10年後の君へ。母が言葉を綴り続ける理由
10年後の君が、どこで、どんな風に笑っているか、まだわからない。
でも母は、君に伝えたいことがあって、今日も言葉を綴ってる。
書く理由は、すべて、君の中にあるんだ。
AIが文章を書き、動画を作り、声すら再現できる時代になっても、誰かのために選んだ、たったひとつの言葉には、心が宿っている。
「ぼくは、本が好き」
そう話すのは、4月から小学校6年生になる息子(ポンタ)です。
ポンタは文章を読むことが苦手です。
読むことができないわけではありません。
ただ、みんなの2~3倍、時間と、労力がかかるのです。
文章を読むこと、書くことが、とても苦手なのです。
ポンタは、小学校1年生のとき、学習障害(LD)があると言われました。
学習障害とは
学習障害は、学習における技能に困難さがみられる発達障害の一つです。読むことやその内容を理解することの困難さ、書くことの困難さ、数の理解や計算をすることの困難さなど大きく3つの分類があります。これらの困難が、知的障害(知的発達症)によるものでないこと、経済的・環境的な要因によるものでないこと、神経疾患や視覚・聴覚の障害によるものではないこと、学習における面のみでの困難であること、という場合に限り診断されます。
医師の正確な診断は受けてないので、これ以降は学習障害(LD)の傾向があると明記しますね。
小さな違和感と、はじめての気づき
ポンタは小さい頃から絵本が好きで、暇さえあれば「本、読んで」という子でした。
1日5冊、10冊……何度も何度も、繰り返し読み聞かせた記憶があります。
でも、幼稚園の年中の頃、ふと、ある違和感に気づきました。
「こんなに絵本を読んでるのに、文字に全然興味を持たないな」
お友だちは徐々にひらがなを読めるようになってきたのに、ポンタはまだ、自分の名前以外の文字を読む気配がない。
「もしかしたら、発達がゆっくりなのかな」
「でも、そのうち読めるようになるよね」
そんなふうに、希望と不安を行ったり来たりしていました。
幼稚園の先生に相談すると
「小学生になってから、読めるようになる子もいますよ」
と励まされ、私も「そうだよね、大丈夫」と、自分に言い聞かせるようにしていました。
けれど、小学校にあがる前、年長の終わりになってもポンタの読める字、書ける字は、自分の名前だけでした。
「 小学校になったら、読めるようになるよ」
「きっと大丈夫」
小学校入学と現実との向き合い

ピカピカのランドセルを背負って、わくわくしながら小学校に入学したポンタ。
でも、母親である私は、不安でいっぱいでした。
「読み書きがまだできないまま、小学校生活が始まってしまった…」
そしてその不安は、小学校1年生の面談で現実になりました。
担任の先生は、こう言いました。
「ポンタくん、勉強に他の子の3倍くらい時間がかかるんですよね。発達検査を受けてみた方がいいかもしれません」
ああ、やっぱりそうなのか……。でも、どうか違っていてほしい。
分かっていたつもりでも、現実として突きつけられると、受け入れるのには時間がかかりました。
検査の結果、ポンタには以下のような特徴があることが分かりました。
読むこと、書くことが苦手
計算が苦手
整理整頓が苦手
ワーキングメモリ(短期記憶力)が弱い
勉強の基礎となる部分に、たくさんの苦手があったのです。
父との温度差と、社会の認識
ポンタの検査結果を、夫(ポンタの父)にも伝えました。
返ってきた言葉は――
「そんなはずはない。ポンタはみんなと同じだよ」
現実を、真っ向から否定されました。
「でも、先生にこう言われたんだよ?」
私がそう言っても、受け入れてはくれませんでした。
あぁ、そうか。
私は心のどこかで、こうなるかもしれないと、覚悟していた。
でも、夫はまだ、まったく想定していなかったんだ。
ポンタに対する私たちの見方に、認識の差がある。
でも、それは夫が悪いわけではありません。
むしろ、それが「世の中の多くの目」なのだと思います。
だからこそ、少しずつ、少しずつ。
ポンタのことを、夫にも周囲にも伝えていかなくてはと思いました。
伝えるって、本当に難しい。
でも、伝えなければ、わかってもらえないのです。
私が始めた、たったひとつの行動

悩んで、悩んで、考えて――
私が出した答えは「発信すること」でした。
そう。
インターネット上で、「書く」ことを始めたのです。
目的は2つありました。
1つ目:影響力をつけるため
ポンタは読み書きが苦手です。
どんなに努力しても、人の2倍の時間がかかります。
でも、やり方を変えれば、学びの質もスピードも変わるのです。
たとえば、長文を読むのは苦手でも、読み聞かせれば理解できる。
答えもちゃんと出せる。
だけど、それは学校では認められません。
テストでも、入試でも、評価されるのは「自力で読む力」
だからこそ、ポンタは「自分のことを、周りに伝える力」が必要なのです。
「ぼくはこれが苦手だけど、手伝ってもらえれば、ちゃんとできるよ」
それを、ポンタが伝えられるように。
そのために、まず私が発信力を身につけたかったのです。
2つ目:子どもに“学ぶ楽しさ”を伝えたかったから
「学ぶって、楽しいよ」
「勉強は、できる・できないじゃなくて、“わかる喜び”なんだよ」
この想いを、言葉だけでなく、行動で示したかった。
だから私は、まずWordPressでブログを開設し、
InstagramとX(旧Twitter)も始めました。
続けることで見えてきたもの
Instagramでは、「毎日1つ学び、毎日1つ伝える」と宣言してスタート。
でも、100日続けても、あまり反応がなく、やめてしまいました。
https://www.instagram.com/p/CkZHhqMBvUn/?img_index=9
正直言うと、「だれですか?私にインスタ運用しろって言ったの!」と心の中で思ったり(笑)
その後は、X(旧Twitter)に移行。
毎日何かを学び、毎日なにかを書く。
気づけば、2年半になります。
その過程で、図解に出会いました。
図解の投稿を通して、noteやテンプレート販売へとつながっていきました。
おかげさまで、販売数は150部を突破しました。
あのとき、「子どもに学ぶ大切さを教えたい」と思って始めた行動が、
こんなにも長く、少しづつ形になって続いています。
壁も多いんですけど、そのたびに応援してくれる人がいるから続けられます。
10年後の君へ伝えたいこと
ポンタ。君は本当にがんばっているよ。
他の子よりも「できない」ことが多いかもしれない。
それでも君は、今日も勉強している。
きっとこれから、「もう嫌だ」って思う日がたくさん来る。
そんなとき、私はこう言いたいんだ。
「お母さんは◯年間、毎日学んで、毎日書き続けたよ」
どんなにできないことがあっても、10年続けたら、すごい人になれる。
勉強じゃなくてもいい。
好きなことを、興味があることを、自分のために学びなよ。
学ぶって、楽しいことなんだよ。
これは、ポンタだけじゃなく、妹のポン子にも伝えたいことです。
母はKindle本を出せるように頑張ってみます。
おわりに ― 今日も、書き続ける理由
思春期になったら、親の言葉なんて聞いてくれないかもしれない。
でも、10年かけて伝え続けた言葉なら、いつか届くと信じています。
たとえ、明日私が事故に遭って、何も伝えられなくなったとしても――
これまで綴ってきた言葉は、きっと残ってくれるから。
だから、私は書き続けます。
学ぶことは、学校の勉強だけじゃない。
誰でも、いつでも、どこでも学べる。
そして、10年続けたら、きっと誰でもすごい人になれる。
今、Xでは、何かに挑戦している人がたくさんいます。
中学生の子、育児中のお母さん、仕事の合間にがんばるお父さん、
おじいちゃんおばあちゃん世代の方まで。
みんな「できない」と向き合いながら、少しでも未来をよくしようと努力しています。
私は、読み書きが苦手な息子に。
学校に行くのが嫌だと言う娘に。
「学ぶって楽しいんだよ」と伝えたくて、今日もXに投稿しています。
1日1個、なにかを学び、
1日1個、なにかを伝える。
日々流れていくSNSの中で、
積み上がるのは、信頼だけ。
どんなに技術が進化しても、変わらないものがある。
それは「誰かを想う気持ち」と「言葉にする勇気」だ。
おわりに
実はこのnote
1年前、編集者の藤原華さんが開催するnoteコンテスト『なぜ、私は書くのか』に応募したいと思って書いてました。
でも、なかなか文章をまとめきれず、
気がつけば締切を過ぎてしまいました。
いま思えば、応募すればよかったな、と少し後悔しています。
でも、書き上げた今、こうして公開することができてよかったとも思っています。
このコンテストに出された、たくさんの「書く理由」を読んで、
私も改めて、「なぜ私は書いているのか」を見つめ直すきっかけになりました。
いつかまた、どこかで、想いを届ける機会があれば。
そのときは迷わず、応募してみたいと思います。
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