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バッハのコラール集で大人のケンバン遊び(その⑨:電子ケンバン楽器は鍵盤楽器の最終進化形)


直前の記事(その⑧)はこちらです👇


もともと2020年3月31日に、はてなブログに書いた記事👇

で既に書いたように、

バッハのコラールや、バッハの作品は、
デジピで弾くほうが、当時の音の雰囲気を楽しめます。

というのは、上記のはてなブログの記事に既に書いたあるように、
バッハは、modern piano(現代のピアノ)を弾かなかったからです。
バッハの時代には、現代のピアノは、まだ開発されていなかったからです。

バッハが弾いていた当時のキーボード(英語で鍵盤楽器keyboard instrument)からのケンバンの歴史については、この動画がわかりやすかった。間違いなくイギリスの英語ですがスコットランド英語ですかね? この動画で紹介されるブロードウッド社の創業者が、スコットランド出身なんですね。ピアノの場合以外にも、スコットランドって、何気(なにげ)に時代を変えるキーポイントになってるんだね (英語字幕有り)👇


👇BBCの動画。レポーターはイギリス英語ですね。キュレーターさんはヨーロッパのどこの出身でしょうかね? ピアノ経験者のレポーターがハープシコードを弾いた時のリアクションがおもしろい。それから動画でキュレーターさんがデモしてくれた「一人バンド」ピアノは、現代の電子オルガンってとこですかね? そして、レポーターは、モダンピアノ(現代のピアノ)の誕生を、ベートーベンが聴力を失っていったことに関連付けていますが、みなさんはどう思いますかね? それもそうなのかもしれませんが、私は、モダンピアノを生んだのは、間違いなく、産業革命による工業化だと思います。いつの時代も、文化は、産業の進化の「あだ花」です。モダンピアノがイギリスから誕生したのは、それまでヨーロッパの後進国だった島国イギリスが、産業革命によって当時の技術革新の最先端を疾走する大帝国(地球の半分を支配)にのし上がったのが、その背景だと思います。聴力を失いつつあるベートーベンに、それまでにない大きな音で鳴るピアノを送った+贈ったのが、前述のブロードウッド社なんだね。期せずして、2つの動画がつながった。👇


👇私は、2010年代に別の「ケンバンの歴史」動画を見ていましたが、もし見つけたら、下に貼り付けますと思って探したらすぐ見つかった!
この文章の直下に貼り付けた動画です。包括的でとても良い動画です。クラシックピアノ人さんは絶対見るべきだと思いますよ。電子ケンバン人さんは、この動画の後半の、ギリシャ時代からの鍵盤楽器の歴史と39分前後からの内容が興味深いんじゃないかと思います。
つまり、電子ケンバン楽器が、現時点でケンバン楽器の最終進化形であるということです。
電子ケンバン愛好家は、電子楽器分野の専門知識が別途必要だと思いますが、
アコースティック鍵盤については、音楽ジャンルに関係無く、趣味の素人レベルだったら、この動画の内容のレベルまで知っていたら、とりあえず充分じゃないでしょうかね(英語字幕有り)👇  

👆の動画の中盤の白黒映像のピアニストさんの語りが興味深い。フランツ・リストが、ピアニスト初の「エンターテイナー ピアニスト」であったことがわかるね。 つまり、初めてスポットライトを浴びて聴衆(特に女性)を魅了してグルーピー(追っかけ)ファンを従えたピアニストだったんだね。
つまり、フランツ・リスト以後は、イケメンであることが、ピアニストの必須条件になったわけです。どんなに演奏が上手くても、イケメンじゃないと、一流ピアニストには成れないことが、リストによって確定してしまったんだね。 そして、
現在のクラシック音楽の「アイドル ピアニスト」や、クラシックピアノ愛好家たちの(演奏内容よりも)大袈裟な腕の動かし方は、リストから始まったといっても過言ではないことが、この動画でよくわかりました。
フランツ・リスト以後の音楽業界を見渡すと、ビートルズやマイケル・ジャクソンが、リストの後継者になったことが、よくわかる。
藤井風も、リストが敷いたレールの上に開花したと言えますね(私はどちらかというと藤井空のほうが聴くジャンルですが、藤井風は令和の日本の音楽の象徴かもしれないと思っています。藤井兄弟のそれぞれの道でのご活躍を期待しています)。

👇の動画も2010年代に視ました。ピアノ以前のケンバン楽器は、音の強弱をつけられませんでしたが、そんなケンバン楽器で、どうやって音の強弱をつけようとしていたのか?についての興味深い動画です(英語字幕有り)👇 

👆だから、バッハの曲を現代のピアノで弾くと、何となく物足りなく感じてバッハ嫌いになってしまう人がいるのも、わからなくはありませんね。
モーツァルトも、バッハと同じ感じですかね。

つまり、
ショパンやリストの作品みたいな、ドラマチックに鍵盤を叩いた後に大袈裟に腕を振り上げて「情熱的に弾き放つっっっ!」みたいな音楽や、ドビュッシーの「沈める寺」みたいなサステイン効かせまくりの音楽は、バッハの時代のケンバン楽器では不可能だったんですよ。

そーゆー背景を知っている人は、バッハの曲をとても興味深く感じると思うだろうし、それが高じれば、ハープシコードなどの古いケンバン楽器をディグっていって、もうピアノに戻ってこない…。
という、
現代における超ゼイタクな趣味の方向に向かうんでしょうね。 

👆ケンバン楽器の歴史については、私なんぞの音楽シロートがネットで無料で調べられるのは、この程度ですね。
だから、
もっと詳しい、包括的かつ総合的かつ奥深い西洋ケンバン楽器の歴史については、巷(ちまた)のクラシックピアノの先生にどんどん質問してくださいな。ピアノの先生は、西洋ケンバン楽器のアコースティックな最新機種「ピアノ」で高等教育を受けたからピアノの先生になっているんだから、上記の動画よりも格段に詳しい内容を当然知っているはずだよ!

ここまで読んできて、
「うわっ、ハープシコードだって!
   見たことも触ったこともないよ…orz…」
と思った、そこのアナタ!
ちょっとまってくれ!
アナタ、通販でポチった電子キーボード持ってます?
持ってたら、
アコースティックグランドピアノしか持っていないピアノの先生よりも、
あなたは、バッハに全然近いポジションにいるんですよ!
だって、
通常、デジピや電子キーボードには、
ハープシコードやパイプオルガン音が入ってるでしょ?
それに、バッハのコラールは合唱曲だから、
Choir(クワイァ=合唱)の音が本来の音だよ!
そうなんだよ!
バッハ翁が現役で弾いていたケンバン類に、現代で一番近いケンバンって、
デジピやキーボードなんだよ!

だからさ、
我々のような一般ピープルだってさ、
デジピや電子キーボードがあればさ、
バッハ翁の時代のケンバン楽器の音の雰囲気を味わえるっていうものじゃないですか!

私も、持っているデジピやキーボードの、ハープシコード音やパイプオルガン音やchoir(クワイァ=合唱)音を使って、この記事シリーズでフィーチャーしているバッハのコラールを弾いて遊んでいた時期がありました。
ストリングス音で弾くと、まさに弦楽四重奏だし、ハモンドオルガン音で弾くとゴスペルっぽくなるし、楽しいんだよね。
デジピ派や電子キーボード派の人たちは、これこそが、特権ですよ。
どんなにさ、1,000万円以上のアコースティックグランドピアノを持っていてもさ、アコピでバッハの当時の音を出すことは、絶対に不可能なんですよ。

そして、
ここまで読んでくれた、クラシックピアノ人さん、
アナタが持っている、バッハインベンションなどの楽譜にさ、
「p」とか「f」とか、クレッシェンド記号なんかが付いている場合はさ、
それらについて、いったいどう思いますかね?
上記の動画を視た後、いったいどう思います?
そして、そーゆーことを、アナタのピアノの先生は、アナタに話してくれたこと、あります?
私の場合? 子どもの頃に習ったピアノの先生は、全く言及無し!
むしろ、
「そこはフォルテで!」とか「そこはクレッシェンドする!」って、
私は先生にキンキン言われてたよ。
でもさ、
バッハは、現代のピアノを弾かなかったんだよね。
じゃあさ、
バッハの楽譜に書いてある「f」とかクレッシェンド記号って、
いったい誰が書き加えたんだろうね?  


前置きが長くなりましたが、今回は楽譜No.004/069を貼り付けようとおもってこの記事を書き始めましたが、
マクラの部分ですでにこの長さなので、今回はパスします👇
   ~パス!~

👆の音声もパスします(楽譜上のフェルマータ(減速)記号は、バッハの時代は単にフレーズの終わりを意味していたそうですが、楽譜の自動演奏なので都度減速します)👇  
   ~パス!~


👇私のバッハのコラールの一連の記事でフィーチャーしている、JSバッハの4声コラール(371曲)と2声コラール(69)曲が全部入っている楽譜がこれです。でも、楽譜が小さくて音符が蟻んこのようなことに加えて、昭和の「フォトコピーを何回もしました」みたいな、音符の棒がかすれて見えないようなクオリティなので、私は自分が読みやすいようにfinaleを使って、上記のような2声コラールの楽譜を自分で作って弾いていました。仕方ないでしょ、原書の楽譜が読みづらすぎるんだからさ!👇

👆私が買った時は1,300円もしなかったのに、今は円安などで倍の値段になっているよ…。 
為替が良くなったら1冊持っていて損はない本だと思いますが、楽譜が小さすぎて音符が蟻んこのようです。
しかも、何度もフォトコピー(今で言えばコンビニで何度も紙コピー)したような雰囲気で、音符の棒がかすれて見えない箇所もけっこうあります。
要するに、この原本の書籍は、バッハの371曲の4声コラールと69曲の2声コラールの総覧としては価値が有りますが、楽譜としての実用価値は限りなくゼロです。
だから、私は、自分が見やすいように、finaleで2声の楽譜のすべてと、4声の楽譜の1曲を自力で譜面起こししたのです! だって原書が読みにくすぎるんだもん! 誰が譜面起こしなんていうシチメンドクさいことを好き好んでするかよっ(怒)!
幾分見やすい他の版は、(その②)の記事に書いています。
その他には、Christoper Czarneckiという人(たぶんギタリストだったと思う)が、’J.S.Bach 413 Chorales’という本を出しています(←私は買いましたが、上のリンクの青い本のほうが英米の和声のネタ元だし全然安いですし、卓上キーボードの楽譜立てが壊れそうな重量の楽譜本です(ジャズの The Real Book相当の大きさ+重さ)。ただ、ギタリストの突き抜けたオタクっぷりを感じることができます。ピアノ弾きよりもギター弾きの方が、音楽理論や和声(コード)に関して一枚も二枚も上だなぁ、と、いつも思います)👇

JSバッハのコラールについての、
おおもとの記事は、はてなブログに書いたこれです
👇

👆の、はてなブログの記事からの抜粋です👇

=====以下抜粋=====

英米における harmony は、事実上、Riemenschneiderさんによるバッハのコラール集と同じようにハーモニーを作れるようになることです(日本の和声学は、フランス経由みたいに感じます)。

そのRさん(長いのでRに省略)のコラール集に入っている 69 Chorale Melodies with figured bass は、パートがSとBだけで、しかも短い曲ばかりなので、大人の独学ピアニスト/キーボーディストは、次のような幅広い用途に使うことができます:

① サイトリーディング(初見): どこかの某が作ったトーシロ向けの(音楽性に乏しい)練習曲じゃない、西洋音楽の最重要存在JSバッハが作った、音楽性に満ち溢れたガチの作品、それもキリスト教の聖なる歌で練習できる、まさに、大人の独学キーボードにふさわしい、本物で至高のコンテンツ! そして、もともと歌の曲なので、基本的に8分音符きざみで、しかも短い。 だから、気軽にできる。 これに対して、バッハのインベンションなどは、もともとハープシコードといったキーボード用の曲なので、メインの音符が16分音符きざみ。 やたらデカい小節の中に16分刻みの音符がたくさん詰まっていて、しかも見開き2ページ! こんなのをサイトリーディングしたいと思います? 私はゴメンです。

② ソルフェージュ& ディクテーション(聴音): 同上。 とにかく短くて簡潔で、気軽にトライできる感じが良い。 それに、歌なので、歌うのが理想的だ。 そして、歌えることは重要。 そのフレーズをそらで歌えなければ、そのフレーズを聞いて理解したりアドリブで弾くことはできない、と思います(外国語の習得といっしょ)。 どこの国の誰が書いたのかわからないような「聴音」の「教則本」で聴き書き練習するくらいなら、バッハのこの69曲を使ったほうが絶対に正統派だ!

③ トランスポジション(移調): 同上。 何度も転調して、一筋縄ではいかない曲もあるが、一曲一曲が短いので気持ちがくじけにくい。

④ コード: ベースラインから、コードを想像すると楽しい。バッハが使ったコードを知るために、figured bassを研究するのも、大人の音楽趣味としてはなかなかオツです(figured bassは、日本語でイタリア語由来の4文字の漢字になっていますが、私は西洋音楽の学術的漢字表記が好きではないので(西洋音楽っぽくないし、漢字表記は学術的でいかめしくなるから)英語のままにします)。 また、ジャズやポップスならこんなふうにテンションを乗っけられる!みたいに想像して遊べる(が、遊びは最も理想的な練習だ)。

⑤ ベースライン: ジャズやる人なら非常に興味深く思えるに違いない。 それに、ビートルズや現代のポップスにも通じているカウンターポイントの骨組みを感じられる。

⑥ アナリシス(楽曲分析): やはり短いので気軽にできる。 これがベートーベンの月光ソナタ第1楽章なんか始めた日には、ぜんぜん終わりが見えなくて、くじけてしまって、敗北感を感じるだけになってしまう。 敗北感は、心の毒ですから、敗北感のモトには近づかないようにして、小さな達成感を増やしていくのが幸せへの道。 (ちなみに、ベートーベンの月光ソナタ第1楽章のアナリシスをしたければ、アメリカのどこかの音楽教授が動画をアップしているのでそれを見ると便利。日本で言うところのコードも併記されているのでジャズ好きの人が見ると面白いかも。日本で言うところの和音記号がアメリカ式で書かれているのも興味深い。私はアメリカ式の表記の方がメジャーとマイナーの区別がわかるので好きです)

⑦ 作曲ノウハウ: 同上。 加えて、今につながる作曲ノウハウのあの手この手が、SとBだけなので、ハッキリわかる。

⑧ 左手を動かせる: これが、バッハが今でも西洋音楽の最高峰と呼ばれるゆえんではないかと思います。 左手(ベースライン)がメロディと同様に歌い、しかもメロディよりも忙しい。 そして、曲がメロディとベースラインだけで構成されていて、俳句のように短い。 この簡潔な素晴らしさ! 単純化の極み! そう、Rさん編纂のバッハの69コラールは西洋音楽の俳句なのだ!と私は直観したのです。 

実は、モーツァルトベートーベンショパンリスト.....のピアノ曲は、みな、コード演奏です。 でしょ? 左手が、ドソミソドソミソとか、ドミソドソミドミソドソミとか、ズンチャッチャとかになってますが、これらはみな、コードをバラして弾いている、コードをアルペジエイトしているだけなんですよ。 ワルツのズン~チャッチャの「チャッチャ」なんて、モロにコンピングじゃありませんか(しかも独特のグルーブ感まである)。 だから、「クラシックピアノしかやってこなかったのでコード演奏はできません」っていう主張は、まったくもって意味不明の主張なんですよ。 だって、今まで何年もさんざん演奏してきたのに「知らない」って言うのは、「今まで音楽を全く知らずに何年も演奏してきました」って言っているのと同じだからです。 これに対して、バッハのコラールは、ベースラインも、インナーヴォイスのパートも、地味ながらそれぞれちゃんと魅力的なメロディーになっていて、それが重なった結果としてコードになっている。 4声合唱のコラールには、それが如実に出ているわけです(当然だ。合唱団のアルトやテノールに「バッハの歌は歌っていてつまんない」って言われたら、バッハの作曲家としての仕事がなくなっちゃうもんね)。 この4声合唱のハーモニーは、弦楽カルテッドやオーケストラへ受け継がれていきます。 ピアノが「一人オーケストラ」への「進化」と引き換えに失ったものが、ここにあるわけです。


バッハ以降、「一人オーケストラ」への「進化」が進んだピアノでは、右手がメロ、左手がコード伴奏の曲が増えていきます。 ですから、左手の仕事がコード伴奏に特化するようになっていきます。 一方で、日常生活では、すでに、右手と左手は、それぞれ全く異なる仕事に従事しています。 日常生活において、すでに、右手と左手は全く違う動きをしていて、右利きの人においては、右手が主役の動き、そして、左手は「裏方の動き」に特化してしまっています。 これが、身体の左右差をひどくしていく。 だから、ピアノのレッスンで、ちょっと左手が忙しくなる曲をやると、左手がうまく動かない。 すると、末端の動きばかり指導される。 でも日常生活で身体の左右差が固まっているうえに、コード伴奏ばかりしてきた左手は、すでにコード演奏に特化した「伴奏用の動き」に固まってしまっているから、おいそれとうまく動かせるはずがない。 いつまでたっても、同じことを先生に注意されてばかり、落ち込む、もうピアノなんて嫌いだ! 

という、この世の地獄に堕ちていくわけです。 せっかく楽しくおんがくをしたかったのに、これでは、おんがくとは似ても似つかぬ、畜生道の無間地獄です!

しかしながら、バッハのコラールは、キリスト教の神様と天国の歌です。 歌うことが、弾くことが、魂の救済につながらなければウソです! そして、バッハは、迷える羊たちを天国に導いてくれる、蜘蛛の糸を仕込んでくれていました。 それが、メロディと同じように歌い、メロディよりも動く、「歩いたり転がったりする」左手ベースラインなのだ!と私は思うのです。 私は、このBach 69 Chorale Melodiesを、ゆっくり、ゆっくり、右手の動きと左手の動きを比べながら、自分の身体の動きを確認しながら、そして、自分の脳で考えていろいろ試行錯誤しながら、弾き続けました。 その結果、「ああ、こうやったらもっと弾くのが楽だな」という小さな気づきが積みあがっていって、少しずつ左手、というか、左腕、というか、左半身を連動できるようになってきました。 これが、やはり2年半ほど前からやりはじめた身体ほぐしと相乗効果となって、また、「この人は本物だ!」と思ったプロのピアニストの演奏動画を見るイメージトレーニング(といっても、ただ楽しく見ているだけ。「練習」とか「トレーニング」と考えた時点で、すでに失敗なのです)も相まって、今は、左手が子どもの頃よりも格段に動きます。 でもそれは、身体ほぐし&超一流のプロの動きのイメージングにより、心身がリラックスしてきて、心が天国に近づいている、その結果が、左手の動きに表れているだけなのです。 バッハのコラール集は、私の魂を救済してくれたのです。 

実は、真に私の魂を救済したのは、バッハのコラール集に着目し、それを信じて試行錯誤を続けた、私自身です。 「天は自ら助ける者を助ける」なのです。 


じつは、左手が動くようになったことは副次的な結果でした。 当初は、譜読みと、黒鍵ヘビーなキーに慣れるためのトランスポジションを目的に始めました。 何でもそうですが「習うより慣れよ」とは本当で、ちょっとずつでも続けていくと、だんだん慣れてくるものです。 ナイキのコピーのとおりで、Just do it. です(とても仏教的なモットーだね。禅の影響かな)。 色即是空、空即是色。 般若心経の念仏を唱え続けるのといっしょなのです。 これによって、少なくともダイアトニックでは12キーがずいぶん楽になりました。


ただし、バッハのコラールも、バッハの他の曲も、ジャズやポップスが好きな人にとっては、野球やサッカーをする前のストレッチと同じで、それだけでは野球もサッカーもできない、というシロモノです。 とはいえ、バッハのコラールをかじると、おもしろい気づきがあると思います。


それに、ジャズ好きの人も、バッハの4パートコラール(4声合唱の讃美歌)のメジャーな曲を知っていると、ジャズの理論書を読んでいて突然バッハの4パートコラールの話と譜面が出てきたときにビックリ仰天&委縮せずにすみます。 知っていれば、「あ~バッハのコラールのあの曲ね、はいはい」とサクサク読み進められます。 実際に、バッハの4パートコラールの譜面が出てくるアメリカのジャズハーモニーの理論書があります。 米英の音楽書におけるバッハの4パートコラールのネタ元は、ほぼ例外なくRiemenschneider版の本です。 青っぽい表紙の本で、ググればすぐに見つかります。 日本円で1200円ぐらいでポチれます(👈円高等で2025年現在は2000円以上しています)。 でも上述のように、1ページに複数曲をねじ込んでいるため各曲の譜面が超チッコイので、Kalmus版なども買って照らし合わせながら使うとよいかもしれません。 Kalmus版もポチれます。(←2021年7月に加筆) 


電子ピアノやシンセなどでハープシコードの音で69 Chorale Melodies with figured bass を弾くと、非常にいい感じになって、バッハの時代の正統な雰囲気が出ると思います。 


クラシック音楽の理論書はもとよりジャズのハーモニーの理論書にも引用される、Rさんによる4声合唱の 371 Harmonized Choralesも、やってみると、その強力な威力が感じられると思います。 楽譜が今までとは違って見えるようになりました。 ところで、以前習った作曲の先生に「和声の課題に電子ピアノは使うな、倍音がひどいから。アコースティックピアノを使うように」と言われましたが、当時バッハは教会で、現代のピアノを弾いてなかったよ(バッハはルター派の教会のオルガニスト&作編曲家&音楽監督だった)。 オルガンのほうが、もっと倍音がキツそうだけど。 それにアコースティックピアノは、調律をこまめにしないと音が狂っていきます。 当節、なかなか調律師さんを家の中に呼ぶ気持ちやお金の余裕も減りがちですから、電子ピアノやシンセやミニキーボードのほうが、かえって良いかもしれません(そういう意味では、オルガンの現代版で、Bを足でできるハモンドや電子オルガンはいいですね。371 Harmonized Choralesを電子ピアノや電子キーボードやシンセに入っているオルガンや合唱の音源を使って弾くと、とても神々しい雰囲気が出ます(もともと合唱用の音楽)。 ジャズオルガンの音を使うと、ゴスペルっぽい雰囲気が出ます。 ストリングス音源で弾くと弦楽四重奏になります)。


私は、371 Harmonized Choralesをやりはじめて2か月ほどしたときに、いわゆる中丹田とよばれるところが、生まれて初めて動き出しました。 ダンスでいうところのアイソレーションみたいな現象が起きたので、びっくりしました。 その時に、バッハのコラール集はイケる!と直観して、やったりやらなかったりしながらも、続けています。


バッハには何かある、と最初に思ったのは、いまから20年以上前になるでしょうか、当時の新聞に、渡辺貞夫氏が「基本に立ち帰るために、定期的に、クラリネットでバッハを吹いている」と語っている記事を読んだときです。 そのことが、ずっと、心の中にひっかかっていました。

それに、昨今、動画を見ていると、ジャズピアニストからギタリストまで、ウォーミングアップにバッハを弾いている、という人が目につく。

また、「バド・パウエルがバッハ好きだった」と書いてある記事をどこかで見かけたこともあります。たしかに、ビバップのソロは、バッハに似ている。

そして、バッハインベンションなどは、バリー・ハリス スケール(ビバップスケール)のコード弾きを彷彿とさせる(コードが脳内で聞こえる)。

「ジャズの基本はビバップ」と語るジャズピアニストの動画を見た。 ビバップはジャズの古典。 バッハは西洋クラシック音楽の古典。 古典とは、後世の進化の基盤となったもの。 両者には、古典と言われるだけの共通点が感じられる。 

「グレン・グールドは、バッハは好きだったがモーツァルトが嫌いだった」という話も、おそらく、グールドは「コード演奏のピアノ曲」の凡庸さを見抜いていたのかもしれません。 このあたりに、ソロピアノ演奏の限界がありそうです。 ジャズやポピュラーのピアニストは、凡庸なコード演奏になるのを避けるかのようなソロ演奏をしたり、現代的なコードや現代的な演奏方法に解決策を模索しているように感じます。


バッハのコラールを知っていることには、別の意味もあると思います。 実は、音大出の先生よりも、東洋人でありながらクラシック音楽の根幹であるキリスト教の聖歌や讃美歌が血の中に自然に流れている人たちが存在します。 キリスト教系の私立校に通っていた人のなかには、学生時代に授業で、グレゴリオ聖歌を歌ったり、ヘンデルのメサイアの合唱した人たちが少なからずいます。 そういう人が、作曲の先生から「グレゴリオ聖歌が西洋音楽のおおもとなんですよ、グレゴリオ聖歌って知ってる?」と聞かれて、「はい、中学で歌っていました」と答えると、先生の方が目を白黒させてしまうわけです。 英国国教会の私立校や、カトリック校では、ヘンデルのメサイアを歌うところがあります(プロテスタント校にはバッハがいますから、バッハではないかと思います)。 そういう人たちが、総合大学なり女子大なりに入ると、それぞれ異なる高校出身にもかかわらず、練習なしで、いきなりハレルヤを合唱しだして、キャンパス内でにわかハレルヤセッションができちゃったりするわけです(まるで、ライブハウスで互いに初対面のジャズ好きたちが「枯葉」でジャムセッションをするかのごとく)。 そういう中高はお嬢様校であることが多く、とくに前世紀では、彼女たちはエスカレーターに乗るかのごとくにお嬢様女子大に通い、卒業するとエリートとお見合い結婚して、欧米に駐在することが多かったのでしょう、駐在員のご婦人方のコーラスグループでは、ヘンデルのメサイアから何曲も歌ったりするところもあるそうです。 中高時代に歌っていた人が多いから可能なんでしょう。 ヘンデルのメサイアを合唱できることは、ある特定のお嬢様学校の出身者であることを示す、強烈な記号といえそうです。 


~ピアノ方丈記~




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