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愛娘が成人する頃は定年を過ぎているけど…自分がどうなっているのか自信がない話

お疲れ様です、ぽんずです。

「また、お世話になります」

隣の席の先輩が、定年後の再雇用初日にそう言って頭を下げた。半年前まで「もう辞める、ゆっくりするんだ」と散々言っていた人だ。なのに、シレっと戻ってきた。その姿を横目で見ながら、ワイはふと思った。あれ、ゴールってどこにあるんだっけ、と。

60歳がサラリーマンのゴールだと思っていたのに気づけば消えていた

ワイが社会人になった頃、ゴールは60歳だった。60歳で定年、退職金をもらって、あとは年金で悠々自適。漠然と、そういうレースに参加してるつもりでいた。

ところが、いつの間にかルールが変わっていた。定年は65歳まで延びて、再雇用という仕組みができて、その先も元気な人はずっと働いてる。年金だけで暮らせる人なんて、よっぽど資産に余裕がある一部だけ。残りの大多数は、たぶん死ぬまで働き続ける。

これ、ぶっちゃけ誰もスタートの合図を鳴らし直してくれなかったんですよね。んで、気づいたら、60歳でゴールのはずだったレースが、ゴールテープの見えないレースに変わっていた。しかも自分は、いつの間、そっちのレースにエントリーされてた。同意した覚えもないのに。

正直、これに気づいたとき、ちょっと足が止まった。あと何年走ればいいのか…、誰かルール説明してくれって。

隣の席の再雇用した先輩はもう新しいことを覚えるのがシンドいと言う

隣の席の先輩に、話を戻すと。

再雇用で戻ってきたその人と、いまワイは仕事で関わっている。AI推進の流れで、新しいツールの使い方を覚えてもらおうとした。けど、正直、戦力にはなっていない。「もう、新しいことを覚えるのがシンドいんだよ」っと。呪文のように唱えてる。

ここはスタンスの違いだと思うから、深くは責めない。人それぞれ、走り方がある。

でも、ひとつだけ引っかかってることがある。あれだけ「辞める」と言っていたのに、シレっと戻ってきて、それで走るわけでもない。続けるって決めたんなら、もうちょっとやれよ、と。心の中で、地味にそう思ってしまう自分がいる。

で、そこまで考えて、ハッとする。その先輩が言っていた「ぽんずさんも、あと十数年すればわかるよ」って…。

ゴールが消えたんなら自分で新しいゴールを勝手に引いちゃった

その先輩の「わかるよ」を、まだ「わからない」のままでいい。

そうやって勝手に葛藤しながら、ずっと引っかかってたことがある。そもそもワイ達は、何歳まで走るつもりなんだろう、と。

ここで、ひとつ気づいたことがある。ゴールは消えたんじゃない。最初から、誰かが用意してくれてたわけでもない。60歳っていうゴールテープも、結局は自分が勝手にそう思い込んでただけなのかもしれない。

もともと、ゴールなんて存在しないなら、自分で新しいゴールを勝手に引いちゃえばいい。

で、引いてみた。一番下の娘が成人するとき。その頃ワイは、もう60歳を過ぎてる。だから、最低でもそこまでは元気に、ちゃんと働いてる必要がある。これが、いまワイが勝手に引いた新しいゴールテープ。

ただ、ここで正直に白状すると。たぶんワイは、その娘の成人にたどり着いた頃、またシレっとゴールを勝手に引き直してる気がする。

今度は「娘の子どもを抱くまで」とか、そんな感じで。きりがない。自分で引いたゴールを、自分で動かし続ける。ぶっちゃけ、あの先輩のことを言えた義理じゃないのかもしれない。

名もなきサラリーマンはW杯後のひと時もマイクを置くステージも用意されていない

ここで、ふたりのスーパースターの引退を思い出す。

ひとりは、山口百恵さん。最後のコンサートで歌い終えて、マイクをステージにそっと置いて去った。あの場面は、いまでも語り継がれてる。きれいな、完璧な幕引き。

もうひとりは、中田英寿さん。2006年のドイツワールドカップ、ブラジルに1対4で敗れたあと、ピッチに大の字で寝転がって、しばらく動かなかった。そして、その数日後に29歳の若さで現役を引退した。まだやれる年齢で、周りが引き止める中で、自分で決めて、ユニフォームを脱いだ。

ふたりに共通してるのは、自分で幕を引いたこと。引き際を、自分で選べたこと。

でも、ワイのような「名もなきサラリーマン」には、あのステージは用意されていない。最後のコンサートもないし、ワールドカップの大敗もない。誰かが「ハイ、お疲れさまです」と言って、タオルをかけてくれる瞬間は、おそらく訪れない。

だから、自分で引いたゴールに向かって走ってる途中で、きっと…、力尽きる。それを引退と呼ぶのか、ゲームオーバーと呼ぶのか、よくわからない。たぶん、名前すらつかないまま、ある日ふっと止まる。それが、ワイ達のゴールテープなんだと思う。

それでも走る理由はおじいちゃんは嫌だからかもしれない

ここまで読んで、気づいた人もいるかもしれない。「じゃあ、お前は、その長いレースで何を武器に走るんだ?」と。

ワイがいま会社でやってるのは、AIの推進だ。けど、この分野、先人がいない。お手本も正解もない。しかも、ものすごいスピードで毎月のように景色が変わる。半年前に覚えたことなんて、今は通じないなんてザラにある。これに、あと20年弱喰らいついていかないといけない。

正直に言う。自信なんて、ない。

あの先輩の「新しいことを覚えるのがシンドい」が、ワイにだけ来ないなんて保証はどこにもない。むしろ、一番変化の速い分野を選んじゃったぶん、人より早くシンドくなるかもしれない。

それでもなんで走るのか。理由を突き詰めると、ぶっちゃけ、けっこう情けない。

娘に「私のパパ、おじいちゃんみたい」って思われるのが、メチャクチャ嫌なんですよね。娘が成人したとき、ワイは60歳を過ぎてる。そのとき、よぼよぼの「おじいちゃん」じゃなくて、年齢不詳ぐらいでいたい。欲を言えば「ちょっと、カッコいい」を醸しだしたい。

もうね、たった、それだけ。崇高な使命でも、社会貢献でもない。娘の前でカッコつけたい。そのちっぽけな見栄のためだけに、ワイは答えの見えないレースを走り続ける。

愛娘が成人する頃の自分への問いのまとめ

ワイは、60歳がゴールだと思っていた。でも、そのゴールはいつの間にか消えていた。正確には、最初から誰も用意してなくて、自分が勝手にそう思い込んでただけだった。

だったら、自分で勝手にゴールを決めちゃえばいい。そう思って、娘の成人っていう新しいゴールを引いた。たぶんそこに着いたら、また、新しいゴールを見つけて、勝手にゴールにすると思う。山口百恵さんや中田英寿さんみたいに、きれいに幕を引くステージは、ワイには用意されてない。走ってる途中で、ある日ふっと止まる。それだけ。

でも、走り続ける自信は、正直ない。あと20年弱も、一番変化の速い場所に喰らいつけるのか、まったくわからない。

でも、隣の席の先輩の「あと十数年すればわかるよ」は、いまだに「わからない」のままでいい。まだ、もう少し抗っていたいから。

それでは、お先に失礼します。

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