見出し画像

50点のテストを笑って出す息子が教えてくれた、noteで愛される本当のコツ

ランドセルから、「くしゃっ」と丸まった算数のテスト。

「はい」

差し出された紙の真ん中には、赤ペンで大きく書かれた「50」の文字。
息子は現在小学校6年生。

本当は、いい点数が取りたいことも知っています。
「もっとわかるようになりたい」と、自分から公文に行くと決めてから1年。
彼の「がんばらなきゃ」という気持ちも、一番近くで見てきました。

それなのに、返ってきたのは「半分」という数字。


私が発信を始めたきっかけとなる記事はこちら↓


図解クリエイターとして活動する私は、どちらかというと完璧主義。

何かを作るときは100点を目指したいし、自分に対しては「まだまだ足りない」「もっと完璧に」と、つい引き算で評価をしてしまう。


いや、100点なんか取れないことは、自分が一番よく知ってるんだけど!


もし私が彼の立場だったら、このテストをランドセルの奥底に隠したかも。
悔しくて、誰にも見せたくない「失敗」として、なかったことにしたかも。

でも、小学校6年生の息子、ポンタは違うんです。
彼は、その50点のテストを隠しません。

それどころか、 「ポチ(友だち)は頭いいんだよ!100点だったんだ、すごいよね」 と、自分のことのように友達を誇らしげに語ります。

「悪口を言わない」
「素直で明るい」
「友だちを褒める」
「そして、諦めない」

テストの点数では測れない、ポンタの「人間としての魅力」。
先生からも友達からも「ポンタは本当にいいやつだ」と愛される彼を見ていると、ふと思うことがあります。

「noteで本当に愛されるコツって、
本当はポンタが全部持っているんじゃない?」


今日は、やや完璧主義な私が、12歳の息子から教わった「愛される本質」について書いてみたいと思います。

1. 「50点」をさらけ出せる強さ


noteで発信を続けていると、つい「100点の自分」だけを見せたくなりませんか。
知らず知らずのうちに見栄っ張りになってしまってる自分。

完璧なノウハウ
キラキラした実績
隙のない文章

でも、本当に読みたいって思うnoteを見ると、実は「50点の自分」を隠さずに出せる人ばかり…。


「今日はここまでしかできなかった」
「こんなに頑張ったのに、結果が出なかった。でもこれはできた、」

ポンタが50点のテストを「はい」と差し出すあの潔さ。 

それは、「今の自分はここまでだけど、それがどうした!」という、自分に対する信頼の証。


完璧主義な私は、足りない部分を埋めようと必死になって、結局「完成しないから出せない」という罠にハマることがよくあります。

私のnoteの下書き186もありますよ笑


何この186とか笑


 でも、ポンタを見ていると気づかされるんです。 

50点の結果そのものよりも、それを隠さずにさらけ出し、次の一歩を踏み出す「姿勢」にこそ、人は体温を感じて「スキ」を押したくなるのだと。

2. 嫉妬を「推し」に変える魔法


ポンタは、自分にないものを持っている友達を、手放しで褒めます。

「ポチは頭いいんだよ!」
「タマはパソコンがめっちゃできるんだ!」 自分の点数が何点であろうと、友達のすごさはそれとは別物。


彼は、他人の100点に全力で拍手を送れる「推し」の天才です。


SNSの世界では、誰かの成功を見て、つい自分と比較して落ち込んだり、素直に喜べなかったりすることがあります。
でも、ポンタ流の「愛されるコツ」は、その逆。

「ぼくはここが苦手だけど、あの人はここが凄い!」


そうやって他人の才能を認め、光を当てられる人の周りには、自然と「この人と一緒にいたい」という仲間が集まってきます。
自分の凄さをアピールするよりも、誰かの凄さを語れること。

それが、noteという「街」で生きていくための、一番優しく最も愛される生存戦略なのかもしれません。

これができてる人あなたの周りにもいませんか?
その人はみんなから好かれてもいませんか?


私はそんな人がたくさん思い浮かびます。
でも今回はあえて紹介はやめておきます。
あなたの周りのそんな人を考えてみて。


ポンタは「できない」こともたくさんあるけれど、彼が持つこの「愛される才能」は、どんな100点のテストよりも、彼の人生を豊かにしてくれるような気がします。


あれ?
12歳なのに大人よりよくわかってるのでは?


子どもは育ててるつもりで、子どもから教えてもらってることの方が多いですね。


完璧主義な私は、これからも「まだまだ足りない」と自分を責めてしまう夜があるかも。
でも、ポンタが自分の「わからなさ」と戦いながら、それでも今日、机に向かった背中を知っているから。

私が「なんじゃこりゃー」と壁にぶつかりながらも、意味のわからない新しい技術を学び続けるのは、100点を取るためでも、1番になるためでも、自分を大きく見せるためでもありません。


いつかうちの子たちが壁にぶつかったとき、「武器」を1個でも多く渡してあげたいから。

「学びは、子どものために。」

そう思ってから、私の学びは彼らへの「ギフト」に変わりました。

10年後のポンタやポン子が(小学校3年生の娘もいます)この記事を読んで、「母さんもなかなかやるじゃん」と笑ってくれるまで。

私は今日も、「50点」の自分を出しながら褒めてあげようと思います。

ま、明日はポンタに勉強しなさい!って言ってるかもしれませんが。
親は色々複雑なんですよね。





いいなと思ったら応援しよう!

ポンタ ここまで、お読みいただきありがとうございます。左上のいいね♡ボタンを押していただけると、更新のはげみになります。私の記事が、少しでも、あなたの役に立つものであれば、とても嬉しいです。