画家ノート#6|ポール・セザンヌ|僕を殺した本、僕を生かしたりんご
前回は、セザンヌが形の真相を追うあまり、
気づけばりんごを美術界を変える種火にした。そんな話をしました。
(文字で読むと梶井基次郎の『檸檬』みたい。ただし、このりんごは爆発どころか転がりもしない、お利口さんです)
『檸檬(れもん)』梶井基次郎 作(1925)
梶井の代表的作品である。
三高時代の梶井が京都に下宿していた時の鬱屈した心理を背景に、一個のレモンと出会ったときの感動や、それを洋書店の書棚の前に置き、鮮やかなレモンの爆弾を仕掛けたつもりで逃走するという空想が描かれている。
セザンヌの異様なまでのりんごへの固執。
実はセザンヌとその親友の妙に愛らしい友情から爆誕したもの、
かもしれないのです。
しかし、二人に用意されたのは、決別という名のエンディング。
セザンヌシリーズ第2回の今日は、
「時代のスターになった男と、 泥臭く描き続けた男」
二人を引き裂いた残酷な真実に迫ります。
——セザンヌ×りんごの、その始まりでございます。
気難しくて頑固で扱いづらい。
そんなカタブツおじさんセザンヌにも、親友と呼べる存在がいました。
のちに19世紀フランス文学を代表する作家となった、エミール・ゾラです。
エミール・ゾラ|Émile Zola

奥の浮世絵がポイント!誇らしきジャポニズム
(Édouard Manet, Portrait of Émile Zola, 1868)
生没年:1840年4月2日ー1902年9月29日
出身:フランス
職業:小説家・批評家・ジャーナリスト
思想:印象派の絵を積極的に擁護、マネやモネの革新性を文章で支える
「古い審査員たちよ、もっとちゃんと印象派を見ろッ」
人間は血筋と環境で決まると考えた彼は、
まるで科学者のような冷徹な視点で、社会を見つめました。
(…これを自然主義という、が、お堅い話は置いておくよ)
なので彼の小説には、きれいごとは登場しません。
酒に溺れ…貧しさに追い詰められ。
欲望に振り回されるリアルな人々が容赦なく描かれていきます。
簡単にいうと、人間のリアルを美化せず、そのまま書き出す作家でした。
でもリアリストって時に、いとも簡単にロマンを奪うんですよねえ…
君は言葉を、僕は絵を
運命|二人の天才を繋いだもの
1852年、南仏エクス=アン=プロヴァンス。
貧しい家庭に生まれ、当時はまだ名もなき少年だったゾラ。
学校でいじめに遭っていました。
そんなゾラを助けたのが裕福な銀行家の息子、セザンヌです。
無口で不器用、でも正義感は強い。(やるじゃんセザンヌ!!)
助けてもらったゾラは…

カゴいっぱいのりんごをセザンヌに送りました(最上級のKAWAII)
もちろん、このりんごがのちに美術史を揺るがすことになるとは、
この時の二人は知る由もありません。
性格も境遇も正反対でしたが、
孤独と不器用さ、そして…
セザンヌは絵を、ゾラは言葉を。
表現の方法は違えど、
本質を愛する点で似た者同士だったわけです。
二人は親友となり、共に野山を駆け巡り、
詩や芸術について語り合いました。
分岐|光を掴むゾラ、影をゆくセザンヌ
二人は夢を抱いて、そろってパリへ出ます。

が、運命ってほんとうに空気を読まない!!嘆
ゾラは持ち前の分析力と行動力で、あれよあれよという間に売れっ子ライターに。
人脈、評価、原稿料…全部そろって順風満帆。
特に、全20巻におよぶ壮大な連作小説『ルーゴン・マッカール』叢書(現代でいう超リアル社会派ドキュメンタリー・ドラマ)の執筆をスタートさせると、その人気は爆発します。
一方セザンヌはというと…
あまりに独自路線すぎる画風が理解されず、
サロンには落ち続け、
(まあなんせりんごに世界の構造を入れちゃうもんで)
ついには、
「もう知らん!筆を折ってやる!」
と、何度も故郷エクスへ逃亡。
(なお、筆は毎回ちゃんと丁寧に扱う。もうKAWAIIのよ、やっぱりこのおっちゃん)
こんな哀れみのセザンヌに対して、
「君は才能がある。ただ時代が追いついていないだけだ」
励まし続け、なんと仕送りまでして支えたのは、
誰でもない、親友のゾラでした。
しかし…
成功するゾラと、売れないセザンヌ。
二人の間には、少しずつ、決定的な「溝」ができ始めていたのです。
決別|リアルの代償
1886年。二人の友情は、ある一冊の本によって幕を閉じます。
ゾラの新作小説、その名も『制作(L'Œuvre)』(読み方はレーヴル。フランス語ムズカシイネ)
そこに描かれていたのは…
「天才的な感性を持ちながら、理想を形にできず、最後には絶望して自ら命を絶つ画家の姿」
これ…俺のことか…
セザンヌには受け入れ難い事実でした。
誰よりも自分の理解者だと思っていた親友の目に、
自分は「終わった人間」として映っていたのか。
リアリスト・ゾラは、「人間を精密に分析し、結果を予測する」ことに長けていました。
だからこそ、親友セザンヌの不器用さや苦悩も、「あいつはこういう性格ー遺伝で、この環境にいるから、最後はこうなるだろう」と予測して、小説にしてしまったのですね。
しかしリアルは、時に人をいとも簡単に裏切ります。
セザンヌは一通の短い手紙をゾラに送り、
それきり二人が会うことは二度とありませんでした。
リアルを見つめた作家、リアルに苦しみ続けた画家
そんな切ない別れを迎えた二人ですが、こんなエピソードが残っています。
ゾラが不慮の事故で亡くなったとき、
それを聞いたセザンヌは部屋に閉じこもり、一日中泣き崩れていたそうです。
またゾラも生前、セザンヌをモデルにしたことを後悔しているような素振りを見せることもありました。
お互いを誰よりも理解していたからこそ、
二人の道はもう交わることができなかったのかもしれません。
理解とは、共に歩き続けることではなく…
ときに、離れてからも消えない痛みとして残るものなのかもしれません。
そしてセザンヌはその痛みを抱えたまま
孤独な本質探求の道をひとりで最後まで歩き切り、
りんごと共に、近代絵画の父となったのでした。

だから複数の視点を一枚に閉じ込めたほうが、より『本物』に近いんだ!」
Apples and Oranges(1900) , Paul Cézanne
ラストメッセージ|「さよなら」の代わりに
ゾラへ
『L'Œuvre』を送ってくれてありがとう。
過ぎ去った古い日々を思い出しながら、著者に握手を送るよ。
昔と変わらぬ感情を込めて。
—ポール・セザンヌ
怒るわけでもなく、嘆くでもなく。
「昔は楽しかったね、さようなら」
それが二人の最後でした。
「りんごひとつでパリを驚かせたい!」
かつて少年ゾラからもらった、あのバスケットいっぱいのりんご。
それはかつて「友情の証」でしたが、
決別を経て、それはセザンヌにとっての世界のすべてになりました。
腐ろうが、異臭を放とうが、ハエがたかろうが(これは想像)ひたすらりんごを描き続けるーーー
そんなセザンヌが少し愛おしく思えるようになったあなたへ。
ようこそ、セザンヌオタクの世界へ!
次回予告
りんごを腐らせ、友情を失い、
それでも描き続けた頑固おじ、ポール・セザンヌ。
死を受け止め、形に世界を閉じ込めた彼の執念を、
いちばん危険な形で受け取った人物がいます。
ピカソです。

ゾラに「終わった人間」と書かれたセザンヌの絵を、
誰よりも熱心に、ストーカー並みの執念で研究した若きピカソが満を持して登場!
壊して、食らって、殺して、更新して、
昨日の自分を何度も処刑しながら描いた男。
次回セザンヌシリーズ最終作:
死を受け入れたセザンヌ、死を壊し続けたピカソ
「自由に描いていい」と知った男が、
どれほど自由に暴れ、どれほど死と正面衝突したのか。
お楽しみに!!!
*補記
最後の手紙の後:
実は近年の研究では、「この手紙のあと、二人はこっそり会ってたんじゃないか」という説も浮上しています。表面的には「絶交」していても、心の中では「世界一うっとうしくて、世界一愛しているアイツ」という、こじらせた友情が続いていたのかもしれません。
真実は、天国の二人がりんごを眺め、ワインでも飲みながら笑い合っている。そう信じるくらいがちょうどいいのかもしれません、フフフ😼
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