はもちろんなし

  • 有休も必要最低限

  • 管理する側も予定を立てやすい

という状態が続いた。

そして3年後。

有休の日数は増えた。

月に1回使っても減らないフェーズに入った。

そして周囲の反応は変わらない。

なぜなら既に信用が積み上がっていたからだ。


「見てる人は見ている」は半分正しくて半分間違い

今なら思う。

昔の私は間違っていなかった。

ブラック企業では本当に見ている人がいなかったのだ。

なぜなら見るべき人にも余裕がなかったから。

・上司も疲れている。
・先輩も疲れている。
・同僚も疲れている。

そんな環境では“決められた誰でもできる業務”なんて見ていられない。

だから、

「見てる人は見ている」

は万能な真理ではない。

職場によって成立したり、成立しなかったりする。

一方で今の職場には余裕がある。

だから、

『誰がサボるか』

を見ている人がいる。

振り返ると、私は特別なことを何もしていない。

目立つ成果を出したわけでもない。

ただ、決められた

  • 班ごとの掃除

  • ゴミ捨て

  • 点検

  • 見回り当番

  • 情報共有

周囲が

「あとでやればいいか」

「このくらい大丈夫だろう」

と思うようなことを普通にやった。

それだけだった。

でも、それを続けた。

しかし続けているうちに、

「あの人は真面目だ」

という評価が出来上がっていた。


ただし、評価を期待してはいけない

ここで勘違いしてはいけない。

私は掃除をしたから評価されたわけではない。

ゴミ捨てをしたから評価されたわけでもない。

たまたま評価されたのだ。

ラクでゆるい職場に転職して学んだのは、

目立つことより、当たり前を積み重ねることのほうが強い。

だから、

「これをやれば必ず評価される」

という話ではない。

期待すると苦しくなる。

見返りを求めると裏切られる。

私がやっていたのは、

当たり前のことを当たり前にやる。

ただそれだけだった。

結果としてココでは信用になった。

それだけの話である。


転職して分かった、本当に大事だったこと

ブラック企業時代の私は、

努力が足りないのだと思っていた。

もっと頑張れば評価されると思っていた。

でも違った。

努力が足りなかったのではない。

努力が機能しない環境にいたのだ。

転職してから気づいた。

働く人を潰す職場と、働く人を普通に扱う職場では、評価される行動も違う。

ラクでゆるい職場では、

誰でもできる当たり前を続ける人が評価される。

余計な問題を起こさない人が信用される。

そして、その積み重ねが働きやすさにつながる。

だから今の私が思うのは、

「どう頑張るか」

よりも、

「どこで働くか」

のほうが人生を変えることがある、ということだ。

少なくとも私にとってはそうだった。


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「もう限界なんですけど、会社。」
会社で働いていると、
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そんな瞬間に
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