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FIRE(ほぼ無職)は、プライムビデオで「国宝」を見るのか?──「見たい」のに「見ない」こと

「国宝」がプライムビデオに来たらしい

2025年公開、吉沢亮主演の大ヒット映画『国宝』。 最近、Amazonプライムビデオで配信が始まったらしい。
会社員時代の僕なら、きっと公開初期に映画館へ足を運んでいたはずだ。なぜなら、当時は株主優待券で月1回は映画館に通う生活をしていたからだ。 仕事帰りに寄ることもあったし、休日に「よし、今日は映画だ」と決めて出かけることもあった。 映画館の暗闇に沈むあの時間は、会社員生活の中で数少ない“自分のための時間”だった。

しかし、FIREしてほぼ1年。 驚くべきことに、映画館に一度も行っていない。 優待券がなくなった影響もあるだろうが、それだけでは説明がつかない。
なぜ、あれほど好きだった映画を見なくなったのか。 なぜ、プライムビデオで見られるのに、見る気にならないのか

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最近、上の記事に感想文書いてもらいました。こちらも読んでね↓↓↓

なお、調子に乗ってコメント書いてしまったので、コメント欄は、読まないでね。

理由①:自由のパラドックス(選択肢が増えるほど動けなくなる)

FIREすると、時間が無限に手に入る。 これは多くの人が夢見る状態だが、実際に手にしてみると、意外な落とし穴がある。
選択肢が増えるほど、人は決められなくなる。
心理学では「自由のパラドックス」と呼ばれる現象だそうだ。
自由が増えるほど、行動は減っていくという、なんとも逆説的な話である。

会社員時代の僕は、
・ 平日は仕事
・ 休日は限られた時間
・ 映画を見れるチャンスは少なかった
だからこそ、映画館に行くという行動が“自然に”選ばれていた。

しかし、FIRE後は違う。
「映画を見る、読書する、散歩する、YouTubeを見る、料理する、昼寝する、NOTEを書く、何もしない・・・」と選択肢が無限に広がる。
すると、脳は逆にフリーズする。
「映画を見る」という行動は、 無限の選択肢の中の“たった1つ”に過ぎなくなる。
結果、僕は何も選ばず、 スマホを触りながら1日が終わる。
自由は、行動を増やすどころか、 選択肢の多さで人を動けなくする。
FIRE後に映画を見なくなった理由の第一は、 この“自由のパラドックス”にある。

理由②:時間割引 × 積読(価値の暴落)

自由のパラドックスが“選べない理由”だとすれば、 こちらは“選ばれなくなる理由”だ。
以前の記事にも書いたが、FIRE後の僕は典型的な「積読状態」に陥った。 本を買う、借りる、積む。読むのは…いつか。
この“いつか”が永遠に来ない。
この現象の裏には、脳の構造的なクセがある。 それが時間割引だ。
人間の脳は、
・ 今すぐ得られる小さな快楽 を、
・ 将来得られる大きな利益 よりも高く評価する
ようにできている。
会社員時代は、時間が限られていた。 だからこそ、読書や映画の価値が高まっていた。
「今しかできない」から、行動が生まれた。

しかし、FIRE後は違う。
「時間は無限、明日でもいい、来週でもいい、いつでもできる」
この瞬間、脳内でその行動の価値が暴落する。

脳にとって「いつでもできること」は「今やる必要のないこと」になる。
結果、読書も映画も、優先順位が底の方に沈んでいく。

理由③:インプット拒否(アウトプット不足で脳が飽和する)

会社員時代は、仕事の多くが、アウトプット(報告書、会議録、資料作成)だった。
だから休日は、読書・YouTube・映画などのインプットが心地よかった。

しかし、FIREするとどうなるか。
・ 仕事しない → アウトプットの必要がない
・ 読書も映画もYouTubeも全部インプットになる
・ インプットばかりで脳が飽和する
結果、インプットを避けるようになる。

つまり、FIRE後の僕はアウトプットに飢えている
NOTEで記事を書くのが妙に楽しいのは、その反動だ。
脳は、「インプット → アウトプット」 という循環がないと、情報を“負担”として扱うようになる。 映画を見ることすら、脳にとっては“重い作業”になってしまうらしい。

180時間録画できるHDDが満杯になる理由

書斎のテレビにはHDDが2台つながっている。
合計360時間録画できるのに、片方はすでに満杯だ。
時間はある。 見たい番組もある。 なのに、見ない。
これはもう、完全に 自由のパラドックス × 時間割引 × インプット拒否 の合わせ技だ。
録画番組は、
「いつでも見られる」→「今日じゃなくていい」→「見ない」 の典型例だ。
FIRE後の生活は、 “時間があるのに、行動しない” という矛盾を日常的に生み出す。

だから、3時間の「国宝」は(たぶん)見ない

自由のパラドックス × 時間割引 × インプット拒否。
この三つが重なると、行動は静かに消えていく。
映画を見るという、かつての“当たり前”が、今の僕には遠い。
FIRE前の僕なら映画館に行っていた。 しかし今の僕は、プライムビデオで見られるのに、再生ボタンを押さない。
それは怠惰ではなく、脳の構造がそうさせているだけだ。
だから、3時間の『国宝』は── 今日もきっと再生されない。

それでも、FIRE生活は面白い

映画を見なくなったことは、自由の“副作用”のひとつにすぎない。
自由は人を怠惰にもするが、別の方向へも導いてくれる。
映画を見なくなった代わりに、僕はNOTEで文章を書くようになった。
これは会社員時代にはなかった習慣だ
FIREは、ある行動を減らす。 しかし、別の行動を増やす。
それはそれで悪くない。
そのバランスの変化こそが、FIRE生活の自然かもしれない。

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