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バッハのコラールで大人のケンバン遊び(その[13]:「対位法」ってなによ? 2声コラールNo.007/069)


👉この記事シリーズは、西洋音楽の和声の大元(おおもと)であるJSバッハの2声コラールを使って、移調・初見演奏・ソルフェージュ・聴音・即興演奏・コードづけ・楽曲分析などなど、好きなように遊んでしまおうというものです。

👉バッハ翁も、「自分の作品のなかで、こんなマイナーな曲を弾いて楽しんでくれるとは!」と、草葉の陰で喜んでいることと思います。


直前の記事(その[12])はこちらです
👇


もともと2020年3月31日に、はてなブログに書いた記事👇

で既に書いたように、

JSバッハのコラールや、バッハの作品は、
デジピやキーボードといった電子ケンバン楽器のハープシコード音やパイプオルガン音や合唱(choirクワイァ)音で弾くほうが、当時の音の雰囲気を楽しめます。

というのは、上記のはてなブログの記事に既に書いたあるように、
バッハは、modern piano(現代のピアノ)を弾かなかったからです。
バッハの時代には、現代のピアノは、まだ開発されていなかったからです。

バッハが弾いていた当時のキーボード(英語でケンバン楽器keyboard instrument)やキーボードの歴史については、前回の記事に、私が視て大変ためになった素晴らしい動画を貼り付けました👇


今回の2声コラールはNo.007/069です。移調演奏・アドリブ・コードづけ・楽曲分析・初見演奏・聴音などで、気軽に遊べます。
(キーはCメイジャーです。
調号は原本どおりです。フェルマータ(減速)記号が有る場合は、フレーズの終わりを意味しています)👇

入力ミスは笑って許して。タダの楽譜だから!

👆の音声はこれです👇  

👆バッハのコラールの楽譜の場合、フェルマータ(減速)記号は、「フレーズの終わり」を意味するとのことですが、楽譜の自動再生音なので減速します。 

で、今回のお題は、「対位法ってなによ?」なんですが、

よく、クラシック人の皆さんが「対位法が…」みたいに話しているのを聞くと、私みたいな庶民は委縮したりしませんか? 

実は、
日本語で「対位法」と呼ばれているものは、当のご本家のヨーロッパ言語では、「counterpoint(👈たとえば英語で。カウンターポイント)」と呼ばれているものです。
counterpoint(カウンターポイント) の counter(カウンター)は「カウンターパンチ」のcounterで「反対の方向に向かっていく」みたいな感じですかね。そして  point(ポイント)は「地点とか位地」の意味ですね。
つまり、昔の日本の偉い人たちが「counterpoint」を日本語に訳したのが「対位法」なのですね。 

あれ?
「対位法」の「法」は、当のご本家のヨーロッパ言語にはついてないよ! 

そうなんですよ!もし「法」が付いているとすれば、method とかが付いているはずなんですが、当のご本家の言葉では「counterpoint」だけ。
だから、本来は「対位」なんですよ。
「反対位置」みたいに訳したほうがわかりやすかったんじゃないんでしょうかね?

私は、ほんの数か月、作曲家の先生に藝大和声に基づくcounterpointを習って、金銭的に脱落した人間なのですが、
そんな私のようなお金の無い庶民でも、counterpointをザックリでもいいから知ることができたらなぁ............…。
と、私はお月様に願いをかけていたのでした。

というのはウソで、願掛けするまでもなく、ガサツな貧乏人根性で、なるべくお金をかけずにcounterpointの感覚を持てたら!と思って、ネットでガサガサ調べてたどり着いたのが、この記事シリーズでフィーチャーしている、この本だったのです👇

そして、この本の大半を占める、英米語圏の音楽専門教育でデフォルトなバッハの4声コラールと一緒に、ちょびっと掲載されている Bach Chorale Melodies with Figured Bass の69曲に、なぜか私は興味を持ったのです。
たぶん、ソプラノとベイスだけのほうが、シンプルでわかりやすかったのかもしれません。

そして、
ビートルズの楽曲にも使われている「対位法」なるcounterpoint(カウンターポイント)を超ザックリ表すと、こういうことだと思います。
今回の2声コラールNo.007/069を使うとこんな感じになると思います👇

もいっかい音声ファイルを貼り付けますね👇

👆赤い矢印が示すように、
①ソプラノとベイスの動きが互いに反対の方向に動く。それから、
②片方が平行に動いて、もう片方が斜めに動く。 
超ザックリ言うと、これが、counterpoint(反対位置)の音の動き方で、これが、西洋音楽の礎になっているのだ!
ということだと、庶民の素人の私は、今のところ思っています。

counterpointを詳しく知りたければ、まずネットの情報(とくに英語の情報)をディグってみるとよいかもです。理由は、無料だから!
そして、counterpointの沼にハマりたくなったら、その時は、定評の有る作曲家の先生に習うのもテではないかとおもいます。 私が一瞬だけ習った作曲家の先生は、自らの作曲活動のかたわら、音大受験生さんを毎年何人も著名な音大に合格させている、音楽家にありがちな '偏った感' が無い、人柄も良くて、確かな先生でした。 良い先生に一瞬だけでも習って本当に良かったと思います。先生選びは本当に重要だと思います。 よく「音楽家には変人が多い」とか「社会性が乏しい」と言われますが、どこの業界も同じで、一流の人たちはみんな、専門分野の仕事能力と「詰(つ)めの辛(から)さ」が異常レベルに高い、いわゆる「鬼」なだけで、人間はちゃんとしてますよ。 じゃないと社会でお金を稼げないから。 変人で社会性が乏しい音楽家は、社会性が乏しくてもお金に困らずに生きていける境遇に恵まれた人たちだと思うよ(もっとも、社会性が乏しいとお金は稼げないから、二流以下だね)。
ちなみに、日本のcounterpointはフランスからの輸入らしいので、私がこの記事シリーズでフィーチャーしているバッハのコラール集とは別の本を使うと思います。

そして、興味が有るけどお金が無い!
という、私のような人は、
とりあえず、バッハのコラール集を弾いて遊んでいるうちに、
counterpointの感覚が無意識に出来てきて、
理論は後付けでもいいんじゃないかな、素人だし。

てな感じで、私はバッハのコラール集を弾いていた時期があったのです。
そして、
バッハのコラール集の2声コラールで遊ぶと、メロディーラインとベースラインの動きに馴染むことができて、4声コラールで遊ぶとコードの動きに馴染める!
と、実感しています。
そして実際に、私の音楽趣味を頼もしく下支えしてくれていると思います。

というわけで、
なるべくお金をかけずにcounterpointをザックリとでも体感したい場合は、バッハのコラール集でいろいろ遊んでいるとコスパが良いと思っています。 

「こんなアバウトな解釈はけしからん!「平達5度」や「連続5度」などの基本中の基本や、更に詳しい例外的細則までも理解しなければいけないのであーる!」
って言われてもさ、こっちは、ちゃんと習いたくても、先立つお金が無いから、乏しい脳みそを極限まで絞って、なんとかお金がかからないように工夫してやってるんだからさ!
とやかく言うんだったら、私が和声を習得するまでの高額なレッスン費用を負担してくれよ!  

👆バッハのコラール集の音楽が日本ではほとんど知られていない理由は、日本では、国公立の学校で宗教関係の内容を教材で使うことができないからだと思います。バッハのコラールを扱ったら、じゃあヒンズー教やイスラム教の内容は教えないのか?になるだろうし、その前に仏教や、そもそも神道に関係する内容を教えるほうが先だろうと思います。

👇私のJSバッハのコラールの一連の記事でフィーチャーしている、JSバッハの4声コラール(371曲)と2声コラール(69)曲が全部入っている楽譜がこれです。でも、楽譜が小さくて音符が蟻んこのようなことに加えて、昭和の「フォトコピーを何回もしました」みたいな、音符の棒がかすれて見えないようなクオリティなので、私は自分が読みやすいようにfinaleを使って、上記のような2声コラールの楽譜を自分で作って弾いていました。仕方ないでしょ、原書の楽譜が読みづらすぎるんだからさ!👇

👆私が買った時は1,300円もしなかったのに、今は円安などで倍の値段になっているよ…。 
為替が良くなったら1冊持っていて損はない本だと思いますが、楽譜が小さすぎて音符が蟻んこのようです。
しかも、何度もフォトコピー(今で言えばコンビニで何度も紙コピー)したような雰囲気で、音符の棒がかすれて見えない箇所もけっこうあります。
要するに、この原本の書籍は、バッハの371曲の4声コラールと69曲の2声コラールの総覧としては価値が有りますが、楽譜としての実用価値は限りなくゼロです。
だから、私は、自分が見やすいように、finaleで2声の楽譜のすべてと、4声の楽譜の1曲を自力で譜面起こししたのです! だって原書が読みにくすぎるんだもん! 誰が譜面起こしなんていうシチメンドクさいことを好き好んでするかよっ(怒)!
幾分見やすい他の版は、(その②)の記事に書いています。
その他には、Christoper Czarneckiという人(たぶんギタリストだったと思う)が、’J.S.Bach 413 Chorales’という本を出しています(←私は買いましたが、上のリンクの青い本のほうが英米の和声のネタ元だし全然安いですし、卓上キーボードの楽譜立てが壊れそうな重量の楽譜本です(ジャズの The Real Book相当の大きさ+重さ)。ただ、ギタリストの突き抜けたオタクっぷりを感じることができます。ピアノ弾きよりもギター弾きの方が、音楽理論や和声(コード)に関して一枚も二枚も上だなぁと、いつも思います)👇

JSバッハのコラールについての、
おおもとの記事は、はてなブログに書いたこれです
👇

👆の、はてなブログの記事からの抜粋です👇

=====以下抜粋=====

英米における harmony は、事実上、Riemenschneider(リーメンシュナイダー)さんによるバッハのコラール集と同じようにハーモニーを作れるようになることです(日本の和声学は、フランス経由みたいに感じます)。

そのRさん(長いのでRに省略)のコラール集に入っている 69 Chorale Melodies with figured bass は、パートがSとBだけで、しかも短い曲ばかりなので、大人の独学ピアニスト/キーボーディストは、次のような幅広い用途に使うことができます:

① サイトリーディング(初見): 
どこかの某が作ったトーシロ向けの(音楽性に乏しい)練習曲じゃない、西洋音楽の最重要存在JSバッハが作った、音楽性に満ち溢れたガチの作品、それもキリスト教の聖なる歌で練習できる、まさに、大人の独学キーボードにふさわしい、本物で至高のコンテンツ! 
そして、もともと歌の曲なので、基本的に8分音符きざみで、しかも短い。 だから、気軽にできる。 
これに対して、バッハのインベンションなどは、もともとハープシコードといったキーボード用の曲なので、メインの音符が16分音符きざみ。 やたらデカい小節の中に16分刻みの音符がたくさん詰まっていて、しかも見開き2ページ! こんなのをサイトリーディングしたいと思います? 私はゴメンです。

② ソルフェージュ& ディクテーション(聴音): 
同上。 とにかく短くて簡潔で、気軽にトライできる感じが良い。 
それに、歌なので、歌うのが理想的だ。 
そして、歌えることは重要。 そのフレーズをそらで歌えなければ、そのフレーズを聞いて理解したりアドリブで弾くことはできない、と思います(外国語の習得といっしょ)。 
どこの国の誰が書いたのかわからないような「聴音」の「教則本」で聴き書き練習するくらいなら、バッハのこの69曲を使ったほうが絶対に正統派だ!


③ トランスポジション(移調): 
同上。 何度も転調して、一筋縄ではいかない曲もあるが、一曲一曲が短いので気持ちがくじけにくい。


④ コード: 
ベースラインから、コードを想像すると楽しい。
バッハが使ったコードを知るために、figured bassを研究するのも、大人の音楽趣味としてはなかなかオツです(figured bassは、日本語でイタリア語由来の4文字の漢字になっていますが、私は西洋音楽の学術的漢字表記が好きではないので(西洋音楽っぽくないし、漢字表記は学術的でいかめしくなるから)英語のままにします)。 
また、ジャズやポップスならこんなふうにテンションを乗っけられる!みたいに想像して遊べる(が、遊びは最も理想的な練習だ)。

⑤ ベースライン: 
ジャズやる人なら非常に興味深く思えるに違いない。 
それに、ビートルズや現代のポップスにも通じているカウンターポイントの骨組みを感じられる。


⑥ アナリシス(楽曲分析): 
やはり短いので気軽にできる。 これがベートーベンの月光ソナタ第1楽章なんか始めた日には、ぜんぜん終わりが見えなくて、くじけてしまって、敗北感を感じるだけになってしまう。 
敗北感は、心の毒ですから、敗北感のモトには近づかないようにして、小さな達成感を増やしていくのが幸せへの道。 
(ちなみに、ベートーベンの月光ソナタ第1楽章のアナリシスをしたければ、アメリカのどこかの音楽教授が動画をアップしているのでそれを見ると便利。日本で言うところのコードも併記されているのでジャズ好きの人が見ると面白いかも。日本で言うところの和音記号がアメリカ式で書かれているのも興味深い。私はアメリカ式の表記の方がメジャーとマイナーの区別がわかるので好きです)


⑦ 作曲ノウハウ: 
同上。 
加えて、今につながる作曲ノウハウのあの手この手が、SとBだけなので、ハッキリわかる。


⑧ 左手を動かせる: 
これが、バッハが今でも西洋音楽の最高峰と呼ばれるゆえんではないかと思います。 
左手(ベースライン)がメロディと同様に歌い、しかもメロディよりも忙しい。 
そして、曲がメロディとベースラインだけで構成されていて、俳句のように短い。 
この簡潔な素晴らしさ! 単純化の極み! 
そう、Rさん編纂のバッハの69コラールは西洋音楽の俳句なのだ!と私は直観したのです。 

実は、モーツァルトベートーベンショパンリスト.....のピアノ曲は、みな、コード演奏です。 でしょ? 左手が、ドソミソドソミソとか、ドミソドソミドミソドソミとか、ズンチャッチャとかになってますが、これらはみな、コードをバラして弾いている、コードをアルペジエイトしているだけなんですよ。 ワルツのズン~チャッチャの「チャッチャ」なんて、モロにコンピングじゃありませんか(しかも独特のグルーブ感まである)。 だから、「クラシックピアノしかやってこなかったのでコード演奏はできません」っていう主張は、まったくもって意味不明の主張なんですよ。 だって、今まで何年もさんざん演奏してきたのに「知らない」って言うのは、「今まで音楽を全く知らずに何年も演奏してきました」って言っているのと同じだからです。 これに対して、バッハのコラールは、ベースラインも、インナーヴォイスのパートも、地味ながらそれぞれちゃんと魅力的なメロディーになっていて、それが重なった結果としてコードになっている。 4声合唱のコラールには、それが如実に出ているわけです(当然だ。合唱団のアルトやテノールに「バッハの歌は歌っていてつまんない」って言われたら、バッハの作曲家としての仕事がなくなっちゃうもんね)。 この4声合唱のハーモニーは、弦楽カルテッドやオーケストラへ受け継がれていきます。 ピアノが「一人オーケストラ」への「進化」と引き換えに失ったものが、ここにあるわけです。


バッハ以降、「一人オーケストラ」への「進化」が進んだピアノでは、右手がメロ、左手がコード伴奏の曲が増えていきます。 ですから、左手の仕事がコード伴奏に特化するようになっていきます。 一方で、日常生活では、すでに、右手と左手は、それぞれ全く異なる仕事に従事しています。 日常生活において、すでに、右手と左手は全く違う動きをしていて、右利きの人においては、右手が主役の動き、そして、左手は「裏方の動き」に特化してしまっています。 これが、身体の左右差をひどくしていく。 だから、ピアノのレッスンで、ちょっと左手が忙しくなる曲をやると、左手がうまく動かない。 すると、末端の動きばかり指導される。 でも日常生活で身体の左右差が固まっているうえに、コード伴奏ばかりしてきた左手は、すでにコード演奏に特化した「伴奏用の動き」に固まってしまっているから、おいそれとうまく動かせるはずがない。 いつまでたっても、同じことを先生に注意されてばかり、落ち込む、もうピアノなんて嫌いだ! 

という、この世の地獄に堕ちていくわけです。 せっかく楽しくおんがくをしたかったのに、これでは、おんがくとは似ても似つかぬ、畜生道の無間地獄です!

しかしながら、バッハのコラールは、キリスト教の神様と天国の歌です。 歌うことが、弾くことが、魂の救済につながらなければウソです! そして、バッハは、迷える羊たちを天国に導いてくれる、蜘蛛の糸を仕込んでくれていました。 それが、メロディと同じように歌い、メロディよりも動く、「歩いたり転がったりする」左手ベースラインなのだ!と私は思うのです。 私は、このBach 69 Chorale Melodiesを、ゆっくり、ゆっくり、右手の動きと左手の動きを比べながら、自分の身体の動きを確認しながら、そして、自分の脳で考えていろいろ試行錯誤しながら、弾き続けました。 その結果、「ああ、こうやったらもっと弾くのが楽だな」という小さな気づきが積みあがっていって、少しずつ左手、というか、左腕、というか、左半身を連動できるようになってきました。 これが、やはり2年半ほど前からやりはじめた身体ほぐしと相乗効果となって、また、「この人は本物だ!」と思ったプロのピアニストの演奏動画を見るイメージトレーニング(といっても、ただ楽しく見ているだけ。「練習」とか「トレーニング」と考えた時点で、すでに失敗なのです)も相まって、今は、左手が子どもの頃よりも格段に動きます。 でもそれは、身体ほぐし&超一流のプロの動きのイメージングにより、心身がリラックスしてきて、心が天国に近づいている、その結果が、左手の動きに表れているだけなのです。 バッハのコラール集は、私の魂を救済してくれたのです。 

実は、真に私の魂を救済したのは、バッハのコラール集に着目し、それを信じて試行錯誤を続けた、私自身です。 「天は自ら助ける者を助ける」なのです。 


じつは、左手が動くようになったことは副次的な結果でした。 当初は、譜読みと、黒鍵ヘビーなキーに慣れるためのトランスポジションを目的に始めました。 何でもそうですが「習うより慣れよ」とは本当で、ちょっとずつでも続けていくと、だんだん慣れてくるものです。 ナイキのコピーのとおりで、Just do it. です(とても仏教的なモットーだね。禅の影響かな)。 色即是空、空即是色。 般若心経の念仏を唱え続けるのといっしょなのです。 これによって、少なくともダイアトニックでは12キーがずいぶん楽になりました。


ただし、バッハのコラールも、バッハの他の曲も、ジャズやポップスが好きな人にとっては、野球やサッカーをする前のストレッチと同じで、それだけでは野球もサッカーもできない、というシロモノです。 とはいえ、バッハのコラールをかじると、おもしろい気づきがあると思います。


それに、ジャズ好きの人も、バッハの4パートコラール(4声合唱の讃美歌)のメジャーな曲を知っていると、ジャズの理論書を読んでいて突然バッハの4パートコラールの話と譜面が出てきたときにビックリ仰天&委縮せずにすみます。 知っていれば、「あ~バッハのコラールのあの曲ね、はいはい」とサクサク読み進められます。 実際に、バッハの4パートコラールの譜面が出てくるアメリカのジャズハーモニーの理論書があります。 米英の音楽書におけるバッハの4パートコラールのネタ元は、ほぼ例外なくRiemenschneider版の本です。 青っぽい表紙の本で、ググればすぐに見つかります。 日本円で1200円ぐらいでポチれます(👈円高等で2025年現在は2000円以上しています)。 でも上述のように、1ページに複数曲をねじ込んでいるため各曲の譜面が超チッコイので、Kalmus版なども買って照らし合わせながら使うとよいかもしれません。 Kalmus版もポチれます。(←2021年7月に加筆) 


電子ピアノやシンセなどでハープシコードの音で69 Chorale Melodies with figured bass を弾くと、非常にいい感じになって、バッハの時代の正統な雰囲気が出ると思います。 


クラシック音楽の理論書はもとよりジャズのハーモニーの理論書にも引用される、Rさんによる4声合唱の 371 Harmonized Choralesも、やってみると、その強力な威力が感じられると思います。 楽譜が今までとは違って見えるようになりました。 ところで、以前習った作曲の先生に「和声の課題に電子ピアノは使うな、倍音がひどいから。アコースティックピアノを使うように」と言われましたが、当時バッハは教会で、現代のピアノを弾いてなかったよ(バッハはルター派の教会のオルガニスト&作編曲家&音楽監督だった)。 オルガンのほうが、もっと倍音がキツそうだけど。 それにアコースティックピアノは、調律をこまめにしないと音が狂っていきます。 当節、なかなか調律師さんを家の中に呼ぶ気持ちやお金の余裕も減りがちですから、電子ピアノやシンセやミニキーボードのほうが、かえって良いかもしれません(そういう意味では、オルガンの現代版で、Bを足でできるハモンドや電子オルガンはいいですね。371 Harmonized Choralesを電子ピアノや電子キーボードやシンセに入っているオルガンや合唱の音源を使って弾くと、とても神々しい雰囲気が出ます(もともと合唱用の音楽)。 ジャズオルガンの音を使うと、ゴスペルっぽい雰囲気が出ます。 ストリングス音源で弾くと弦楽四重奏になります)。


私は、371 Harmonized Choralesをやりはじめて2か月ほどしたときに、いわゆる中丹田とよばれるところが、生まれて初めて動き出しました。 ダンスでいうところのアイソレーションみたいな現象が起きたので、びっくりしました。 その時に、バッハのコラール集はイケる!と直観して、やったりやらなかったりしながらも、続けています。


バッハには何かある、と最初に思ったのは、いまから20年以上前になるでしょうか、当時の新聞に、渡辺貞夫氏が「基本に立ち帰るために、定期的に、クラリネットでバッハを吹いている」と語っている記事を読んだときです。 そのことが、ずっと、心の中にひっかかっていました。

それに、昨今、動画を見ていると、ジャズピアニストからギタリストまで、ウォーミングアップにバッハを弾いている、という人が目につく。

また、「バド・パウエルがバッハ好きだった」と書いてある記事をどこかで見かけたこともあります。たしかに、ビバップのソロは、バッハに似ている。

そして、バッハインベンションなどは、バリー・ハリス スケール(ビバップスケール)のコード弾きを彷彿とさせる(コードが脳内で聞こえる)。

「ジャズの基本はビバップ」と語るジャズピアニストの動画を見た。 ビバップはジャズの古典。 バッハは西洋クラシック音楽の古典。 古典とは、後世の進化の基盤となったもの。 両者には、古典と言われるだけの共通点が感じられる。 

「グレン・グールドは、バッハは好きだったがモーツァルトが嫌いだった」という話も、おそらく、グールドは「コード演奏のピアノ曲」の凡庸さを見抜いていたのかもしれません。 このあたりに、ソロピアノ演奏の限界がありそうです。 ジャズやポピュラーのピアニストは、凡庸なコード演奏になるのを避けるかのようなソロ演奏をしたり、現代的なコードや現代的な演奏方法に解決策を模索しているように感じます。


バッハのコラールを知っていることには、別の意味もあると思います。 実は、音大出の先生よりも、東洋人でありながらクラシック音楽の根幹であるキリスト教の聖歌や讃美歌が血の中に自然に流れている人たちが存在します。 キリスト教系の私立校に通っていた人のなかには、学生時代に授業で、グレゴリオ聖歌を歌ったり、ヘンデルのメサイアの合唱した人たちが少なからずいます。 そういう人が、作曲の先生から「グレゴリオ聖歌が西洋音楽のおおもとなんですよ、グレゴリオ聖歌って知ってる?」と聞かれて、「はい、中学で歌っていました」と答えると、先生の方が目を白黒させてしまうわけです。 英国国教会の私立校や、カトリック校では、ヘンデルのメサイアを歌うところがあります(プロテスタント校にはバッハがいますから、バッハではないかと思います)。 そういう人たちが、総合大学なり女子大なりに入ると、それぞれ異なる高校出身にもかかわらず、練習なしで、いきなりハレルヤを合唱しだして、キャンパス内でにわかハレルヤセッションができちゃったりするわけです(まるで、ライブハウスで互いに初対面のジャズ好きたちが「枯葉」でジャムセッションをするかのごとく)。 そういう中高はお嬢様校であることが多く、とくに前世紀では、彼女たちはエスカレーターに乗るかのごとくにお嬢様女子大に通い、卒業するとエリートとお見合い結婚して、欧米に駐在することが多かったのでしょう、駐在員のご婦人方のコーラスグループでは、ヘンデルのメサイアから何曲も歌ったりするところもあるそうです。 中高時代に歌っていた人が多いから可能なんでしょう。 ヘンデルのメサイアを合唱できることは、ある特定のお嬢様学校の出身者であることを示す、強烈な記号といえそうです。 


~ピアノ方丈記~




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