「頑張ったね」が子どもを凹ませるとき―マインドセット研究、10年後の答え合わせ
まず、懺悔から
これは懺悔の記録です。
10年前、私は本にこう書きました。
「結果ではなく、努力やプロセスを褒めましょう!やわらか頭!」
書いただけじゃありません。
講演でも研修でも、自信満々に語っていました。
スライドも残っています。
証拠物件です。
でも、言い訳をさせてください・・・
私がアメリカのジョージア大学でインストラクショナル・デザインを学んでいた2008年、教育界は「スタンフォード発」の熱気に包まれていました。
なんかこう、わかりますかね、動く椅子とか全体ホワイトボードの教室とか。近未来っぽい雰囲気のキラキラ感ですね。
d.schoolのデザイン思考が流行り出し、Dweck教授のマインドセット研究がじわりじわりと市民権を持ち始める。
能力は努力で伸びると信じる子ほど成績が伸びる、だから能力ではなく努力を褒めよ
そんな(新しい)教育観が広がり始めた頃です。
正直、当時の空気はこうでした。
「スタンフォードが言うんだから、間違いない」
私はこの初期の熱を浴びて帰国した、いわば第一便の輸入業者です。
まぁ、アメリカ帰りの熱にうなされていた感じですね。
その後、TEDでバズり、ホワイトハウスが会議を開き、邦訳がベストセラーになる。ブームが日本に本格上陸した頃には、私はもう講演で語る側にいました。
学校現場でも実践しましたよ。テストの結果がどうであれとりあえず、
「頑張ったね!」(ドヤ)
ところがある日、生徒に言われたんですよね。
「やってもできないのに、頑張ったって言われても逆に凹むっス」
あれ?魔法の言葉が効かない・・・
この違和感を放置したまま10年。
先週たまたま、自分の本を読み返したとき、某番組で「やればできる」を特集した番組に遭遇しました。
違和感がうずく。
早速マインドセット研究のその後を論文でまとめて読み直しました。
世界中の研究者が「やればできる」を本気で検証した10年でした。
先に結論を。
褒め方の語彙を変えるだけで子どもが変わる「魔法の言葉」は、存在しませんでした。
じゃ、全部無駄だったのか、嘘だったのか、というとそうでもない。
ただし!
「やればできる」という信念が力を持つ条件は、特定されてきたんです。
そしてその条件こそ、あの生徒が放った一言と正確につながっていたんです。
37万人の答え合わせ
2018年、これまでに発表されたいわゆる「マインドセット研究」を集めたメタ分析が行われました。そのデータ数は37万人分。
「やればできると信じている子ほど成績がいい」という関係は、確かにありました。
ただし成績の違いの約1%(r = 0.1, r^2 = 0.01)を説明する程度。
しかも研究ごとの結果はバラバラで、「魔法」と呼べる代物ではまったくなかった。
ただ、このバラバラさが不思議なことに次の研究につながりました。
まんべんなく平均するとほぼ効果なし。
では、効いた場所と効かなかった場所は何が違うのか?
効く場所は、こう見つかった
それに答えたのが2019年の論文、全米65校・1万2千人のランダム化比較試験です。
めちゃめちゃシンプルな介入実験で、1時間弱のオンライン教材で「能力は伸びる」という考え方を届けました。
そしたら、とくに校内で成績が下位層にいた生徒にバシっとハマったんです。
すでにうまく回っている子には、ほぼ何も起きなかったという・・・。
「やればできる」の全員一斉放送だけでは、空砲になってしまうわけです。バーン。
そしてここが論文のポイント。
信念の変化そのものは、どの学校でも同じように起きていました。
ところが!
成績の改善につながりやすかったのは、「難しい課題に挑戦するのが当たり前」という空気のある学校だったんですね。
周りが楽な問題を選ぶ学校では、せっかく芽生えた「やってみよう」熱気が数ヶ月で蒸発してしまいました。
つまり、僕のブログでも学ぶ環境が大切って言っているんですけど、それです。
種と土
研究チーム自身がまたこれ、いい例を出しているんですよね。
必要なのは良い種(信念)と、それが育つ土(環境)だと。
10年前の私は、種の品種改良ばかり語って土を見ていなかったんです。
ちなみにこの「土」、生徒への意識調査(ex. 心の中でどう思っているか)では測れず、実際の行動(ex. 難しい問題を何問選ぶか)でしか測れませんでした。空気は言葉ではなく、周りの振る舞いでできているんです。
さらにもう一つ。
オンライン介入の中で生徒たちは「やればできる」と教わっただけではありません。
仕上げに「来年苦労する後輩へのアドバイス」を自分の言葉で書くというタスクも仕組まれていたんです。
基本、人は言われた言葉ではなく、自分が誰かに言った言葉を信じます。
学びが本質的に社会的な営みであることは以前ロゴフの回で書きましたので、こちらを参考に。
生徒は正しかった
では、例の生徒の一言は何だったのでしょうか。
「やってもできないのに、頑張ったって言われても逆に凹むっス」
当時の私は「褒め方が下手だったかな」くらいに受け取っていました。でも、違ったんです。
ここがまた面白いのですが、そもそもマインドセット教祖のDweck先生本人が後年、警告を出しているんですよね。
中身のない努力褒めは「偽物のグロースマインドセット」だと。
結果が出ていないときの「頑張ったね」は、子どもには「あなたにはもう期待していない」という慰めの信号として届くことがあります。
つまり、私が分かった気になって連発していた
「すごいじゃーん」「頑張ったね」
は、科学的に見ても生徒を凹ませる空砲だったという、悲しい結論です。
明日から、言葉より土を耕す
さて、ここまで読んで落ち込んでしまったみなさん、朗報です。
明日からできることを、家庭と学校で一つずつ。
家庭では、「頑張ったね」を「どうやったの?」にしてみましょう。
「頑張ったね」で終わらず、やり方を聞く。
子どもが自分の工夫を言語化する瞬間こそが、本物の介入ポイントです。
できなかった日は、慰めの褒め言葉の代わりに「どこで詰まった?」を一緒
に。
学校では、単元の最後に「来年この単元を習う後輩への攻略アドバイス」を書かせる。
あの全米実験でも使われた仕掛けを、教室向けに応用する方法です。
教わった者ではなく、教えた者が変わる。
なので、教え合うってのが重要なんですよ。
最初は教えるのが上手じゃないかもしれないので、先生が適宜介入し、どのようにしたら伝わりやすいのか一緒に考えてあげるのもいいかもですね。
訂正してこそ学習科学
10年前の私は間違っていたというより、解像度が低かったと思います。
誰に、どんな環境で、どんな伝え方なら効くのか。
「新しい教育」に夢中になりすぎていた私にはそんなこと考える余裕はありませんでした。しかし、この10年の検証はそれを特定してくれたんですよね。
努力を褒めてきた皆さんの10年も、無駄ではありませんよ。
効かせ方が分かっただけ、です。
ところで、あの2019年の全米実験、論文の著者名簿にはDweck先生本人が名を連ねています。
提唱者自身が、自説を検証台にのせ、「効く条件」を特定する側に回ったわけです。
10年前の私は「スタンフォードが言うんだから」と信じました。
率直に浅かった。
でも救いは、提唱者本人が
「全員に同じように効くわけではない。効く人と、効く環境を見極めよう」
と上書きしてくれたという。これぞ科学の健全さです。
だから、10年前に私の本や講演を聴いて「とりあえず褒めまくってた」というみなさん。
すいません、アップデートの時間です。準備はいいですか。
あのとき撒いた「種」を腐らせないために、ここからは一緒に「土」を耕すフェーズに入りましょう。
ちなみに、今の私の解像度も10年後には「やば、浅すぎ」と言っているかもしれません。
その時はまた盛大に懺悔しますので、どうか容赦なくツッコんでください。
まとめポイント:「やればできる」を空砲にしないために
1. 挑戦しても大丈夫な空気をつくる
空気は言葉ではなく、周りの振る舞いから。難しい方を選んだ子が損をしない環境をつくりましょう。
2. 全員に同じ言葉を放送しない
とくに今つまずいている子へ、個別に届ける。すでに回っている子には、次の挑戦の話をしましょう。
3. 教えるだけで終わらず、誰かに説明させる
人は、自分が誰かに言った言葉を信じます。「後輩への攻略アドバイス」や「それ、教えて?」で十分です。
4. 「頑張ったね」で終わらず、「どうやったの?」まで聞く
工夫やつまずきを一緒に見て、次の一手につなげましょう。
