空港に魔法はなかった― 記憶は、思ったより曖昧だ ―
記憶とは、本当にいい加減で曖昧だ。
最近、毎日の中に「旅」の要素を入れようとしている。
すると不思議なことに、
少し遠回りするだけでも、
初めての店に入るだけでも、
それはもう「旅」になるのだと気づく。
空港の、あの空気感が好きだった。
高い天井。
少し乾いた空気。
どこかの国へ向かう人たちの足取り。
そうか。
「そうだ!関空へ行こう!」
いつしかのキャッチコピーみたいに、
私たち夫婦は関空へ行くことになった。
ただ、用事もなく空港へ(笑)
「何年ぶりだろう?」
「バリ島行ったのは30歳の時だから…21年ぶり?」
「空港、変わってるんやろうなぁ」
ワクワクしていた。
でも約束の3日前、夫が言う。
「僕たち、関空行ったことあるよな?」
「え、私はあるけどあなた海外行ったことないやん!」
笑いながら返したもの、
だんだん私も「あれ?」となる。
記憶の断片を拾い集めていく。
駐車場のターミナル、どっちやった?と
少し揉めた風景。
右下に線路が見えた景色。
展望台で飛行機を見たこと。
「あ、家族で行ってるやん」
「展望台も行ってるやん」
苦笑いから爆笑へ。
見ようとしなければ見えない世界があるように、
記憶もまた、見たいように残っている。
傷ついた出来事も、
辛かった経験も、
大きく膨らませたり、
逆に、静かに端へ寄せたり。
私たちは自分のフィルター越しに、
過去を並び替えているだけなのかもしれない。
そんなことを思いながら、空港へ向かった。
久しぶりの関空は、
思いのほか、ただの「空港」だった。
行けば旅の続きの気分になると思っていた。
国際線ターミナルへ向かった。
キラキラ輝くチェックインカウンター
日本人と外国人が行き交う空間
日本語を話す人の方が少ない、そのフロア
あら?
なんだろう。
どうして、ワクワクしないんだろう。
思ったような高揚は、起きない。
空港に来れば、
何かが動くと思っていた。
景色が変わるとか、
気持ちが一段上がるとか、
「やっぱり私は旅が好きだ」と再確認できるとか。
「あれ? 行動すれば変わると思ってたのに」
そのとき、ふと気づく。
私はまた、
「何かが起こるはずだ」と
小さな執着を握っている、と。
空港に行けば、
気分が変わるはず。
動けば、何かが変わるはず。
体験している私。
それを記事にできる私。
……おそろしい思考やな、と少し笑う。
本当に、私の思考は忙しい。
空港は旅を作っていたんじゃない。
「これから旅に出る私」が、
空港を輝かせていただけだった。
場所に魔法はなかった。
もしかしたら――
再会も、運命も、タイミングも、
同じかもしれない。
象徴が輝いているんじゃなくて、
その時の私が輝いているだけ。
海外旅行もそうだった。
自由で、特別で、
若さの象徴みたいな体験。
でも輝いていたのは、
海外じゃなくて、あの頃の私のエネルギー。
見てほしかった。
すごいって思われたかった。
価値を証明したかった。
外側を取りに行く旅。
でもこれからはきっと違う。
なくてもいい。
でも、あってもいい。
証明のためじゃなくて、
体験のために。
今の私で、また世界に出るなら――
きっと、前とはまったく違う旅になる。
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