「おとぎの国」のピアノ教師たち:①現実の社会では「失敗」が当たり前。
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前回の記事の主旨って、伝わりましたかね?👇
「おとぎの国」には、失敗は無いんですね。
「おとぎの国」だから。
現実社会じゃ、ない。
だから。
これに対して、
現実の社会は、
「失敗」するのが当たり前。
「失敗」がデフォルト。
何かをやる時に「失敗」するのは、ごく普通のことなんですよ。
「失敗」っていうのは、
「自分が思い描いたような結果に成らなかった」
っていうことですよ。
たとえば、
あなたが一生懸命に子育てして、
子どもは、あなたの思った通りに育ちましたかね?
育っていないでしょ?
育たなかったでしょ?
つまり、
あなたの子育ては「失敗」だったんですよ。
あなただけではないよ。
この世のあらゆる子育ては「失敗」するんですよ。
だって、子どもは絶対に、
親の思ったとおりに育たないから!
子育ては、ほんの一例ですが、
これが、現実社会。
現実の社会は「失敗」するのが当たり前なんです。
人生全般は、「失敗」がデフォルト。
「失敗」って、何?
さっきも書いたように、
「自分が思い描いたような結果に成らなかった」こと。
それでも、誰もが、生きているでしょ?
思ったような裕福な家に生まれなかった、
希望の学校に入学できなかった、
プロ野球選手に成りたいのに甲子園に出場できなかった、
東大に入りたかったのに、受験して落ちた、
〇〇会社に入りたかったのに、不採用だった、
営業部門で働きたかったのに、人事部に配属された、
〇〇さんと結婚したかったのに、〇〇さんは他の人と結婚した、
新居はタワマンが良かったのに、手が届かなかった、
男の子が欲しかったのに、生まれたのは女の子だった、
娘にピアノを習わせたいのに、娘はサッカーに夢中だ、
そして、
娘が年頃になったら、どこの馬の骨とも分からない若者を連れてきた、
娘を一流企業の会社員と結婚させたかったのに、その若者は鳶職(とびしょく)だった、
娘を「山の手」に住まわせたかったのに、娘と若者は「下町」のアパートで暮らし始めた、
やがて生まれた子どもは、下町言葉を話すようになった、
娘は、子どもを育てながら、家計を助けるために近所のスーパーでレジのアルバイトを始めた、
ところが、
昨今の人件費上昇によって、とび職の旦那は現場主任を任されるようになって、年収が1,000万円を突破した(←リンク)、
とび職の旦那は、時の勢いにのって独立起業して、古巣の会社から仕事を請け負い始めた、
娘も、スーパーのレジを辞めて、旦那が起業した会社の「女将(おかみ)さん稼業」をするようになった。
二人で寝食を忘れて働いていたら、需要の増加を受けて、旦那の仕事は猫の手も借りたいほどの忙しさになって、会社の業績は右肩上がり。
娘夫婦は、ガテン系から富裕層に成る「ブルーカラービリオネアー(blue collar billionaire)」(←リンク)」の日本版を地で行っている。
👆上記のストーリーは、私によるフィクションですが、
このようなケースは、
果たして「失敗」と呼べるのだろうか?
つまり、
人生とは、自分の思い通りには、運ばないもの。
「ノーミスで」なんて、絶対にならないもの。
だから、
子どもに与えるべき、本当の教えとは、
「失敗しちゃダメ!」や
「失敗を寸前で回避しろ!」
では無くて!!!
「失敗するのがこの世の常なんだから、
失敗した後に、どのようにリカバリーして前に進み続けるか?」
のほうである。
ところが、
世の先生やお母さんがたは、
子どもに「失敗」させないように教育する。
「「失敗」とは、絶対にしてはいけない、何があっても避けなければならないものである!」
だから、
「「失敗」するくらいなら、「失敗」する前に「失敗」を回避せよ!」
と、
「「失敗」の回避方法」を、これでもか!これでもか!と教え込む。
👆これこそが、
「失敗の教育」であり、
「教育の失敗」なのである。
なぜなら、
「怪獣ママゴンに監視される公園の砂場遊びの世界」から一歩出ると、
現実の世の中は、自分の思い通りには絶対に行かないからである。
「失敗しちゃダメなのよ!ダメなのよ!」
怪獣ママゴンの金切り声を浴びながら、
「失敗の寸前で失敗を回避する」テクニックをずっと調教されてきた人は、
「失敗した結果に対処する耐性」が全く育たなかったために、
仕事で何かあると、すぐに折れてしまう。
「失敗の寸前で失敗を回避するテクニック」しか調教されていないので、
「失敗が現実になった場合に、どのようにリカバリーして前に進み続けるのか?」の経験値を、全く持っていないからである。
だから、
「ちょっとした壁」にぶつかると、すぐ挫折して凹んで、ダメになってしまう。
これが、本当の「失敗」である。
現実の世界とは、
「ちょっとした壁」が密集して乱立している場所である。
どこへ行くにも、歩き出せばすぐに、
「ちょっとした壁」にぶつかるのが、
現実の世界である。
それなのに、
ピアノ教育では、
現実世界とは全く逆の、
「浮世離れした内容」が教えられている。
それは、
「失敗を事前に回避するテクニック」の訓練である。
ピアノ教育が、
「失敗するのが当たり前の現実世界」から外れた場所にあるから、
ピアノ教師たちは、
「失敗は未然に回避できる」という
幻想を信じて生きていられるのである。
ところが、
現実社会でそれが意味するのは、
ピアノのレッスンにおいて、
習う側は「最終的に失敗する方法」を習っているということなのである。
「失敗を事前に回避するテクニック」は、
「失敗することを恐れる」マインドセットを醸成するからである。
「失敗を恐れるマインドセット」でピアノを弾いても、
いや人生全般どう生きても、
「失敗を怖がって失敗を避けてばかりの人生」こそが、
「人生の失敗」だからである。
当のピアノ教師たちが、それを証明している。
ピアノ教師は、子どもの頃のピアノのお稽古で、
「失敗の寸止めテクニック」を叩き込まれた結果、
プロのピアニストに成る夢破れて、
現在はピアノ教師になっているからである。
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~ピアノ方丈記~
