日韓で争うほどの余裕はない
世の中、往々にして期待していない時のほうが良い結果が出ることがある。初動は鳴り物入りで期待された人やモノ、コンテンツのほうが高くとも、終わってみれば下馬評が低かったもののほうが上位に来ている現象は、少なくはない。
ラジオリスナーである私の場合は、改編期の新番組でよく遭遇する。局も気合を入れて、社長会見に出席させたような番組が蓋を開けるとイマイチ跳ねず、逆に改編期直前に決まった新番組がジワジワと個人的な「番付」を駆け上がってくることが多い。
本家本元の「番付」社会の大相撲の優勝展望にしても、初日を迎える前の予想が千秋楽で実現していることは、白鵬全盛期が終わってからは滅多にない。という例えよりも分かりやすいのは、プロ野球の新外国人選手だろうか。
今週火曜日、19日に行われた日韓首脳会談も当てはまるかもしれない。
昨年10月、直前に首班指名を受けた日本の高市早苗首相がAPEC首脳会議が行われる韓国・慶州を訪れて李在明大統領と会談したのが高市-李間での初の首脳会談だった。年が明けて1月には首相の地元・奈良に大統領を招き、「ドラムセッション」をしたことも話題になった。そして今回は大統領の地元・安東で行われた。わずか8ヵ月で3度の首脳会談は相当なハイペースだ。
日韓間で「雪解け」が進んだのは、岸田文雄首相と尹錫悦大統領の時代だった。自民党内ではハト派とされる宏池会出身の岸田首相と、5年ぶりの保守政権となった尹大統領の間では安全保障分野も含め連携が大きく進んだ。韓国の文在寅政権下では対日強硬政策を取ることが多く、日韓関係は冷え込んでいた。
厳しい日韓関係のもと始まった尹政権は、文政権の北朝鮮や中国に融和的な政策から一気に米国、そして日本を中心とした外交へと舵を切った。岸田-尹会談は、2022年5月の大統領就任から24年10月の首相退任までで12回を数えた。23年のG7広島サミットでの韓国人被爆犠牲者慰霊碑への献花はそのハイライトだった。
日韓いずれとも同盟を組む米国の大統領もリベラル派の民主党・バイデン政権だったこともあり、日米韓サミットも定期的に行われた。
その尹政権を批判していたのが進歩系野党・共に民主党の李代表だった。元徴用工訴訟や慰安婦問題を巡って尹政権に批判的で、福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出を巡ってはハンガーストライキを決行するなど、反日派だと見られてきた。
しかし尹大統領が2024年12月に戒厳令を発出し、野党の排除を試みて失敗に終わる大政変が起こったことで一変する。特段の根拠のない戒厳令だっただけに弾劾も認められた結果、後任の大統領は最大野党の党首たる李代表が最有力となった。
そして大統領選を見込み通りに勝利したことで、日本側は政財界やマスコミを中心に尹大統領の対日融和路線が転換され、文政権の冷え込んだ関係に戻るのではという懸念もみられた。
ところが李大統領は就任後に対日姿勢を一変させる。「日本は重要なパートナー」と発言し、初の外遊先に日本を選んだ。参院選に敗れ、「石破降ろし」の真っ最中だった石破茂首相との首脳会談を最初に選んだのだから異例だった。
これは日本側から見た見方だが、韓国側もおそらく同じような感想を持っていたのではないか。
保守色の強い安倍晋三政権と、その後継である菅義偉政権から、ハト派の岸田政権に変わり日韓関係は雪解けを見た。石破政権も岸田政権の外交姿勢を引き継ぎ、日韓・日米韓の同盟関係のもと関係が強化された。
石破政権は衆参2度の国政選で過半数を割って倒れ、高市政権が発足した。安倍元首相以上のタカ派として知られ、靖国神社参拝を公言し、慰安婦問題でも韓国に対し妥協をする姿勢は一切見せていなかった。総裁選勝利時には「極右」「女版安倍晋三」といった報道もあったという。
しかし首相就任会見で朝鮮日報記者の質問に「韓国ノリは大好きで、韓国コスメもよく使う」と答えたことが好意的に受け止められたという。APECの際の初会合の際には、日本国旗だけでなく韓国国旗にも一礼したことが大きな話題となった。
そして1月には首相の地元で両首脳によるドラムセッションが行われ、蜜月関係が示された。日本人が「まさか李政権でここまで日韓関係が良好に進むとは……」と思うのと同様に、韓国人も「まさか高市政権でここまで韓日関係が良好に進むとは……」と思っているはずだ。
背景には、高市首相が奈良出身で、いわゆる「大阪のオバちゃん」的な雰囲気を持っていることや、SNSを重視している李大統領が若者の間での反日色の薄まりを受けて路線転換したこともあるかもしれない。
ただ、それ以上に、もはや日韓が「喧嘩」をできる国際状況にないことが一番の要因だろう。
日韓関係の冷え込みがピークに達したのは2019年だった。自衛隊機へのレーダー照射問題は、日本が韓国を半導体輸出の「ホワイト国」から外し、それに対抗して韓国は日韓防衛協力協定であるGSOMIAの廃棄にまで至った。韓国ではアサヒビールやユニクロなどの不買運動が起き、双方の国民感情は悪化の一途を辿っていた。
しかし今から振り返ると、この当時はまだ日韓に余裕があった。安倍政権はそれまで長く冷え込んでいた日中関係の改善を図り、2020年1月には、最終的には新型コロナの影響で中止となったが、「桜が咲く頃」に習近平国家主席を国賓として招くと発表していた。さらにはロシアのプーチン大統領とも、首相の地元・山口県で会談をするなど良好な関係性を維持していた。
一方の文政権は北朝鮮へ極めて融和的な政策を取った。北緯38度線に近い板門店で2度、平壌で1度、金正恩委員長との南北首脳会談を行い、人道支援や経済協力を復活させた。2019年には20回以上のミサイル発射を行う中で、である。中国に対しても、香港の民主化デモに対して言及を避けた。
日韓が仲違いしても、中国、北朝鮮、ロシアといった他の隣国との関係性を改善することで大きな損害は受けなかった。二正面作戦をしなくて済んでいたといえよう。
2020年の新型コロナ禍を機に、こうした関係改善を模索する動きは途絶えた。異例の3期目に突入した習国家主席は覇権主義への挑戦を強固なものとし、プーチン大統領は22年にウクライナへと侵攻した。北朝鮮のミサイル開発は技術力が進歩する一方、韓国との対話の窓口を閉ざした。
そしてなにより、2025年に米国でトランプ大統領が返り咲いた。「アメリカファースト」の名のもとに同盟国であろうと防衛費の追加支出や追加関税を求め、中国とは「G2時代」の到来を示唆し、ベネズエラやイランに対して武力行使に踏み切った。
新・冷戦とも言われる時代、「東側」陣営の中朝露との関係改善は見込めず、「西側」の盟主である米国は主導権を放棄した。自由と民主主義を重んじる日本にとって、もはや隣国として信頼できるのは韓国だけであり、韓国にとっても日本だけであろう。
高市-李会談が8ヵ月で3度行われ、互いの地元を訪問した。和気藹々とした雰囲気の下で会談が行われたことは、もはや為政者が内心としては反日・嫌韓だったとしても、それを表に出すことが不可能な時代に入ったことを示している。あるいは政治的パフォーマンスとして演出していただけで、今が本心なのかもしれないが。
この現代、反日・嫌韓感情が強いのは中高年以上とされる。戦争の体験がなく、体験談とも遠い若年世代にとっては、いずれも自国にない魅力的なコンテンツを持ち、時差がなく交流しやすい国なのだろう。
そしていずれも少子化が深刻で、急速に高齢化が進み、学歴社会も過熱している。似たような境遇にある両国が仲違いする必要もあるまい。経済を含む安全保障など外交面で協力できることは協力し、内政課題はともに実情を持ち寄って対応を検討する。そういう関係になるべきだと思う。
もちろん、竹島問題は大きな障壁であり続け、慰安婦や徴用工問題も残っている。竹島については波風立てずにやり過ごせるか、慰安婦や徴用工はどう着地させられるかが、日本国首相と大韓民国大統領に課せられる役割なのだろう。高市首相と李大統領であれば、さほど心配はいらないかもしれないと思っている。
いずれにせよ日韓で争っている余裕は、もはやないのだ。
