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札幌花便り 〜ラベンダー〜

2026年7月10日(金) 雨のち曇 26/20℃
  日の出 4:05 日の入 19:15

 ここのところ全国各地で、台風やら線状降水帯やらと大雨のニュースが報じられていたが、梅雨のない北海道は申し訳ないくらい、晴れ間が続いていた。
 さすがに昨夜は札幌でもザーザーと大きな雨音が響くくらいのまとまった雨が降っていた。
 雨上がりの今朝は、雨に濡れて木々の緑はいっそう色濃く、むわっと香るほどであった。木々の緑が濃くなると、いよいよ夏だなという感じがする。
 街路樹のタチアオイは太陽を追いかけるようにぐんぐん伸び、あじさいも葉をどんどん幅を広げてきて、つぶつぶ可愛い蕾から色々に花が咲き始めた。

 北海道の夏は短く、花の季節もぎゅっと凝縮している。短い夏を謳歌するべく、7月上旬頃から咲き始めるのがラベンダー。
 昔のドラマ「北の国から」で富良野のラベンダーが全国的に知られるようになったらしい。丘陵地帯の大地が斜面一帯、紫色の海のように見える富良野のラベンダー畑は絶景である。人生で1度は見たら良いと思う。
 しかし北海道のへそにある富良野は遠い。しかも今や全国どころか全世界から観光客が押し寄せる激混みの超人気観光地である。
 そこまで行かずとも、札幌でも思いの外、ラベンダーは楽しむことができる。富良野のラベンダーが自然感じるネイチャーラベンダーなら、札幌のラベンダーは随所でさりげなく都市を彩るアーバンラベンダーといったところか。

 うちのマンションの駐輪場を取り囲む生け垣もラベンダーが植えられていて、毎年この時期になると紫色が目を癒してくれる。ほのかに香るラベンダーの匂いも良い。ポプリやら化粧品やらになるほどのラベンダーの香りは人だけでなくミツバチも引き寄せられるようで、花を覗くと必ずと言っていいほど、ミツバチちゃんがブンブン仕事に励んでいる。

納豆の日


 うちのラベンダーの背景の駐輪場とたくさんのチャリを見ると、大学時代の友人を思い出す。
 彼女は7月10日が誕生日だった。納豆の日!ということで、貧乏学生達は大量の納豆を買い込んで彼女の部屋に押しかけ、納豆パーティだ!と強引に誕生祝いをしたものだった。今思うと、小さくてもケーキくらい買っていけば良かったのに、ひたすら納豆だけだった。
 そしてまだ若かった当時は花を愛でるような情緒はなく、札幌の街にラベンダーが咲いていたのかは記憶にない。

 大学を卒業し、ともに学生時代を過ごした友人の多くは札幌を去っていった。納豆の日の彼女も然りである。それでも、仲が良かった友人達とは、数年に1度は全国各地、現地集合で旅行に行ったりと交流は続いていた。
 数年前のこと、仲良しのグループラインで、彼女の誕生日を祝った時だったか、うちのマンション前のラベンダーがたいそうきれいだったので、私は写真を送った。みんな、ラベンダーすごいね、きれいだね、みたいなコメントだったのに、納豆の日の彼女だけが、それよりも駐輪場とチャリが懐かしい、と独特な切り口のコメントをくれたのだ。見るとこ、そっちかい!彼女らしいな〜と妙に記憶に残った。

 たしか当時はまだコロナ禍で、旅行は自粛、友人達ともしばらく会えずにいたが、どうせそのうち会えるでしょ、とたいして気にも留めずにいた。非日常な日々をどうにか日常と割り切って過ごすのにいっぱいいっぱいだった。

 ある夜、変な時間にグループラインが鳴ったのは、依然コロナ禍で、札幌にいたってはとんでもない豪雪に見舞われていた冬のことだった。
 納豆の日の彼女の急逝の知らせだった。

 毎年命日には、友人達と連名でお花を送っているけれど、何年か経ってもいまひとつ実感が湧かない。命日というのは故人を偲ぶためにあるのだろうが、亡くなった時の衝撃も否応なしに思い出され、ちょっと辛い日でもある。
 反面、誕生日は良い。故人にとって1年で1番の主役の日の華やかな思い出ばかりを思い出せる。
 スケオタの私は、かつてアイスダンス日本代表だったキャシー・リードさんのインスタグラムをフォローしているのだが、つい先日、やはりコロナ禍に急逝したクリス・リードさんが生きていたら37歳と誕生日を祝う投稿があった。
 私もつい先日、自分の祖父が生きていたら数え100歳だと思いを馳せていたところだった。
 亡くなった人も誕生日にしっかり年齢を重ねさせ、心の中で共に生きてゆくのは、万国共通の人間の感覚なのだろうかと思った。

 ふと気になってラベンダーの花言葉を調べてみたら、「あなたを待っています」「沈黙」「優美」などであった。

 

 


 

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